前へ進め、お前にはその足がある
>家族 -act09-
勘七朗を連れて現れた銀時だったが、何故新八たちがここにいて今の状況は一体なんなのか。
それがわからない銀時はそれを三十字以内で説明しろと言ってくるが、逆に問われた新八が何故銀時がここに来たのか
説明しろと問い返すと互いの答えは無理だの一言。
長谷川は何故この場に勘七朗を連れてきたのかと怒りながら、判りやすく纏めた説明をすればようやく銀時は今の状況を納得したらしい。
銀時なりに情報を得てここへやってきたのだろう。子供を返しにきたというのにとんだ無駄足だと悪態をつく。
「無駄足ではない。それは私の孫だ。橋田屋の大事な跡取だ。こちらへ渡しなさい」
「俺としてはオメーから解放されるならジジイだろーが、母ちゃんだろーがどっちでもいいが。
オイ、オメーはどうなんだ?」
背負った勘七朗へ問うと一言、なんと言っているのか真意はわからない言葉が返って来る。
答えを聞いた銀時がとった行動は、勘七朗をお房へと投げ返すというもので、お房は無事に勘七朗を受け止めた。
そんな扱いだというのに少しもなく素振りの無い勘七朗も、相当図太い神経をしているものである。
「ワリーなじーさん。ジジイの汚ねー乳吸うくらいなら、母ちゃんの貧相な乳しゃぶってた方がマシだとよ」
「やめてくれません! そのやらしい表現やめてくれません!」
「ごめんなさいお房さん。銀さんに悪気はないんです・・・」
賀兵衛は銀時の行動にも不敵な笑みを浮かべ、逃げられはしないという。
その時突然、塞がれていた出入り口の一つが斬られ、倒れたシャッターの向こう側から似蔵が現れる。
「盲目の身でありながら居合いを駆使し、どんな獲物も一撃必殺で仕留める殺しの達人・・・。
その名も岡田似蔵。人斬り似蔵と恐れられる男だ」
歩み寄ってきた似蔵はある程度の間合いを保って足を止めた。
銀時へと語りかけるその言葉は、どうやら一度顔を合わせたことがあるだろう事をうかがわせる。
賀兵衛が似蔵へと勘七朗の所在がわかったことで活かしておく理由は無いと、声荒げた。
それを合図にしたかのように微かに構える似蔵。新八は銀時へ間合いへ入るなと叫ぶようにしていったが、まるで瞬きをするかのようなほんの一瞬。
銀時の横を走り抜けていったと思えた似蔵はその抜き身すらも見せない居合いによって銀時の肩を斬りつけた。
それどころかお房が抱きかかえていた勘七朗をも奪い去っていった似蔵は、そのまま賀兵衛へと勘七朗を渡してしまう。
「勘七朗!!」
「ククク、さすが似蔵。恐るべき速技・・・。あとはゆっくり高みの見物でもさせてもらうかな」
余裕があるように見えた似蔵。しかしその額からは血が滴り落ちていた。
どうやらあの一瞬に、銀時も反撃をしていたらしい。似蔵はその様な余裕は無いと賀兵衛へと逃げろという。
勘七朗をつれて奥へと走り逃げていく賀兵衛。だがそのあとを追いたくとも達は銀時の事が心配で動けなかった。
「、新八、神楽・・・」
「!」
「もういいから、オメーらはガキ追いな」
まるでその心情を読み取ったかのような銀時の言葉。
だがそれを素直に聞き動けるほど、まだ心の整理がついていないのも確かだった。
でも、と言い淀む達。銀時はそれでも行けと言う。
「あとで、必ず行くからよ」
まだ全てを納得したわけでもない。
しかしこれ以上その場に留まっている事で一体何の解決になるというのか。
このまま勘七朗を奪われたままでは意味を成さない。ここは銀時を信じ、勘七朗を追うのが一番である。
「銀さん、こなかったら当分の間、甘味禁止ですからね」
「そりゃ勘弁だな・・・」
は最後の最後で釘を指すという意味を持って一言残し、やや遅れて新八たちの後を追った。
幸いな事に賀兵衛は見失ってしまう事はなく、必死になってそのあとを追うが途中、まだ残っていたのだろう浪士たちが行く手を遮る。
神楽は地面を蹴り跳躍すると、そのまま浪士たちへ向かって蹴りを繰り出す。
も神楽とは逆の方に居る浪士たちへ走り向かい、一気に二人の顔を鷲掴み倒せばその後ろに居た浪士が刀を上段に構えていた。
だがそれはの背後にいた新八が途中拾ったモップを顔面目掛け振りぬき、そのリーチを生かしさらに二人を倒す。
長谷川はまるで道を作るかのようにして迫ってくる浪士を押さえつけると、お房へ今のうちに追えと伝えた。
「でも・・・!」
「ここでお房ちゃんが行かなきゃ意味がないだろうが! いいから行きな!」
「大丈夫ですよ、僕らはそんなにヤワじゃありません」
群がっていた浪士をあらかた倒した所で、また新たな追っ手が向かってくるのが廊下を走るいくつもの足音でわかった。
お房を護るように立ち、浪士たちが来るであろう方を見据える。
「私たちは万事屋アル。受けた仕事は万事解決ネ!」
「報酬はそうですね・・・勘七朗君の笑顔でお願いします」
の言葉を最後に意を決したのだろう。お房は踵を返し、賀兵衛を追って走り出した。
同時に新手の浪士たちが姿を表し、神楽たちは身構えた。
いち早く動いたのは神楽で、次いでが向かっていく。新八と長谷川も、こうなればヤケだと言わんばかりに突っ込んでいく。
手前の方に居た数人を倒した所で、突然浪士たちの背後から呻き声が重なり聞こえてきた。
原因など探る必要もなく、次々と倒れていく浪士たちの向こう側から姿を表したのは銀時であり、ものの数分でその場にいた者はすぐに片付いてしまう。
「惜しい、甘味禁止できると思ったのに」
「ちょっとちゃん。そりゃ酷いよ。銀さん頑張ったんだからもっと労って欲しいんですけどー」
「もう、嘘ですよ。そうやってすぐ拗ねる。・・・・・・怪我、大丈夫ですか?」
からかい混じりの言葉の後、の心配そうな言葉に心配すんなと言って横を通り過ぎていこうとする銀時。
それをまるで制止するかのように一瞬伸ばされたの手は着物の袖を掴もうとして、肩の傷が視界に映りやめた。
変わりに一度を抜いていった銀時の前へと走り出て、そのまま前を歩くと屋上を目指す。
もう追っ手の浪士が現れる事はなく、銀時達が屋上へとついた時、お房と賀兵衛は互いに和解を遂げていた。
遠くから聞こえてきた会話はどれも途切れ途切れであり、その全てを知る事はできなかったが賀兵衛もまた
一人の人として、ただ大切な家族を護る為に必至だったにすぎなかったのだろう。
母親はいらない、といった賀兵衛の言葉に多少の違和感を感じていたは、ここで漸くその意味を知る。
賀兵衛は今度こそ、自分の手で家族を護る。それ故、母はいらない。己一人で十分だと。
たとえ真意が違えど、にはあの時の言葉にはそういった意味が含まれていたのでは無いかと感じた。
勘七朗を腕に抱き戻ってきたお房を連れ、共に橋田屋を後にすれば突然銀時がいちご牛乳を飲みたいと言い出してくる。
突拍子もない我侭はいつもの事で、は溜息をつきながらもすぐ近くのコンビニへと買いに走るが背後から勘七朗のミルクもだと言い出す始末。
一つ二つ、文句でも言えばいいのだろうか。しかしそれすらする気力もなく「わかりました」と返事を返すのが精一杯だった。
昨今のコンビには意外と何でも置いている。すぐに目的の物を手にして、図々しいと思いつつもそこは万事屋で培った口先でので任せを持ち入り
人肌に作ったミルクといちご牛乳を持って急いで銀時達の元へと戻る。
あまり遅くなると勘七朗ではなく銀時がぐずるだろうと、そこまで考えては思わず苦笑いと共に吹き出してしまった。
「なにお前、一人で笑ってんの? ちょっと怖いんですけど」
「何でもありませんよ。はい、いちご牛乳です。あとついでに包帯とかも買ってきましたから応急処置もしちゃいましょう」
明日ちゃんと医者に行けと口を酸っぱくして言えば、最後にはしつこいと頭を叩かれてしまった。
一通り手当てが終わった後、漸く一息つけるとグイッと一気にいちご牛乳を煽り飲む。同時に勘七朗もミルクを景気よく飲んでいく。
はそれを見届けると神楽達の元へと歩いて行ってしまった。
「どうだ? うめーか」
「なふっ」
「なにィ? ミルクじゃ物足りねーってか? オイオイ、百年早ェよ。酒は色んなところに毛が生えてから飲むもんだ。
それにそれ、が作った奴なんだから大事に飲むんだぞー。そりゃオメーの母ちゃんが作るのとは味が違うかもしれねーけどな」
もう少し大人になり、覚えているならば会いに来いと勘七朗へと言い残すと、銀時は立ち上がり歩き出す。
遠ざかっていく銀時の背を見てここで初めて、勘七朗は声を上げて泣いた。
滅多に泣かないという勘七朗が泣き出し、一体どうしたのかとあやしながら不思議がるお房。
不意に顔を上げたは、外灯の灯りの向こう側に歩いていく銀時の背を見つけた。
それを追うことはせず、ただ静かに見つめているばかりで銀時もその視線には気付いていたがその歩みが止まる事はなかった。
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