前へ進め、お前にはその足がある
>家族 -act06-
銀時を追いかけて走っていただったが、人は逃げ足ほど早くなるものはなくあっという間にその姿をくらませてしまった。
とうとうその姿を見失ってしまったは立ち止まり膝に手をついて息切れを整え始める。
「な、何も・・・逃げる事、ないのに・・・だから、後ろめたい・・・事とか言われるんだよ・・・・・・はぁ」
ずっと赤ん坊を連れたまま逃げつづけるわけも無いだろうが、店に入るにしても懐事情はかなり厳しい。
それを考えればどこかお金の掛からない場所で一息いれているだろうと考えたは、近くの路地を入り近道をしてまず向かったのは公園。
子ども達の賑わう声を聞きながらベンチを見て回るがさして大きい公園ではないため、そう時間をかけることもなく銀時がいない事を確認した。
次に向かったのは憩いの場を、と設けられた街中のベンチ。
歩きながら噴水周りやデパート系の店先のベンチなどを見ても人込みの中に見慣れた銀髪を見つける事はできなかった。
散々歩き回って探し続けていたは目の前から見知った顔が近づいてくる事に気付き、顔をあげる。
「あ、さっちゃんさんにお妙さん。こんにちわ」
「あら、ちゃん。こんにちわ」
「・・・あなたも可哀想に。気付いていないんでしょうね。 所詮は一人相撲だったってわけなの。これを機に諦めなさい」
「え・・・? 突然どうしたんですか? というか・・・あの、何が諦めるんです?」
普段ならあまり見れない二人が一緒にいるだけでも不思議だというのに、突然さっちゃんから哀れみを含んだ視線と共に
わけのわからない事を言われはただ首をかしげているばかりだったが、銀時を見なかったかと聞いて変わった二人の態度を見て
さっちゃんの言葉の意味もなんとなく判ってしまった。
これからお茶でも飲みに行くらしい二人はも一緒にどうかと誘ってきたが、それを丁重に断り川の下流へ向かって再び銀時を探しに歩き出す。
途中、道行く人に銀時の事を聞くが誰も見ていないらしく、一旦探すのを止めて万事屋へと戻ろうと思ったが顔を上げたときである。
裏道の方へと笠を深く被った数人の浪士たちが歩いていくのを、遠目に見たは慌てずにその後を追うようにしてそっと歩き出した。
銀時は本人が求めていなくとも、意外とトラブルが舞い込んでくる性質らしく、その類のものが集まる場所へ行けば大抵は銀時がその中心にいる。
そこまで考えて足を進めていたは突然立ち止まってしまった。
路地に入ったところまでは良いが、あれほどの大人数だった浪人が一人も見当たらないだけでなく思いのほか曲がり角が多いそこは
人を探すにはあまりにも悪条件が揃いすぎている。
ここは素直に諦めやはり万事屋へもどった方が良いのかもしれないと考えたが、来た道を戻ろうと後ろを振り返ったときである。
「・・・?」
背後で何か少しだけ重量のある物が地面に落ちたような妙な音がして振り返れば、離れた曲がり角の所に光るものがあった。
数秒それを見つめていたが近づき、それを拾い上げれば小さく音を立てて時を刻んでいる。
「懐中時計?」
掌にすっぽり収まる時計を見つめながら、今さっき落としたような音がしたのなら持ち主はまだすぐ近くにいるはずだと顔を上げたときである。
そこからさらに離れた路地を見知らぬ人影が曲がるのが一瞬だけ見えた。
根拠があったわけで無いが、は何故か時計はその人物のものだと言う確信があった。
走り出したが角を曲がった時、人影はまるで誘うかのようにして二つ先の角を曲がってく。
追いかけながらも頭の何処かではこれ以上先に行ってはならないと、言葉が響いていた。それでもの足は止まらず一体どちらが理性でどちらが本能なのか。
角を曲がれば人影は一瞬だけ姿を見せて別の角を曲がり、どんどんと進んでいった先はやがて人も疎らな場所になってきていた。
無意識に、意志が飲み込まれそうになっていたが漸く意識を取り戻したきっかけは何度目かわからない角を曲がった先で
人影はに向かって真正面に向きながら立っていたためである。
「・・・っ、あ、なた・・・は?」
驚き言葉を詰まらせながら発せられたの言葉に、相手が返答する事は無かった。
が驚いた理由は、ただ人影が立ち止まりこちらに向かい立っていた事だけではなく、その者がまったくの知らない人物というわけではなかった事にある。
何時からか見始めた奇妙な夢は、いつのまにか見なくなっていた。
黒い服とシルクハットに身を包んだ名も知らぬ男。手に持ったステッキをクルクルと弄びながら、走るを歩いて追ってくる男。
目の前に立っている人物もまた、黒い服にシルクハット、その手には細身のステッキ。
まるで表情など分からなかった夢と違い、男はシルクハットのツバで目元は隠れて見えないが口元が微笑んでいるという事がわかる。
そしてその意味ありげな微笑にゾクリと背中に何かが走る感覚を覚え、不可思議な夢が現実味を帯びその不気味さも同時にの意識を蝕み始めた。
「あの・・・これ・・・」
これ以上、男と向き合っていてはならない。
これ以上、ここに留まっていてはならない。
意志ではなく本能が危険であるという事をへ知らせてくる中、本能に逆らうように理性が手に持っていた懐中時計を男へと差し出した。
瞬きすら忘れたその瞳はただ小刻みに揺れ、男を視界の中心に捉えてそらされる事はなく。
思い出したかのように瞬きをすればその一瞬、目を開いた時に男は歩いた様子も無いのにへ向かって、確かに距離を縮めてきていた。
その場にまるで根付いてしまったかのように後退る事はおろか、身動き一つ取る事もなく立ち尽くしたが四度目の瞬きをした時。
とうとう男はの目の前に立ち変わらず微笑を浮かべていたが、長身の男を見上げる形だというのにその目元はやはり見えない。
呼吸法を忘れてしまったかのように小刻みに荒く、短く息を吐き出し吸う。
懐中時計を持ち差し出していた手に、突然男の手が触れビクリと大きく肩を揺らして息を詰めた。
の怯えたような様子に一瞬、笑みを深くしたかのように見えた男はそっとの指を折ると懐中時計を取る事は無く
何かを言っているのか、口元が言葉を紡ぐように動くともう一度微笑みをその口元に刻むように深くし、背を向けてしまった。
漸く息苦しさに気付いたが、確かに意識を取り戻したのはそれから実際は三分と経っていないときであったが
にしてみればまるで何時間もそうしていたかのような錯覚がその身を襲っている。
何度も瞬きをして荒れた呼吸を少しずつ整え、脳に酸素が送り込まれたような感覚と同時に手に握りしめた慣れない感触を思い出させる。
男が取る事はなく、握り締めさせた懐中時計。
指を広げてそれを見れば鈍く光る金色をした、やたら新品に近い綺麗な物だった。
なぜかは嫌な胸騒ぎを覚えずにはいられない。思い出された夢の内容。
何故は男から逃げ、何故男はを追っていたのか。ただの夢で終わらせるにはあまりにも、今の状況が異常である。
それ以上に、男が去り際に残していった言葉が今になって漸く音を乗せ、意味を含めての脳に焼き付けられた。
「あ、アル! 、銀ちゃんは見つかったアルカ?」
「・・・っ、か、神楽ちゃん・・・新八君」
「どうしたんです? なんか、顔色悪いみたいですけど・・・?」
突然背後から神楽と新八が現れ、不自然なほどに驚いたは思わず懐中時計を後ろ手に隠して袖の中へと入れてしまった。
後ろめたい事など何ひとつ無いが先ほどの出来事を話せば、二人はきっと心配をしてしまう。
そう思えばは余計な心配はさせてはならないと、無理矢理笑顔を張り付かせた。
「銀さん探すのに走り回った所為だと思うよ。水も飲まずに走り回っちゃったからね」
「そうなんですか? あっ! さん、実はその銀さんと勘七郎君の事で伝えなきゃいけない事が」
「勘七郎君?」
聞きなれない名前に首をかしげ聞き返せば、どうやら捨てられていた赤ん坊は橋田屋というかぶき町でも有数の大財閥の社長
橋田賀兵衛の孫息子らしく、一人の女性がたぶらかしただのとキナ臭い話になっているようだった。
賀兵衛がお登勢の元へその女性、若しくは孫を見なかったかどうかなど訪ねにきた時運が悪いと言えばいいのか。
ちょうどその女性がお登勢の店に訪ねてきて賀兵衛に連れていかれてしまったらしい。
しかしその様子があまりにもおかしく、お登勢は二人へ橋田屋を調べてみてくれと言われその途中、を見つけた今に至る。
一通りの事情を理解したは二人と共に行く事にした。勘七郎と共にいるのなら銀時もそのうち橋田屋にくるだろうと、銀時を探す事は諦めたが
何よりも今は何か別の事に考えを巡らせ、体を動かしていなければ先ほどの出来事がいつまでもこびり付いて離れてくれなさそうだった。
―― また後ほど、取りに伺いますよ。
一瞬思い出した男の言葉を、頭を振って掻き消すと二人と共に橋田屋へ向かって走り出した。
<<BACK /TOP/ NEXT>>