前へ進め、お前にはその足がある
>家族 -act03-
突然変貌した定春はまったく神楽の言う事など聞かず、江戸の町を走り抜ける。
神楽とは振り落とされないように、必死になって尻尾にしがみ付き、先ほどから諦めず定春へと止まるよう、色々と指示を出すが
どれも空回りしてしまい、流れていく周りの景色は後ろを振り返ればどれも破壊されていた。
このままどこへと行くのか。まったく検討がつかない二人を尻尾にしがみ付かせたまま定春は、次第に店が並ぶ狭い道から大通りへとでてしまった。
後ろからサイレンが聞こえ、はチラとそちらへ視線のみを向ければパトカーが追ってくる。
『 そこのチャイナ娘と握力娘! 止まりなさい! 』
「握力娘って何だー! ってか誰だ!」
止めるにしてもあまりの呼び名。しかし確りと特徴を掴んでいるそれは、知り合いでなければ分からない。
窓からメガホンを片手にこちらへと止まれと呼びかけたのは沖田だった。
今の状況を散歩を言い、道路交通法違反という罪状を突きつけてくる。
神楽は激しく反論するが対し沖田は、淡々とした口調で公務執行妨害だとも言ってのけた。
止まられるならとうに止まらせている。その言葉に対してお前らのペットなのだからどうにかしろとムチャクチャを言ってきた。
「しょーがねーな、力ずくでも止めるぜィ」
「バズーカーで止めようとしないでェェェェ!!」
「やめろォォォ!! そんなモン撃ったら定春死んじゃうヨ!」
制止しようとする達の言葉など聞かず、サディスティックな笑みを浮かべ引き金を引こうとした。
だが定春がパトカーを前足で叩き破壊する事で阻止。
神楽はその状況を笑って見ていたがの冷や汗は増すばかりだった。
沖田は無事なのだろうかと心配したがそれも数秒と持たず、突然すぐ近くから沖田の声が聞こえる。
パトカーが吹き飛ばされる瞬間、定春へと飛び映ったのだろう。沖田も尻尾へとしがみ付いていた。
それを神楽が足蹴にして落そうとするがもちろん沖田が大人しく落ちるわけも無い。
「ちょ、ちょっと二人ともやめっ 「オーイ、総悟。あぶねーぞ」 は?」
「土方さ・・・」
二人を止めようとするの言葉の間に割り込んで聞こえたのは土方の声だったが、そちらへ視線を向けた瞬間、凍りついた。
真選組の隊員達が皆一様にバズーカーを構え、狙っている。
果たしてそれは定春を止めようとしての事か、沖田への積もり積もった恨みからか。
たぶんその両方であろうが、割合的には後者の方が多いのではないだろうか。
どちらにせよその砲撃は止まる事はなく、土方の合図によって一斉に引き金を引かれ狙い撃ちにされてしまった。
上がる土煙。
断末魔とも取れなくも無い沖田の叫びは辺りに響き、どうやらその攻撃によって沖田は落ちてしまったらしい。
だがバズーカーは巨大、凶暴化した定春には一切効いていないらしく、その足は止まらない。
どうしたら止まってくれるのか。悩む間にも定春は走り、視線の先にはドームが見えた。
やがて着いたのはドーム球場。その巨体からは想像できない軽快な動きで次々へと飛び移り屋根の上まできてしまった。
着地と同時に一瞬、定春の足が完全に止まる。その隙を見逃さず神楽は尻尾から手を離さず屋根へと下りると
また走り出そうとする定春を踏ん張り止めようとする。
気付けばドームの周りには野次馬やマスコミなどが集まり始めていた。
「神楽ちゃんっ・・ぅわ!!」
「!? ふぉ!! い、いいいぃぃ・・・っいちご牛乳ぅぅ!!」
神楽だからこそできる事だが、何もせずにいるわけにもいかないとも定春の上から降りて、共に定春を止めようとしたのだが
球場の屋根の上など上ったことのないはそのまま、バランスを崩して転げ落ちる。
ギリギリの所で留まるが、立ち上がろうとしたところでふら付く足では上手く立つこともできず、そのまま大江戸ドームとかかれた看板上の屋根から
更に下へ落ちそうになる。
必死になってしがみ付きそれ以上の落下を阻止すると、何とかその場で踏みとどまる事が出来た。
頭上では定春の唸るような鳴き声と神楽が必死に止めようとする声が聞こえる。
ドームの前に突然バイクの轟音と共に現れたのは銀時と新八。そして定春を万事屋へと捨てた双子巫女の阿音と百音。
神楽とは銀時たちに気付き名を呼ぶが、一瞬気が緩んだ為か定春は勢いをつけ銀時達の元へ駆けて行く。
「銀ちゃーん!! 定春を・・・定春をいじめないで!!」
「神楽ちゃん・・・」
「定春、苦しんでるヨ!! 助けてって言ってたヨ! 本当はこんな事、したくないアルヨ!」
上から聞こえた神楽の声に、は咄嗟に動いた。目の前を飛び下りていく定春へ、躊躇わずにその手を伸ばす。
その毛並みにしがみ付いて定春と共に地面に降り立った。しかし衝撃は強く、定春の上から降りるタイミングを逃してしまった。
銀時達は辛うじて定春の攻撃を避けたが、阿音と百音は笛を吹き、なにやら呪文を唱えている。
一度途切れてしまった呪文を、もう一度最初からやり直し始めたがその間、銀時と新八は必死になって定春の攻撃を避ける。
「ぐォォォォ!!」
「ぐおっ!!」
「銀さん! 新八君! さ、定春! メッ! お座り!! や、ちょっ・・・!!」
定春にしがみ付きながらは諦めず、懸命に定春へと大人しくなるよう言葉をかけるが
我を失っている定春にその言葉は届かず、倒れた新八へと勢いよく向かっていく。
振り上げられた前足。だがその攻撃は落ちた木刀を拾った銀時がそれで防いだ。次いで攻撃をしようとしたところで、神楽の静止の声が響く。
一瞬、動きを止めた銀時は定春の一撃を避ける事も出来ず地面へと叩きつけられた。
休まる事の無い定春の攻撃を更に避けたまでは良かったが、銀時はそのまま呪文を唱えていた阿音達にぶつかってしまう。
駆け寄った新八だったが、当たり所が悪かったのか百音と銀時は互いに笛の端が口にはまってしまい、取れない状態。
取れないのかと問う阿音だったが、何を答えても笛を介してそれは言葉ではなく単音となってしまう。
必死になって取ろうとするが、頭に血が上っているせいかその行為は乱暴そのもの。
妙な言い合いが始まろうとしたが、そんな余裕は実際ありはしなかった。
「ちょっと皆さんっ! 喧嘩してる場合じゃ・・・、うわ!!」
「さ・・・、ぎゃあああ!」
「出たァァァァ!!」
躊躇わず阿音達へと向かい走り出した定春。
逃げ出した新八と阿音だったが、笛で微妙に離れられない百音と銀時は互いに向かい合い必死に逃げている。
しかし互いの口が笛で繋がってしまっているために、吐き出された二酸化炭素は互いの間を行き来するばかり。
次第に苦しくなってきたのか、銀時が苦しそうな顔になり、百音は銀時の腹を殴り出した。
何とか笛が取れないものかと思った矢先、頭上から歯を食いしばれという神楽の声が聞こえた。
「わたァァァァァ!!」
「とれたァァ!!」
「歯もとれたァァァ! てめーが歯ァくいしばれっていうからァァ!!」
神楽が踵落しで笛を叩き割り問題は解決したが、銀時の歯も取れてしまったらしい。
銀時の抗議に淡々とした口調でまた生えてくるから問題は無いと返す。
百音は折れた笛が思った以上に確りとはまってしまっているのか、その片割れが取れないようだった。
定春が迫ってくる事に気付き、それ以上の言い合いはなくドーム内へ向かい逃げたが定春の暴走を静めるための呪文と共に
必要であった笛が壊れた今、一体どうやって定春を止めるというのか。
銀時たちと共に走っていた子犬。見た目は定春と同じ顔つきである、狛子が何かを訴えるように鳴くと
阿音と百音は懐からミルクとイチゴを取り出した。
「かくなる上は、狛子を覚醒させて対抗させるしかないわ! 百音ェ!!」
『 ピー 』
呪文を唱え取り出したミルクとイチゴを狛子の口へと放り入れれば、体の大きさは変わらないが
その顔つきは暴走している定春と同じようなもの。違いと言えば狛子の額に突き出た角と体の大きさぐらいであるが
互いに持つ特性は大きく違っていた。
「狛神は攻めを司る者と守りを司る者。必ず、二体存在するの。狛子は守りを司る狛神。
ちょっとやそっとじゃ、抜けないわよ」
定春と銀時達の間に結界が出来、それによって定春はそれ以上進めなくなってしまった。
そして、ずっと定春の上から逃れる事が出来ずしがみ付いていたもである。
「ちょっとォォォ!? ちゃんなんでそこに居んの!?」
「下りるタイミング逃しただけです! 私は大丈夫ですから行って下さい!!」
「・・・しかたないわね。さっ、時間を稼いでいる間に早く!」
阿音が球場へ向かい走り出し、銀時達も少し遅れて走り出す。
それを見つめながら、狛子の作りだした結界を破ろうと体当たりをしたり、激しく前足で叩いたりなどを繰り返す定春にしがみ付き
は何度も定春の名を呼んだ。
答える事はなかったが、それでも必死に名を繰り返し呼ぶその行為を無駄とは思わず、がそれを止める事は無かった。
たとえ周りが化け物と蔑もうと、凶悪だと言おうと。
本当の定春は少しやんちゃで、体が大きいだけで。それ以外は普通の犬と変わらない。
みんなと同じように、本当に大切な事を知っている。
会話などしたことなど無い。言葉など通じるわけも無い。それでも必要としない。
心で通じ合って、共にいるだけで十分。
それだけで家族なのだ。
「定春・・・。絶対・・・・、絶対に元に戻してあげるから・・・!」
祈るようにして呟かれたの言葉は果たして、定春に届いたのかどうかなど判らない。
それでもは強く思い、何度も続けた。
やがて大きく何かが破れるような音が響き、狛子の張った結界は壊れてしまった。
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