前へ進め、お前にはそのがある

>家族 -act01-







不意に目が覚めた深夜。まだ時間にして三時頃。
は時計を見て深い溜息をつき暫くの間横になっていたが、眠れる様子もなくそのまま朝日が昇るのを窓越しに見る事となった。
いつも起きる時間が近づき、時計がなる前にスイッチを切り起き上がると着替え始める。
ここ連日、ずっとこの調子で十分に寝れないことが続いた。
おかげでの目のしたにはクマができ、寝不足は誰が見ても明らかなものであった。
銀時達もそれを心配し、一度バイトを休んで昼寝をした方がいいと進めたが、それもただの焼け石に水。
体の調子でも悪いのかと聞かれたが、原因はがよくわかっている。それは夢見の悪さだった。

黒い服を着てステッキを持った、シルクハットを被る男に追われる夢を見るのだと言う。
顔は靄がかかったようで見えないが、そのシルエットから男であるという事はわかる。
何故逃げるのかでもわからないが、夢の中のは只管走って逃げ、対し男は歩いて追ってくる。
その距離が広がる事も縮まる事もなく追われ続ける中、突然男の手が伸ばされそれは肩に触れるか否かのところまできて
瞬間、辺りが光に包まれる事によって男の姿は消え、そして目が覚める。

目が覚めた後は決まって、まるで実際に走っていたかのような疲労感が体を襲い、何故か眠る事ができない。
一度医者に診てもらえといわれて言われ行ったはいいが、処方された薬を飲んでも一向に良くなる気配もなく今に至る。

半ば諦めがちのはいつも以上に眠そうな目をしながら朝食の用意をし始める。
その横では、喉が渇いたのか定春がいつも水飲み用に使っている器を咥えての横に座っていた。
気付いたが器を受取り本人は水を入れているつもりなのだろう。
しかしその器に注がれているのは先日、銀時が大量に買いだめして冷やしておいたいちご牛乳だった。
どうやら寝不足のせいで思考回路がおかしい事になっているらしい。かなりの量を入れた器を定春の前に差し出す。


「ほら、定春」

「ワン」

「よく飲むねー。そんなに喉渇いてたんだね」


イチゴ牛乳を飲む定春の頭を撫ぜると、は立ち上がり朝食の用意へと戻ればやがて新八が出勤してくる。
珍しく神楽宛の手紙が入っていたと言って渡すついでに起こしてくると、神楽の部屋へと行き
暫くして新八が戻ってきたところでは台布巾を渡し、テーブルを拭いてくれと頼めば受取る時にやはりの様子に心配そうな顔をする。
今日はバイトが休みの日だから大丈夫だと言うにそれ以上何かを言う事はなく、居間へ移動する。
何時の間にか定春も居間へと移動したらしい。先ほど飲んだいちご牛乳は綺麗に飲み干されていた。



「ぎゃああああ!!」



「!」



「新八、どうしたネ!?」

「新八君!?」



突然聞こえた新八の叫び声に驚き、居間へ移動すれば神楽と二人で障子を開ける。
一体何が起こったのかと思えば、あまりの状況に己の目を疑った。
定春の体が異常に大きくなってしまっている。その事態に、は和室へと向かえばそこにいるであろう銀時の姿が無かった。
どうやら昨日、飲みに出かけて帰ってきていないらしい。


「ど、どうしよう・・・」

「ワッ!!」

「新八君!? 神楽ちゃん!?」


どちらとも取れない叫び声に驚き後ろを振り返れば、定春の大きな口に体の半分飲まれた二人の姿が目に飛び込む。
あまりの事態に声を上げることすらできないは、定春に二人を離すように言うがまったく聞く様子が無い。
一体どうしたらいいのか、どうしてしまったのか。今の状況の打破を考えウロウロするばかりの
そんなの頭上に突然影ができたと思った次の瞬間、前足を下ろしの体を床に押し付けた。


「グエッ!!」


あまりの重さにそれ以上、声が出ない。
圧死するかもしれないという状況に陥ってしまったは、虚しく空を切るように手足をばたつかせるばかりだった。
このままでは三人仲良くお花畑へと旅立ってしまうと思った矢先、玄関の方から聞こえた銀時の声と、ズルズルと這うような音。
目の前の障子が開けられ銀時の二日酔いの顔がほぼ視線上に映った。



「・・・・・・なんだ。やっぱ飲みすぎたな。やたら定春がでかく見えるぞ。
 まァいいや。オイ新八、そんな所に頭つっこんでないでいちご牛乳もってこい。神楽は風呂だ。
 は着替えもってきて」


「何、寝ぼけたこと言ってんすかァァ! この状況を見ろォ!!」

「定春が・・・定春が一夜にして巨大化したネ!!」



二日酔いで参っている銀時にとって、今の状況は二の次どころではない。
いつも以上にテンションの低い切り返しをするが、容赦無い新八のツッコミに声を張り上げ反論して自滅している。
暫くそんなやり取りを目の前で繰り広げていたが、前足の下敷きにされているにとっては早く開放してもらいたいのが今の心情。
グダグダと言い合いを続けている三人の姿を視界に入れながら、は何とかそこから逃れようと必死に足掻いてみるが
ただ乗せているだけであろうその前足は、巨大化したことによって尋常ではない重さとなっている。
定春に押さえられたと、飲み込まれそうになっている新八と神楽。
三人を助けようという動きがまったく見られない銀時に、次第には苛立ちを増していった。



「だから、あんまでかい声出すんじゃねェよ。銀さんは二日酔いなんですよー」

「お望みとあらばいくらでもでかい声出してやらァ!! 早くこの状況を打破しやがれェェ!!」

「新八よォ。何でもテンション上げれば何とかなるわけじゃねーんだぞ。こう言った事は、もっと落ち着いてだなー・・・
 ・・・・・・ん? 、オメーは何やってんの?」



定春の前足の下敷きになりながらも、そこから這い出ようとするの姿ははっきり言って異様である。
様子のおかしさに気付いた銀時が問えば両手を床につけ踏ん張りながら、銀時のほうを睨み見た。
声を出そうにも、胸や腹を圧迫され思うように出ない。漸く十センチばかり這い出ることができたところで、の息は上がっていた。
首を傾げ、心配そうに見えなくも無い銀時の視線。チラリとそちらを見れば、暫く無言のままの事を見ている。



「・・・見て判りませんか? 
さっさと助けようとしない銀さんの頭を鷲掴むために這い出ようとしてるんですよ



「すいません、すぐに助けますっ!!」



半分以上本気で呟かれたの言葉に銀時は二日酔いも頭痛すらも忘れ、すぐに三人を助けに動く。
二人のやり取りを定春の口元から見下ろしていた新八は苦笑いを浮かべ、神楽は流石はだと感心していた。





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