前へ進め、お前にはそのがある

>変化と不変 -act06-







さっちゃんからの改めてのライバル宣言を受けて数日。
は開店したばかりでまだ客の着ていないこともあり、暇潰し程度に朔にその事を話せば意味ありげな微笑を浮かべた。
その理由まではわからなかったが、どこか楽しげに見えるのはよく分かる。
暫くして一人、二人と客が来た事で理由を聞く事もできず、はそのまま接客へと向かった。
昼近くになり店に訪れたのはかまっ娘倶楽部のホステス、あずみ。
実はは万事屋で臨時ホステスとして依頼を受ける以前から、あずみ個人とは顔見知りだった。
週に三度、ここへ団子を食べにきていた客と店員という間柄ではあったが、会話をしたこともある。
ただ、あずみがどんな仕事をしているのかなどは一切本人から聞かされていなかったは、かまっ娘倶楽部でその姿を見つけたとき、驚いたというよりも
やっとあずみがなぜ、女性の格好をして、女性のように振舞っているのか、という疑問が解決してすっきりしたというのが正直な感想である。
そんなの心境を知るはずもないあずみはいつものように席に座ると団子とお茶を注文した。


「ご注文の品です。どうぞごゆっくり」

「ありがと」


お団子を一つ掴むと上品な手つきでそれを食べ始める。
仕草だけで言うならば、そこらの女よりよほど品があるだろう。しかし串を掴む手の小指が立っているのは、少しだけ気になった。
あえてそれには触れる事はせず、が店の奥へと行こうとした時。



「ねえちゃん。アナタお化粧に興味ない?」


「え、お化粧・・・ですか?」



突然振られた話題に首を傾げながら、一体突然なんなのだろうという顔をする。
あずみはの様子を見て深い意味は無いと返す。
再度問われ、考えるが興味が無いと言えば嘘になる。しかし率先して化粧をしようという気もない為、返答に困っただったが
その背中を押したのは店から出てきた朔だった。
どうやらあずみとの会話が聞こえていたらしく、一度ぐらいしてみたらどうかと薦めてくる。


「ねえ、さん。女って言うのはね、化粧一つで印象がガラリと変わるの。
 ライバルさんがいるんだったら、そういった姿を見せて差をつけてみるのもいいんじゃないかしら?」

「ライバル!? 何、ちょっとちゃん。アナタ恋してるの!?
 だったら尚の事化粧して意中の相手のハートをガッチリ掴まなきゃ!!」

「え、え・・!? あ、いや、ちょ・・・っ」



「頑張って綺麗にするわよー!!」



朔の言葉に鋭く反応を示したあずみは、鼻息も荒々しげにの腕を掴むと朔へ店の奥を借りるといって連れて行かれてしまった。
元々化粧をしたことなどないは一体どうしたらいいのかと悩みつつも、やれ口紅の色がどうの睫毛がどうのと
が驚き固まっている間に、あれやこれやと色々と手を加えていくあずみに圧倒され、それから二時間近く拘束されてしまい
仕事に戻れた時にはすっかり疲れた様子のに、満足げな笑みを浮かべるあずみと何とも両極端な二人が見られた。
あずみのそんな姿を見てはただ、お礼を言うのが精一杯だった。
お礼なんかいいと言いながらあずみは徐に時計を見やり、少し慌てた様子で仕事へと向かった。

結局はそのまま仕事をすることになったが、たとえ化粧をしていようともやる事は変わらず、いつもと同じ様に夕方、閉店の時間までみっちりと働いて
いつも以上に疲れを感じたがフラフラとしながら帰った頃には、万事屋からは仄かに夕飯の香りが漂っていた。
階段を上がる傍ら、疲れた頭の端では化粧で少しぐらい変わっているのかと不安も感じている。
少しぐらい背伸びをしても構わないだろうし、せっかく化粧したのだから誉められたいというのもの正直な心境である。



「ただいまー・・・・」

「おかえりなさいさん。今日は随分疲れてますね」

「うん、まあ・・・・」


俯きながら履き物を脱いで土間から上がれば、そのまま居間へと向かう。
割烹着を着て味噌汁の入った鍋を持っていた新八はそのままの後ろを着いて行く形で居間へ入る。
居間にはテーブルを拭く神楽と、食器を並べる銀時がいた。


「おかえりヨ。あれ、どうしたアル? なんかいつもと違うヨ」

「あ、本当だ。なんか朝出て行ったときと印象が・・・」

「え、あ・・・うん・・・ちょっと・・・」

「んー? ・・・ー、オメーなんで化粧なんかしてんだ? なんか祝い事か? イベントか?」

「いつも通りバイトだけですよ」


答えながらも、もう歩くのも限界だと言いたげに音をたてながらソファに倒れこむようにして座れば、隣に座っていた銀時の体が微かに揺れる。
新八が割烹着を脱いでの向かいに座り、茶碗にご飯をよそっている間も呼吸と共にでてくるのは溜息ばかり。
それでも空腹には耐えられるわけもなく、新八が差し出した茶碗は確りと受取った。
「いただきます」と誰かが言えばそれを合図に他の者も声を揃えて言い、暫くの間はご飯を食べる音のみが響く。
茶碗の半分ほど、ご飯を胃に入れた所で銀時が改めて話を切り出し、化粧の理由を聞いてくる。
聞かれて困る内容でもなかった為には洗い浚い全てを話せば、新八からは災難でしたね、という言葉を貰った。


「でも、化粧一つで女の人って印象が変わるんですね」

「そ、そうかな・・・?」

、それ石鹸で落ちんの? まさかそのまま寝るわけじゃねーだろ?」

「あ、はい。あずみさんからメイク落し貰ったんでそれで」


答えながらもご飯を食べているだが、先ほどから神楽の視線をヒシヒシと感じていた。
何気なく顔を上げて見れば、やはりその視線はへ向けられている。
どうかしたのかと聞けば少しだけ口を尖らせた様子で、羨ましげに言う。



「いいなー。私もしてみたいネ。
 銀ちゃん、私も化粧すればすごい美人になるヨ。もう世の男共は私の美貌に石ころアル!」

「イチコロね。石ころってお前はメデゥーサかなにかですかですか?
 だいたい、お前が化粧するなんてな、まだ早い。あと三年は我慢しなさい」

「じゃあ三日だけ我慢するヨ」

「オイ」







ご飯も食べ終わり、新八も家へと帰った後は神楽も部屋へと戻っていく。
は風呂へ向かうついでに化粧を落しその間に銀時が寝床を用意していた。
暫くしてが部屋へ戻れば、突然銀時の前に座る。


「なんだ? あ、もしかして寝る前のチューしてほしいとか?」

「そしたら私はお返しに、寝る前に枕元で本当にあった怖い話を朗読してあげます」

「調子こいてすいませんでした!」


笑顔と共に言われた容赦無い台詞に、勢いよく土下座の体勢になる銀時。
改めて一体どうしたのかと聞けば、先ほどとは打って変って言い辛そうなの様子に首をかしげる。
少し俯きながら視線を泳がせつつモゴモゴと口を動かすが、肝心の言葉が届いてこない。
急かしてもしょうがないと銀時は暫くを見ていれば、しだいにその口の動きに言葉が乗ってくる。


「あの・・・、どうでした?」

「え、何が?」

「いや、あの・・・だから・・・・えーと・・・・いや、いいです・・・」


恥ずかしいと最後に聞こえるか聞こえないかという小さな声で付け足すと、そのまま自分の布団のほうへといってしまった。
衝立の向こう側に姿を隠してしまったを、衝立越しに見ていた銀時は暫く座ったまま頭を掻く仕草をしてすぐに自分の布団へと入ってしまう。
暫く、の方から寝返りをする音が聞こえていたがそれもすぐに落ち着く。
銀時は衝立に背中を向けて寝転がり、目を瞑っていた。



「おい、。まーあれだ、確かに化粧すればキレーだけどな。俺は元のお前が一番いいと思うぞ。
 無理して変わろうなんて、しなくていいんだよ」

「・・・っ」



銀時の言葉に、息を呑むような感覚と空気が感じられた。
微かにが動く気配があったが、それも僅かな物。



「・・・・・・ありがとうございます・・・・・・」



小さく呟かれた言葉への返事はなく、静かな寝息だけが聞こえてきた。





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