前へ進め、お前にはそのがある

>想い -act04-







外では相変わらず人が賑々しく行き交うかぶき町。
が居なくなってから丸一日経った万事屋では、昨日ほどの沈んだ空気は無いがそれでも何かが物足りないと言ったような雰囲気がある。
新八と神楽は寂しさをもちろん感じていた。
しかし銀時の「信じろ」と言う言葉を胸に、今はただの帰りを待つばかり。当の本人はと言えば今は外に出ているらしく、そこには居なかった。


「新八、銀ちゃんはどこに行ったアル?」

「さあ、この間から野暮用だとか言ってちょくちょく出かけてはいるけど、どこに行ったかまでは・・・」

「チッ、つかえないメガネだな」

「メガネを馬鹿にすんじゃねェェ! 今こそメガネの威力見せてやるわァァァ!!」


神楽のいつもの毒舌に新八は果敢に挑むが全て返り討ちにあってしまう。
騒がしくなった万事屋の中で定春はいつもと変わらず、大きな欠伸をすると部屋の隅で丸くなって眠っていた。
まさか万事屋でそんな事が起こっているとは知らない銀時は、走らせていたバイクをある店の横に静かに停める。
少し古い作りの店の中に入れば少しだけ薄暗い雰囲気が漂う。


「おい金持って来たぞー」


銀時は少し厚めの封筒を手にとり、それをそっくりそのまま店主と思われる男へと渡した。
男は受取りすぐに中身を確認して懐に入れる。店の奥へと入っていった男を他所に、銀時は独り言のように男へ嫌味を言った。


「たく、本当なら昨日受け取るはずだったのによー。
 やだねェ、こうやって金にがめつい奴ばかり俺の周りに居やがるから、俺に金が回ってこないんだぜ。
 あー、世の中不公平だー」

「何言ってやがる。テメーが今までツケた分を請求しないだけ良心的だと思えってんだ」


奥からでてきた男が銀時に渡したのは小さな箱。
受け取れば銀時は用は終わったとさっさと店から出ようとするが、その背中に男が声を掛ける。


「おい、俺が丹精こめて造ってやったんだ。大事にしねーとただじゃおかねーからな」


銀時は振り返ることなく片腕を上げることで返答すると、停めておいたバイクに跨り万事屋へと帰っていく。
玄関を開けた瞬間、目の前から新八が飛んでくるが咄嗟の事で避けられず直撃を受けてしまう銀時。
二人してそのまま玄関先に倒れれば、神楽が土間で勝ち誇ったように踏ん反り返っていた。










少しだけ時間を遡り、早朝のの部屋。
まだ日も昇り始めたであろう頃にはまさに着せ替え人形の如く、あれでもないこれでも無いと服をとっかえひっかえにされていた。
昨晩、結局あの後何かが起こる気配も無く、雨に打たれながら歩き回ったこともあったのだろう。そのままは静かに眠ってしまった。
は布団を敷きを寝かせると、もその横に布団を敷き眠りについた。
朝になりがセットしたのだろう時計の音に気付き目を覚ましたは、突然に服を剥ぎ取られてしまう。
一体何だと目を白黒させながらを見るが、その顔には満面の笑み。やたらとそれが恐ろしくなり逃げようと試みたがその前に捕まってしまった。


。どうせ帰るならその前に、沢山遊ぼう」

「え?」

「だって、思い出に残すならあんたの笑顔がいいじゃない。今日は朝から遊びまくるって決めたんだから!」

「でも、それと私の服を剥ぎ取るのと何の関係が・・・?」

「着せたい服が思いのほか沢山あるから、これからそれを選ぶの」


の質問に清々しいぐらいの笑顔で答えるに思わず引きつり笑顔になってしまうが、の様子など知る由も無いはタンスの中から
これでもかと言うぐらい大量の服を取り出してきた。その量に絶句しながらも、それもなりの優しさだとは温かい気持ちになった。
しかしやはり、振り返ったときのの笑顔には思わずしりごみしてしまうのは誰にも責められないだろう。


「でも、私お金置いてきちゃったし・・・」

「甘いねさんの貯金額をなめちゃいけません。今回は私のおごり。
 それでもまだウダウダ言ったらとりあえず、ものすごい格好させるからね」

ウグッ・・・・ヨ、ヨロシクオネガイシマス・・・・・」


それからさらに一時間ほど経ち、やっとの事で服が決まった。
その頃にはすでには精神的に疲れていたがはむしろ元気になっているようにも見える。
の服選びに時間を費やしたとはいえ元々早朝から始めた事だったせいか時間はたっぷりある。
軽く朝食を取り外へ出ればまだ少し冷たい朝の空気を吸い込みながら、二人は駅へ向かい歩き出す。
どうせなら普段行かない場所に行こうと、いつもなら降りない駅で降り立ち並ぶ店を見て歩く。
普段なら値段からして遠慮願いたいような高い店にも、冷やかし覚悟で入っては値段の高さに二人して青ざめた。
昼が近くなるにつれて人も多くなり、ははぐれないようにとの手を繋いで歩き出す。その感覚には思わず顔を赤らめてしまった。


「どうしたの?」

「いや・・・あのね・・・・初めて銀さんと手をつないだ時の事を思い出しちゃって・・・すごい恥ずかしかったなー・・・・」

「へー、意外とって、純情なんだねー」

「ちょ、!あんまりからかわないでよ」


本当にあの時は恥ずかしかったのだと言えば、なおも「青春だね」などと言ってくるへ、意趣返しとして少し強く手を握り返してやれば
強くなっていくの握力に痛がりながら合間合間で謝る
そんな他愛の無いやり取りをしながら二人は町を歩き、気になった店へ入っては色々と見て回る。
小腹が空いてはカフェなどに入ったり、気になった店に入っては結局買わずに見て終わってしまったり。
始終絶えず笑いあいながら街を歩き、やがて辺りは暗くなり街灯がつき始める。
太陽は沈み月が空に浮かべば、街の様子も少しずつ変わっていった。昼間とは違う装いの人が行き交う。

不意にの足が止まり、気付かなかったはそれに引っ張られるようにして足を止めた。
どうかしたのかと声をかけようとしただったがその前にが「ちょっと待ってて」と、目の前の店の中へと入ってしまう。
首をかしげながらは言われたとおり、店の入り口の横に立ってを待つ。それから五分もしないで店からでてきたの手には小さな紙袋。
何を買ったのかと聞いても笑顔で「秘密」と言ってくるばかりで教える気は無いらしい。
少しだけムキになって再度聞いてみるが笑いながら走り出してしまい、は驚きながらも追いかけた。
けして少なくは無い道を歩く人の数。それを二人は合間を上手くすり抜けながら、夜の町を走る。
少し荒くなった呼吸を整えながら、こみ上げる笑いも押さえずそれからも目に付いた店を端から入っては何も買わずに出るのをまた繰り返し
やがて十時を過ぎほとんどの店が閉まった後、二人はファミレスに行ったりカラオケに行ったりと沢山の話をして、遊び、今までに無いぐらいにはしゃぎ
その時、一瞬ですらも思い出にするよう二人は笑いあい、心の底から今を楽しんだ。

一睡もせずに遊び倒した二人は朝日が昇ろうとするような時間。始発の誰もいない車両。
座席に座り静かに振動に任せ体を揺らしていた。はぐれないようにと、街中で繋いでいた手は今でも繋がれている。
静かな車内。二人の間に会話は無く、はずっと何を買ったのか教えなかった紙袋をへと差し出した。


「これ、あんたに」

「え? いいの?」

「なんていうんだろうね、お祝い・・・かな?」

・・・ありがとう。大切にするから」


少し照れくさいのかは袋を押し付けるようにしてに渡すと顔を背けてしまった。
開けてもいいかと聞くにも好きにすればいいなどと、そっけない言い方をするがは気にせず包装を丁寧に剥がす。
中から出てきたのは掌に乗る大きさの砂時計。


「あんたカップラーメンの時間とか、異様に固執するからね」

「カップラーメンの時間計るにしては、随分と洒落たものだね」


二人は互いの言葉に笑いながら、はそっと砂時計を逆さにした。
サラサラと砂の落ちる心地好い音が鼓膜を擽る。



「ねえ。約束して欲しいの。
 帰ったら、ちゃんと自分の気持ちを伝える事。本当に幸せになりたいなら、気持ちを押さえたら駄目」

「・・・うん」



繋いだ手を少しだけ、強く握り締める。音を立てて落ちる砂は、まだ半分残っている。
昇りだした朝日は、線路の周りに生える木々の合間から車内を照らし、砂時計のガラスに反射した光に目を細めた。


「私からも、一つあんたに約束するよ」


「ん?」

「絶対、の事忘れない。何があっても絶対に」

「うん。私も、絶対忘れたりしないよ」



落ちる砂の音はだんだんと小さく、早くなっていく。
もう落ちる砂は少ないのだろう。



。私と友達でいてくれて、ありがとう。が居たから今まで私は真っ直ぐ歩けたんだ。今まで、支えてくれてありがとう」

「私は支える事しかできなかった。でもこれからはその手を引いてくれた人と、一緒に歩いていくんだね」



流れる景色から木々が消え、車内を照らす光が強くなる。
反射する光は強く、は細めた目をそのまま瞑ってしまった。





、幸せにね」





目蓋を照らす熱が無くなり、はゆっくりと目を開ければ隣にいたの姿は無く。
見慣れた、それでもひどく懐かしく思う先ほどとは違う内装の電車内。
繋いでいた手には、まだその感触も温もりも確かに残っている。は静かにその手を握り締めた。





「ありがとう・・・





の呟いた言葉は他に誰も居ない車両内に静かにとけていき、車内に次の停車駅のアナウンスが流れる。



『次は〜かぶき町。かぶき町〜』





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