前へ進め、お前にはその足がある
>想い -act03-
夕方の万事屋。新八は沈んだ顔のまま帰ってきた。
居間へ行けばデスクの前で背を向けて座っている銀時とソファでうずくまっている神楽の姿。
「やっぱり、どこを探しても居ません・・・・」
「だ、大丈夫アル! きっと見つかるヨ!」
「神楽ちゃん・・・」
突然姿を消したをあのあと三人で探したが見つからず。
誰も口にはしないが元々の世界に戻ってしまったのではと思っていた。
それでも少しでも可能性があるならば、それに縋りたい。その一心で新八はあちこちを走り回り、の事を探したが見つからず。
明らかに落胆した様子の神楽と新八は黙したまま椅子に座っている銀時へと視線を向ける。
「銀ちゃん・・・、戻ってくるよね?」
神楽の言葉を耳に入れながら銀時は横目にカレンダーを見て、徐に立ち上がるとそのまま玄関へ向かい歩き出した。
新八と神楽は視線で追うが、神楽の後ろに立った時掻き混ぜるようにその頭を撫ぜてくる。
それに驚きながら神楽は銀時を見上げると、いつもと変わらない表情をしていた。
「普段元気なオメーがそんなんじゃ、アイツが帰ってきた時心配させちまうだろうが」
「銀ちゃん」
「アイツは、俺らをいつも信じてた。なら、俺らもアイツを信じねェでどーするよ」
「あ・・・銀さん、どこに・・・?」
そのままどこかへ行こうとする銀時へ新八が問い掛ければその足は止まらず、ただ一言「野暮用」と言って出て行く。
階段を下りる時、一瞬踊り場で足を止めたがすぐに歩き出す。
停めてあるバイクに跨りエンジンをかけると、そのままどこかへといってしまった。
雨にずぶ濡れになり重く纏わりつく着物に足を取られながらも、はだんだんと日が暮れていく街中を歩いていた。
道行く人は異様な雰囲気のを一瞥してみるがそれ以上は何も無く、なるべく係わり合いになりたくないと言ったように足早に横を通り過ぎていく。
駅にして三駅分は歩いたであろう。駅から少し離れた場所にある小さなアパートの一室の前にたどり着くと、少し躊躇いながらもインターフォンを押す。
しかし二度、三度と押しても反応は無く、はそのまま壁に背を預けて座り込んでしまった。
「・・・・・・」
雨に冷えた体は次第に震え始め、は膝を抱えてうずくまる。溢れてきそうなモノを唇を噛み締めて堪え、ただそうして時間を過ごした。
降る雨は止む気配を見せず、通路のトタン張りの屋根は耳障りな音を響かせる。
溜まった水の落ちる音。跳ねる水の音。
音に囲まれながらはただジッと友人の帰りを待っていた。
どれほど時間が経ったのかもわからない。ただ雨音などの合間に聞こえたのはコンクリートに硬い物が当たるような、規則的な音。
人の歩いている時の音のようだと思いながらも顔を上げようとしないの横まで音が近づけば、激しい雨音の中呟かれた確認するような小さな声が耳に届く。
「・・・・・・?」
「・・・」
「!!」
顔を上げたを見てもう一度、今度は確信をもって名を呼びながら走り寄りその肩を掴んで詰め寄ってきた。
持っていた傘や荷物などは手からずれ落ちてしまったが、それを気にする様子もない。
「あんた、そんな状態で何して・・・!」
「・・・、どう、しよう・・・どうしよう・・・・帰れない・・・帰・・・っ」
それ以上言葉を綴る事ができなくなったは、喉が焼けるような痛みに耐え唇を強く噛んだ。
の様子にはすぐに鍵を開け土間の所に立たせすぐにタオルを持ち戻ってくる。
聞きたい事は山とあれど、今はを落ち着け冷えた体を温めることが先だと仕事の疲れなど忘れ部屋の中を走り回った。
風呂が沸くまでの間に棒立ち状態のの着物を脱がせ軽く拭き、ストーブをつけるとその前に座らせて体を拭く。
されるがままのだったが、流石に体に熱が戻ってくると思考も定まってきたのか緩々と自分でも手を動かし体を拭き始める。
ある程度水滴を拭えた所で風呂の沸き終わったメロディが流れ、とにかくゆっくり湯舟に浸かって体を温めろと風呂場へつれていかれた。
が風呂へと入れば先ほどの一騒動が嘘のように静まり返る。そこでやっとは落ち着き、自然と入っていた力を抜くように溜息をついた。
浴室のドアを見つめた後、時計を見て時間を確認し次にはカレンダーを見た。
突然、連絡のつかなくなった。
会社に無断欠勤をするようになり、アパートにも親戚の家にも帰っては居ない。
が居なくなって約一年。は様々な所に連絡を入れ探し回ったが手がかり一つ見つけられずに居る毎日。
特に連絡も手がかりも無く、今日も朝から仕事だった。仕事場を出れば朝から降り続く雨にうんざりしながら帰宅すれば、何の前触れも無く探し回った友人の姿。
それも全身ずぶ濡れで満身創痍な状態に驚くのは当たり前だろう。
やっとの事での気持ちも落ち着いた所で脱衣所の扉が開く音が聞こえ、振り返ればが立っていた。
のトレーナーを着ているはの前に座ると先ほどの様子とは打って変わって、の知るいつものだった。
「、ごめん」
「それは、何に対して?」
「え・・・と、突然押しかけちゃって・・・痛っ!!」
はの言葉を遮るようにして容赦なくその脳天へと手刀を振り下ろす。
本気のそれにはかなり痛がり転げまわっていたが、それを心配する事も無く目を座らせてを見つめてくる。
頭を押さえ少し涙目になりつつそんなを見つめながら、何がなんだか分からないと言った顔をする。
「あんた、連絡も何もなく突然姿晦まして、どれぐらい経ってると思ってるの? 一年よ、一年」
「ご、ごめんなさい・・・」
「人がどれだけ心配したと思ってるわけ?」
「返す言葉も無いです・・・ウッ!?」
土下座状態のだったが、それでもの怒りは収まらず今度はの両頬を抓る。
しかしその力はそこまで強くは無いらしく、痛がっては居ないが離す気配は無い。
「突然押しかけた? 違うでしょ。突然居なくなったの間違いでしょう」
「も、もうひわへなひ・・・・」
暫くそのまま睨みつけるようにしてを見ていただったが、漸く抓る手を離し深い溜息をついた。
抓られた頬を擦りながらも、は申し訳ないといった表情でを見つめるばかりでそれ以上何も言わない。
は台所へ向かうとお茶を煎れて戻ってくれば、一つをの前に置き自分の分の熱いそれは一気に飲み干す。
湯呑を脇のテーブルに置き、先ほどとは違う真っ直ぐな視線をへ向けると静かに話を切り出した。
「・・・で、どこに行ってて何してたの?」
「・・・・・ねえ、。私、に嘘をつきたくない。心配させたから尚の事。だから今から話す事は、全部本当の事なの」
膝の上に置いた手を握り、強く力を込めては視線をぶつけた。
はの言葉に返事をする事は無く、その沈黙を了承として捉えたは突然居なくなった理由からここに来た経緯。
今まで居た場所や人々、世界。その全てを話した。
静かに語るの言葉以外、部屋に響く音はいまだ降り続ける雨音だけ。
全てを話し終えた後も二人の間には沈黙が流れた。それから十分ほどしてからか、の溜息が漏れた。
空になった湯呑にもう一度お茶を入れると、今度はそれを一口飲むだけで留まらせる。
「・・・本当の事、なんだね」
「うん」
の言葉には強く頷く。
互いに向け合う視線を先に外したのはだった。
「、あんたがここに戻ってきた原因。確信は無いけど、もしかしたら私のせいかもしれない」
「え?」
「さっきも言ったけど、本当に心配してたんだよ」
「うん・・・・・・ごめん」
の言葉に俯くだったが、対しは手を軽く振って否定する。
「あー、違う違う。そう言うことじゃなくて。確かに居なくなった事を心配してたけどね、ほら、あんたって色々我慢してきたでしょ。
だから自棄でも起こしたんじゃないかとか、そう言う心配もしてた」
「・・・・」
「一目でいい。あんたが元気な姿を見たい。そう、思ってた。
人の思いって、時折信じられないような力を持つって昔母さんから聞かされたんだけど、本当そうなんだね。」
の言葉には瞬きを何度も繰り返し、微笑んだ。
家の中に居場所が無かったはそれでも一人ではなく、こうして心を支えてくれる友人が居る事が何よりも嬉しかった。
「ねえ、。今まで色々我慢してたあんたがやっと、自分で自分の居場所を見つけられた。本当に笑える場所を見つけられた。
そこがたとえ、私の知らない世界だろうとなんだろうと関係ない。あんたが幸せなら、私はそれで良いとおもう」
「・・・」
「・・・帰るんでしょう?」
「っ、帰・・・・りたい・・・・帰りたい・・!」
の言葉に俯きながら返すが、方法がわからない。
そもそもすべて偶然のようなものでまた向こうに戻ることができるのかも判らないにとって、それはとても儚い願いのように思えた。
しかしの様子にはその肩を叩きながら「帰れる」とはっきりと言う。
当然その言葉に驚き目を見開くはなんと言っていいのか分からず、ただの次の言葉を待つばかり。
「会いたい、帰りたいって強く願えばいい」
「でも・・・」
「やりもしないで諦めるのは駄目だよ。そこが、今のの帰る場所なんでしょ? 大切な人が、居るんでしょう?」
「・・・・・うん。私、皆に・・・銀さんに・・・会い、たいっ」
そばに居るだけでいいと思っていたその心は離れて初めて、そばに居るだけでは足りないと。一人想い続けるだけでは駄目なんだと軋みはじめる。
留めていた想いはいつのまにかですら知らぬ内に大きくなり、溢れそうになる。
ただ帰りたいと思い、願い、溢れた心のように涙が出てきた。
「きっと、その人達だっての事を凄く心配してるよ。の帰りを待ってる。だから、はその人たちを信じてあげて」
強く思えば、きっと思いが惹かれあって帰れると。
その方法に確証がないことなど判っていた。
それでもはの言葉を。
自分の中の想いを。
帰りを待っているであろう銀時達を信じて。
ただ強く願い、目を閉じた。
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