前へ進め、お前にはそのがある

>想い -act02-







夢見が悪かったのは一日だけで、あとは特に夢を見ることなく眠る日も多くすっかり銀時は夢の内容など忘れ去っていた。
いつもと変わらず仕事の少ない日々を過ごしながら、銀時はデスク前の椅子に座り今週号を読みふける。
はお茶を煎れて銀時の目の前に置けば、自分の分のお茶を持ちながらソファに座った。
テレビから流れるニュースは気候がだんだんと安定してきていると言う、何の変哲も無い内容。それを見ながらは徐に口を開く。


「ねえ銀さん。どうせ仕事なんてきませんよね」

ちゃん。いくら何でもいきなり辛口な言い方されたら銀さんのガラスのハート粉々だから」

「まあ、それはさて置き」

「さて置かれた!? 冷てーよ。やっぱ最近のは冷たい。銀さんちょっと立ち直れないかも」


ジャンプ越しにシクシクと嘘泣きをする銀時に気付かれないよう溜息をつきながら、は目の前まで行きジャンプを剥ぎ取る。
確かに泣いてはいなかったが不貞腐れたような表情の銀時を見て「拗ねないで下さいよ」と頭を撫ぜてみたが、どうも機嫌が直らない。
顔を背けてしまった銀時。時折子供のように拗ねてしまうと思いながらも、ならばとは袖の中を探ってみる。
手の中に目的の物を握り締めて隠しながら銀時の名前を呼んだが、反応が薄い。


「銀さん、ごめんなさい。機嫌直して下さいよ。コレあげますから」

「・・・・・飴一つで騙されるかよ」

「そう言いつつ受取るんですね」

「うるせー」


新八からの鋭いツッコミに不貞腐れたような口調で返しながら受取った飴の包装を破るとすぐに口の中に放り込む。
そうでもしなければ神楽辺りに気づけば食べられてしまうからだろう。
甘味に関しての学習能力はかなり高い銀時だ。日々繰り返される神楽による甘味強奪に対する術を身に着けたらしい。
やっと銀時の機嫌が直った所でが再び話を切り出した。


「たまには皆でお弁当でも持ってピクニックにでも行きません? 家でゴロゴロしてるより、よっぽど良いと思いますよ」

「・・・・その弁当って、オメーが作るの?」

「まあ、そうなりますかね? あ、でもどうせなら皆で作ったほうが楽しいかもしれませんよ」


の言葉に今まで酢昆布を片手に新聞を広げていた神楽が勢いよく立ち上がった。
突然の事に驚き目を見開いて神楽を見るへ、神楽は満面の笑みを向ける。


! 私おにぎり一杯作るヨ!」

「うん、それじゃ神楽ちゃんはおにぎりね」

「僕も家で何か作ってきます」


銀時を他所に盛り上がる神楽と新八は既に気分はピクニック気分。
行く気が無いわけではないが、子供特有のイベント事のはしゃぎ様に呆れつつもつい微笑ましく笑ってしまう。


「まずは材料だね。銀さん、何してるんですか? 買物行きますよ」

「ほら、銀ちゃん! 早くするアル!」

「わーったから、そんなに腕引っ張んな」


思い立ったが吉日だと片手に財布を持ちながらは買物に行こうとする。
動く気配が見られなかった銀時を急かすように神楽が腕を引っ張り立ち上がらせれば、銀時はその強さによろめき呆れ顔をしたままでも確りと玄関へと向かって歩く。
マイペースに歩く銀時を『早く、早く』と急かしながら待っているを見た。
視線に気付いたがなんだと聞いてくるがそれに答える事は無く、隣を通り過ぎてさっさと階段を下りていった。


「たく、んなに慌てなくても材料は逃げねーだろーが」

「何言ってるんですか! 今はタイムセール中で安いんです!」


早く行かなければ良い物が無くなってしまうと息巻いて言うの様子になるほどと思いながら歩き出す。
その後を追うようにして三人も近くの大江戸ストアへと向かった。
の言うように、店につけばタイムセール中ということもあって別の意味で戦場のような有様の店内。
最初こそそれを見てやる気がまったく無くなった銀時だったが、財布の紐を握っているの一言が銀時に呟かれる。



「卵を見事手にすれば、甘い卵焼き作ってあげますよ」


「よっしゃー!! おいオメーら。気ィ抜くんじゃねーぞ!」

「「おー!!」」




意気込んで店内に入っていった三人は並み居る敵(主婦)達を掻い潜り、見事目的の物を手にして籠を持っているの元へと戻ってくる。
さり気無く銀時と神楽がピクニックにはおやつが付き物だと、菓子を忍ばせたが少しぐらい大目に見ておくかとは黙っていた。
万事屋に帰ってからはお弁当の中身についてあれやこれやと悩みつつも、それぞれの意見を取り入れたお弁当にしようと最後の最後まで考える。
結局はかなりスタンダードな中身になりそうだと思いつつも、下手に凝った物を作るよりも素朴で良いかもしれないと納得し
中身の大半を決めた所でその日は早めに眠りについた。


次の日の朝にはいつもの万事屋ではかなり珍しい光景が広がっていた。
朝も早く、台所にだけではなく銀時と神楽が立ち三人でお弁当のおにぎりを握ったり卵を焼いたりと忙しなく動いている。
暫くしてお弁当が出来上がった頃をまるで見計らったかのように新八が訪れれば、既に昨夜準備していた他の荷物を持って外に出る。
いつもなら銀時は鍵など閉めないものの、いくら取られるものがないからといっても鍵はかけるべきだと再三言って来るに根負けをして
今ではきちんと鍵を閉めるようになっていた。
一応掛かっているかどうか確認をしたあと銀時達の前を歩き、階段へ向かって歩き出した。しかし踏み込んだ場所が悪かったのか、踏み外しこけてしまう。
派手な音を聞いた銀時達は慌てて階段へ向かった先には信じられない光景が広がっていた。






「・・・・?」






滑り落ちたであろうは踊り場に居るはずなのだが、そこにはの履いていた草履が片方落ちているだけ。
すぐに駆け寄りそこから周りを見渡してみるがの姿は無くまるでそこから突然、消えてしまったかのようだった。








「いたたた・・・・、腰打ったかな・・・って、冷たっ! やだっ、今日晴れるって言ってたのに、あ・・・・・・め?」


痛む腰を擦りながら立ち上がろうとしたは、突然頬に打ち付けるように降り注ぐ水に驚き空を見上げようと顔を上げれば
そこは見慣れた、しかしもう見る事はないと思っていた景色が広がっていた。
目を見開きただ呆然としているしかなく、立ち上がることすらできない。
何度も瞬きをして、少しずつ思考が動くようになってきたが次第に呼吸が荒くなってきた。


は、今までの出来事は階段で倒れ気を失っている間に見た夢なのかと思ったが、身に着けている着物が現実であった事を教えている。
降り始めた雨は次第に強くなり、見える景色の色を変えていく。


頬に流れる冷たいものが雨なのか涙なのか。
それすらも分からないほどに強く、雨はとその目に映る全てを濡らしていく。








な、んで・・・・? ・・・う、して・・・・・・・、 どうして!?」








叫ぶの声も雨音に掻き消され、誰一人それに答えるものは居なかった。





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