前へ進め、お前にはその足がある
>想い -act01-
ソファに寝転がりジャンプのページを捲くる銀時。その視界の端に入りこんだのはの足。
一体何だと体を起こしてみれば、は満面の笑みを浮かべていた。
少々それを不気味に思いつつもおくびにも出さず、訝しげな表情のままどうかしたのかと聞けばさらに笑顔が深くなる。
よく見ればその手にはどこに隠し持っていたのだと思えるほどの大荷物。
「おい。何だそれ?」
「銀さん、今までお世話になりました」
「・・・・・・・・・はい?」
の言葉に驚き言葉が続かない。
何か言おうとするが、まるでエサを欲しがる魚のようにパクパクと動くばかり。
銀時の様子など構わずはその荷物を持ち、額が膝につくのではとおもうほどに深々と頭を下げた。
「私、好きな人ができたんです。今日からその人と、一緒に住む事になりました」
「え、えええぇぇえぇぇ!!!??」
「それじゃ、銀さんさようなら。銀さんも素敵な奥さん貰って幸せに暮らして下さいね」
笑顔のまま背中を向けて歩き出す。
いつのまにか空いている玄関の向こうに見慣れない人影が立っていたが、誰かまではわからない。
ソファから転げ落ちながら銀時は必死になって手を伸ばすが、どういうわけか足が動かない。
「ちょ、ちょっと待ちなさいちゃん! おい!!」
這いずるようにしてを追おうとするが何故か体が思うように動かず、まるで石になってしまったかのようだった。
それでも必死に手を伸ばして、これ以上でないだろうと思えるほどに声を張り上げる。
「待てやコラァァァァ!!」
ガバリと言った擬音が一番あっているだろう勢いで起き上がった銀時。
伸ばした手はそのままに呆然としていたが、目の前はまだ朝日が差し込み始めたばかりの和室の襖。
横を見れば衝立の向こうからはの静かな寝息が聞こえてくる。
今の光景は夢だったのだと認識すれば、力無く伸ばされた手は布団の上に落ち、そのまま顔を覆った。
「・・・俺はなんつー夢を・・・」
深い溜息を吐きながら呟かれた言葉はそのまま空気に溶けていく。
すっかり目が覚めてしまった銀時はそれから眠る気にもなれず、起き上がり顔を洗いに行った。
部屋に戻った後、一応が起きる時間では無いのかと時計を確認して素早く着替えた後は居間に行き、ゴロゴロとし始める。
しかし先ほどの夢があってか暇を潰すにしてもジャンプへと手は伸びなかった。
それから程なくして和室から時計の音が聞こえやがて止まった。が起きた気配を感じたが、そこから動く気にもならず座っていると
暫くしてが和室から少し寝ぼけた顔で起きてくる。
寝起きの顔を見るのは久しぶりだと、ふと思いながらその顔を見ていれば銀時に気付いたが少し驚いた顔をする。
「あ・・・おはよーございます・・・。珍しいですね」
「おー。なんか目が覚めちまってな。いいからお前、顔洗ってこい、顔」
銀時が言えばノロノロとした足取りで顔を洗いにいく。
その様子を盗み見ていたが、一瞬先ほどの夢がフラッシュバックする。
「何だってんだ、チクショウ・・・」
何故あのような夢を見たのか、銀時にはまったく検討がつかない。
そもそもあれがもし正夢にでもなったりしたらと思うと、背筋に嫌な汗が流れる。
それもこれも、今までウダウダと悩んでいた自分自身の責任だろうとまた溜息が漏れた。
「そろそろケジメつけなきゃいけねーな、これ。」
顔を上げて神楽を起こしに行ったのだろうの声を聞きながら、銀時はとりあえず気を落ち着ける為にとテレビをつけた。
テレビからは銀時の心境とは裏腹に、明るいニュースキャスターの声が響く。
がバイトへ出かけた後の万事屋の居間ではいつも通り三人がお茶を啜ったり酢昆布を食べたりと
それぞれの時間を過ごしながら、何時来るとも知れない客を待ちつつ寛いでいた。
しかしその端ではジャンプを片手に十分に一回は溜息をつく銀時がやたらと気になっていた。
それはが出かけてからであり、ずっとその調子の銀時にとうとう新八は耐え切れなくなりどうしたのかと問い掛ける。
初めこそ何でも無いとシラをきり通そうとしていた銀時だったが、神楽が寝ぼけ半分にでも銀時の寝起きの際の叫び声を聞いていたと言えば
渋々ながらも夢の事を話しはじめる。
一通り話せば聞こえた二人の溜息。銀時は予想通りの新八と神楽の反応に「だから話したくなかったんだ」としかめっ面をして顔を背けてしまう。
「いつまでもウダウダしてるからヨ。いい加減告白したらどうなんだよこのマダオ」
「うるせーな。こう言うのは、心の準備ってモンが必要なんだよ」
「そんな事言って先延ばししてたら、正夢になりかねませんよ」
呆れた口調で言いながら新八は新しいお茶を入れに台所へと行ってしまう。
神楽は相変わらず蔑んだような、呆れたようななんともいえない視線を向けてくるがそれをジャンプで壁を作り遮った。
新八は自分のお茶と、空になった銀時のコップにイチゴ牛乳を入れて戻ってくればそれをテーブルの上に置きソファに座りなおす。
「さんは優しいですし料理も上手。真面目で良い人です。普通の男だったら放っておきませんよ。
早くしないと他の男に取られちゃうんじゃないんですか?」
「何? オメーもの事そう言う目で見てるわけ?」
「なに馬鹿な事言ってるんですか。さんは僕にとっては家族みたいなものですよ」
「そうヨ。それにこの駄メガネにそんな度胸無いアル」
「いくら何でもそれ言い過ぎだから神楽ちゃん。って言うか、眼鏡関係なくない!?」
二人の言い合いを他所に銀時はソファの背凭れに仰け反るようにして凭れかかり、天井を仰いだ。
そこから見えた日めくりカレンダーを見つめて銀時は体を起こして立ち上がる。
どこへ行くのかと問う二人に曖昧に返事をしながら外へとでた。
フラリと行くあても無く歩き出せば生暖かい風が吹き出す。先ほどの新八の言葉が胸中で繰り返された。
「んな事、オメーに言われなくても判ってんだよ」
小さな銀時の言葉は人込みの中、周りの音に掻き消されるように流れていった。
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