前へ進め、お前にはそのがある

>温もり -act11-







ターミナルでの騒動から一夜明け、昼を迎えた万事屋。銀時はを定春の背に乗せて共に玄関を出て階段を降りていく。
階段の前で二人は向かい合うようにして立っていた。


「本当に私一人で行くんですか? こんな足だからいざと言う時がきても動けませんよ」

「下手な奴なら定春だけでどうにかなるだろ。それに俺は、野暮用があるから散歩は無理」

「・・・わかりました。そこまで言うなら今日のお散歩は私が行ってきます」


こぼれそうになる溜息を堪えながらそれでも呆れ顔で銀時の顔を見つめるだが、定春が一鳴きした事で背を向ける。
昨日応急処置を施した際に、ちゃんと医者に見せた方が良いと言われていたためこれから医者へ向かうところの
足がそんな状態のためにバイトには既に休みの連絡を入れてある。
ただ朝起きてから銀時は先ほど言ったように野暮用があるから、ついでに定春の散歩も兼ねて行って来いと言って来た。
医者に行く事も散歩に行く事も反対なわけでは無いだが、その散歩の仕方がどうにもおかしくは無いかと首をかしげる。
足を捻っているから歩くのは良くないだろうと、定春の背に乗っての散歩。これではどちらがどちらの散歩なのだかわからない。
些か納得はしかねるものの、背後で銀時がバイクのエンジンを入れた音を聞き諦める事にした。


「銀さん、安全運転でお願いしますよ」

「オメーも無理すんじゃねーぞ。間違っても歩くなよ」

「わかってますって」


の最期の言葉を自らの合図にしたのか、定春は静かに歩き出した。
それでも体の大きい定春の歩幅はそれなりにある為、速度が遅くても景色が流れる早さはそれなりにある。
揺れる定春の背中の上で密かに振り落とされないよう、首輪を掴んだ。


医者に行って見てもらえば軽度の物だと診断され、それでも無理はしないようと釘を刺された。
流石に病院内に定春を連れて行くわけにも行かず、正面玄関の横で待っているように言い聞かせていたが外へ出れば静かに寝ている。
名前を呼んで揺り起こすと欠伸を一つ。が背に乗るのを待ってから立ち上がった。
そこからは定春の好きなように歩かせそのまま散歩をすれば、暫く歩いて最初についたのは公園。
いつも神楽と共にきているであろう公園はとの散歩コースにも入っている。


「定春、私はベンチに座ってるから遊んできたら?」

「ワン!」


の言葉がわかるのか否か。それは定かでは無いがそれを返事と捉えてはベンチへ座る。
暫くすれば公園内を走り回る定春。その姿を見ながら、空を仰ぎ見た。
あの騒動でターミナルは暫く運休だとニュースでも朝からひっきりなしに流れている。
今はまだ神楽も江戸の何処かに居るのだろう。
ターミナルが運行を再開するまでの間は、この同じ空の下に居て、同じ空を眺める事ができる。今はそれだけで十分だった。
たとえ遠い星に帰ろうとも、万事屋も神楽にとって帰る場所の一つであるとは思う。
それ故に、次あった時に言う言葉はもうすでに決めていた。


少し冷たい風が頬を撫ぜる。目の前では走り回る定春の姿。
たとえ体は大きくとも、中身は普通の犬と変わらないだろう。
無邪気に遊ぶその姿を楽しげに目を細めながら見つめるは、やがてその目を閉じて寝息を立て始める。
その眠りも深くはなく、突然目の前から聞こえた定春の鳴き声にビクリとしながら慌てて目を開けた。


「あ、ああ。ごめん、寝ちゃってた・・・。もういいの?」

「ワン」


返事をするように鳴けば伏せの状態で待っている定春。
その背中へと乗ると定春はまた歩き出し公園を出る。次はどこへ向かうのか、にはまったく判らない。
少しずつ太陽が傾き始める。
その間に通った場所は神楽との散歩コースなのだろう。には覚えの無い道も含まれていた。
いつも神楽が酢昆布を買うであろう駄菓子屋。
長閑な土手。人通りの少ないわき道。
人が行き交う道も堂々と真ん中を歩き迷いなく進む定春の背の上で、は周りの流れて行く景色をなんとなく見つめていた。
やがて少しずつ、見覚えのある景色へと変わっていく。



「・・・・ここって・・・・」



土と草の混ざり合った匂いが鼻腔を擽る。風が吹けば草がサラサラと音を立てた。
何も言わず、定春の上から降りたは捻った足を気遣いながら歩く。江戸の町の中にポッカリと空いたような空間に思える草原。
自然公園のようなそこは昼を過ぎた時間帯の今、家族連れが遠目に確認できる。
それを微笑みながら見つめてが向かったのはそこから少し進んだ所の、なんの変哲も無い原っぱ。
座ればその横に定春も寝転がる。風に靡く長い毛を撫ぜながら、は前を見た。
父親が投げたボールを追いかける子供。それを微笑ましく見つめる両親。



「ここが、始まりだったんだね」



初めてここにきた時、最初に立った場所。
突然知らない世界に放り出されて一瞬あの世かとも思ったが、後頭部の痛みがそれを許さなかった。
打ちひしがれる間もなく、の一人言に自然と返ってくる言葉に驚き振り返れば突然の暗闇。


「あの時は突然だったからビックリしたよ、定春」


ここでの本当の初めての出会いは、あまりにも衝撃的で忘れようと思ってもきっと忘れられないだろう。
そうとは知らず定春は目を閉じたままで、それを見ながら静かに笑った。

寂しくないと言えば、嘘になる。
それでもやはり家族が居るなら一緒に居た方が一番いい。


「あんなに大切に思ってくれるお父さんがいて、神楽ちゃんは幸せだよね」


一人言のように呟かれたそれに、興味なさげに定春は大きな欠伸をした。
は定春にそのまま凭れかかり暫くすれば、定春の温かい体温と、少し冷たい穏かな風に目蓋が重くなってくる。
ほんの少しならと、はそのまま目を閉じてしまった。








夕日が視界に映る。後ろには伸びた影が二つ。
肩を震わせて泣きじゃくる一つの影と、その背を擦り慰めるような仕草の一つの影。



――― ごめん・・・。自分勝手で、本当にごめん・・・・。でも、怖いの。凄く、怖いの・・・・



泣きじゃくり、掠れた声で言うのは
その横で背を擦っている影が一つ、大きく動けばの背を強く叩いた。



――― ねえ、あんた一人じゃないでしょ。私が居る。怖いなら私の手を掴んでて構わない。倒れそうになったら支えてあげる。だから、もっと頼って!



屈託の無い笑顔で言われた言葉は確りとの中に染み渡り、ただ一言「ありがとう」というので精一杯だった。








「わん」

「・・・っ、定、春・・・? あ、あれ? もしかしてすごい寝ちゃってた?」

「くぅ」

「ごめんね、起きるの待っててくれたんだ。ありがとう」



目を軽く擦りながら体を起こすと、そのまま定春の背に乗った。
定春はゆっくり起き上がり万事屋へと向かって歩き出す。
辺りを見回せば、眠る前まで居た家族はもう居ない。ただ先ほどの夢の中のように、夕日が辺りを照らしていた。
最近では見ることなくなった過去の夢。それを見たのは場所がそうさせたのか、思い出したからなのか。それはには判らなかった。

万事屋へついた頃には辺りはすっかり暗くなっていた。
銀時が心配しているかもしれないと思っただが、突然お登勢の店の扉が割れ、中から新八と銀時が投げ飛ばされた形で道へと飛び出てきた。
驚いたはそのまま固まり見つめているしかなく、中から出てきたさっちゃんとお妙はそのまま、語尾に妙な言葉をつけながら土手へと向かっていく。
去って行くその後姿を呆然として見詰めていれば新八と銀時の小さな会話が聞こえてきた。
定春がゆっくりと近づいて行く。


「やっぱりなんやかんやで、神楽ちゃんが一番僕らにあってましたよね」

「・・・・・・・・・そーだな」

「なんだィ、アンタら情けない。帰れって言っておいて、もうさびしくなったのかィ」

「そりゃ銀さんたちですからね。素直になれないんですよ」

「あ、さん・・・」

「なんだァ? 随分なげー散歩だったな」


道端に寝転び鼻をほじりながら言われれば、一瞬定春にそのまま踏みつけてもらおうかと思ったがそれはやめておいた。
お登勢は煙草の煙を吐き出しながら男は勝手だと言いつつ店内へ振り返る。


「ねェ。なんか言っておやりよ」

「・・・・・っ!?」

「ボンキュッボンでなくて悪かったアルな」


そこに居たのはご飯を食べる神楽の姿。
驚きながらも何か言おうとするが、それを制止する神楽。
はただ呆然と神楽の顔を見つめながらも、だんだんと湧き上がる嬉しさを隠す事ができずにいた。
飲み直しだと言って中に入るよう促すお登勢の声に、中に入っては神楽の横に立った。

もう一度会えた時に、言う言葉を一度胸の内で繰り返す。



?」


「神楽ちゃん、おかえりなさい」


「、・・・た、・・・ただいまヨ・・・」





笑顔で言われたの言葉に、神楽は小さく呟くようにして答えた。





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