前へ進め、お前にはその足がある
>想い -act05-
朝の万事屋。九時を回った頃一人の来客があった。
いつものように新八が扉を開ければそこにはお登勢が立ち、その用件など一つだけだろうと口元を引きつらせる。
居間にいる銀時を呼ぶと渋々といった様子で玄関までやってきた。
「何だァ? こんな朝っぱらから何の用だよ?」
「決まってるじゃないか。家賃だよ家賃。またアンタは・・・。先月分まだ貰ってないよ」
払ってもらおうじゃないかというお登勢に対して銀時の態度も変わらず、やる気も覇気もなく無理だと返される。
そんな金があるならこんな生活からはもうおさらばしていると言うが、お登勢も一向に引く気配を見せない。
玄関をはさんで互いににらみ合うようにして立っていれば、先に口を開いたのはお登勢だった。
「あの子が家賃用にためてる貯金があるだろ」
「な!? ・・・ババア、何で貯金の事知ってんだよ」
「何でって、本人から聞いたからに決まってるだろ」
言いながら少し体をずらしたお登勢。その背後から姿を見せたのはだった。
「・・・・・・・・!?」
「な、さん!」
「ただい・・、マゴフッ!」
驚く銀時と新八だったが、突然その横を神楽が走り抜けたと思えば勢いそのままにへと抱きついた。
は突然の事でよろめくが何とか踏ん張り、倒れる事は無かったが腰に回された腕の力に流石に冷や汗が出る。
何とか宥めて腕を離してもらおうとするがぎゅうぎゅうと絞めてくる腕の力は強まるばかり。
息を詰まらせた所で、やっと神楽は力を緩めての顔を覗き込んだ。
「! どこ行ってたネ! 無断外泊なんて、そんな子に育てた覚えないヨ!」
「うん・・・ごめんね」
「さん・・・・怪我とかしてませんか?」
「大丈夫だよ」
神楽と新八の言葉には嬉しくなりつつも、心配させた事を申し訳ないと思いながら答えていく。
三人の様子を横で見ていたお登勢はタバコの煙を吐き出し、やれやれといった様子で背を向けた。気付いたは声をかけるが振り返らず足を止める。
「一月分ぐらい、目を瞑ってやるよ。その浮いた金で、居なくなってた間の穴でも埋めたらどうだい?」
それだけ言うと階段を下りていってしまう。お登勢の言葉に呆然としたままの達だったが、最初に動いたのは神楽だった。
荷造りしておいたピクニック用の荷物はお弁当以外はそのままだから、今から行こうとの腕を引っ張る。
時間もそんな遅いわけでもなくここから少し離れた所に行けば、寛げる場所などあるものだと言う新八も賛成の様子。
二人の勢いに引っ張られるようにして銀時は部屋の隅に置かれたままの荷物を持ち、は神楽が手を繋ぎそのまま出かけることになった。
ついたのは大きな市営公園のような場所。周りには特に遊具もなく、敷地も広い為ただの原っぱに見えなくも無い場所につけば早速定春は走り回り
神楽も一緒になって駆けたりしているが途中、投げた棒がなぜか新八のほうへと飛んできたためそのまま標的が新八へと変わり
銀時達の目の前では必死になって定春から逃げ、走る新八の姿がある。
次第にそれを見ているのに飽きたのか、の横で銀時は芝生に寝転がり空を見た。
「おい。何でババアと一緒だったんだ?」
「戻ってきた時、始発の電車の中だったんです。
帰ろうと思ったらちょうどお店から出てきたお登勢さんに会って、事情を話したりとかしてまして・・・」
その時に貯金の事も聞いたのだろう。やっと銀時は一つの疑問が解消され、自分の中で納得した。
「・・・あいつら、オメーが居なくなったとき大変だったんだぞ」
「・・・ごめんなさい」
銀時の言葉には謝る事しかできなかった。
体を起こしての方を見ず、今だ定春に追いかけられている新八がいる方を向くとそれは銀時の癖なのか
後頭部を軽く掻く仕草をすると、少しだけ視線を泳がせる。
「あいつらにオメーの事信じろなんて言った手前、正直俺は心臓止まるかと思った」
「・・・銀さん?」
「いきなり居なくなったりしてんじゃねーよ。・・・早く言っておけばよかったなんて、後悔しちまった」
「何をですか?」
の視線を横から感じながらもそちらを向く事はなく、銀時は今だ視線を泳がせる。
その横顔はまるで不貞腐れたかのようなものにも見えたが、いつものとは少し違う事に気付いた。
暫く銀時の顔を見ていれば、やはり視線は向ける事は無かったが何かを決心したかのような言葉だけが向けられる。
「・・・。コレ、一回しか言わねェから。繰り返し聞こうとするんじゃねーぞ」
「はい」
銀時の言葉に小さく頷きながらただ告げられるであろう、言葉を静かに待った。
「俺は、が好きだ。本気で惚れてる」
「・・・っ」
「収入も生活も安定してねーし、周りの奴からはちゃらんぽらんだとか言われてるし別に否定する気もねーよ。
でも、それでも俺は、オメーを幸せにしてやりてーって思ってる」
前を見ていた銀時の視線はいつのまにかに向けられ、真剣なまでの眼差しに息を呑んだ。
予想していなかった言葉に驚き、声を出す事も忘れただ跳ねる鼓動が大きく聞こえる。
「んで、そんな俺はお前に言われた曖昧な言葉のおかげで、かなり不安になりました。だから、今ここで返事を下さい」
「え・・・・・・え!? い、今ここでですか!?」
早鳴る心臓の音すらも整えきらない内に言われた言葉に別の意味で驚き、は目を見開く。
前に言った曖昧な言葉とは、銀時が記憶を取り戻した際に言った『好きの違い』についてだろう。
結局その真意まではちゃんと話してはいなかったが、まさか今ここでその事を言われるとは思ってもいなかった。
帰ったらきちんと気持ちを伝えるつもりではいたが、こんな急にその時がくるとは反則以外のなにものでもない。
だが銀時は譲る気は無いらしく、真っ直ぐとの顔を見ている。
視線に耐えられなくなり、思わず俯いてしまったがそれでも銀時の視線ははずされる事は無かった。
ゆっくりと呼吸をして少しずつ鼓動を整えると、今度はの視線が泳ぐ。銀時はただ黙って待つばかりで、急かす事はなかった。
気持ちを伝えると、約束をした。
それを思い出し、深呼吸をすると視線は上げられなかったが言葉だけは、真っ直ぐと銀時へと向ける。
「私も・・・・・・銀さんが、好きです」
は自分の耳まで赤い事は、帯びた熱でわかっていた。
膝を抱える手に少しだけ力を込める。
「銀さんは、いつだって欲しい言葉をくれました。こんなに暖かい居場所をくれました。これ以上の幸せは無いと思ってました」
それは違ったのだとは俯いた顔を上げて、銀時の顔を見れば先ほどと同じ様に真剣な顔がそこにはあった。
少し照れながら、はにかむように笑むとは自分の想いを一つひとつ確かめるように、ゆっくりと言葉にする。
「銀さんの想いを知ることができて、嬉しいです。私は銀さんに恋をして本当に良かったと思ってます
こんなに素敵な恋ができて、本当に私は幸せです」
の言葉は静かに空気に溶けていく。
しばしの間沈黙が流れたが徐に銀時が懐を弄ると、取り出した箱をの目の前に差し出す。
無言のまま受け取り、数回それと銀時の顔と見比べ箱を開けてみた。
中に入っていた物を見ては何か言おうとするのだが、驚きすぎて上手く言葉が出てこない。
震える手を押さえながら、そっと取り出せば太陽の光に反射して光った。装飾も何も施されていない、シンプルな指輪。
好きな所につければいいと言う銀時の横顔を見て、もう一度手の中で光る指輪を見たは、それを銀時に差し出す。
「え、何? 返品?」
「違います。・・・銀さんの好きな所にはめて下さい」
指輪を渡されに言われた銀時は一瞬驚き、口を尖らせまるで拗ねたかのような顔をしながらの手を優しく掴み
一瞬躊躇った後、左の薬指に通す。はめられた指輪を見てはにかむように微笑んだ。
サイズを教えた事も無いのにそれはピッタリとはまった事には何故だろうという顔をし、銀時は当然だといった顔をしてそれを見た。
いつサイズを測ったのだと聞けば寝ている間にコッソリ計ったと言われ驚かない方がおかしい。
「あー・・・、そこにはめたのは、そんな深い意味はねェから。別にお前、俺はアレだよ、別の意味があってだなー・・・」
「はい、わかってますよ。
銀さん・・・ありがとうございます」
優しく風が吹き、温かい沈黙が流れるがそれは背後から突然聞こえた定春の一鳴きによって遮られた。
驚き身を竦めるだが、定春の上に乗っている神楽は何食わぬ顔をしてそろそろお弁当の時間だという。
隣に立っている新八は息も絶え絶えで、見ただけでも必死に逃げたのだろう。その服はボロボロだった。
「おい神楽。お前はもう少しこう、甘ーい余韻とか浸らせてくれねーわけ?」
「何言ってるアル。告白の邪魔にならないように三人で向こうで遊んでたヨ。それだけでも感謝して欲しいアルナ」
「僕は必死になって逃げてただけだったけどね・・・って、あれ、さん。その指輪・・・」
のつけている指輪に気付き新八が聞けば、改めて聞かれると恥ずかしいと俯いてしまう。
それを見て神楽と新八は、最近銀時が野暮用だといってちょくちょく万事屋を出ていた理由をようやく知ることとなる。
は恥ずかしそうに俯いたままで説明しようとするが、それは突然後ろに体を引っ張られてしまいできなくなってしまった。
一体何だと顔を上げようとしたが、その前に現状に気付いた瞬間まさに茹蛸のように顔を赤くし慌てふためく。
背後から腰に回された銀時の腕はキツクは無いが、暴れてもビクともせず、逃れようと必死になっていたのも最初だけで最期には諦めてしまった。
銀時の突然の行動に呆れた顔をしてみる新八は、隠す事もなく溜息を深くつく。
「銀さん・・・そんな事しなくても僕はさんをとろうなんてしませんよ」
「わかんねーよ? 男ってもんは皆ケダモノだぞ? 大体この指輪だって、虫除けのようなもんなんだ。
は俺のだって周りの奴等にわからせねーと駄目だろーが」
「こんな独占欲の塊に好かれて、も苦労するアル」
言いながら神楽が動かなくなったの顔を覗き込めば、その目は閉じられていた。
丸一日半起きていたは流石に眠気に苛まれたのか、緊張の糸が切れた事もあるだろう。静かに寝息を立てている。
幸せそうな寝顔を三人は微笑みながら見守るようにして見つめる。
暫くして神楽は食前の運動だとまたも定春と走り出してしまったが、先ほどとまったく同じ事になりまたも新八は必死に逃げる羽目になった。
賑やかに右往左往と走る姿を見ながら、元気がいいものだと多少呆れも混ぜながら溜息をついた銀時はもう一度を見た。
静かに眠るはどう見ても暫くは起きる事は無いだろう。
風に少し煽られ乱れた前髪は少しだけ伸びてきたのか、目蓋の上に掛かっていたそれをそっと指で避ければの幸せそうな寝顔が覗く。
銀時は抱きしめる手を解く事はなく、やっと通じた想いを噛み締めるようにして優しく力を込めた。
目の前から姿を消したに、内心不安でたまらなかった。
もう二度と、そんな思いはしたくないものだと自嘲の思いも含めて微かに笑む。
元の世界に帰ってしまったのではと思ったときも、ここへは戻らないのではと考えた。それでも、はここへ戻ってきた。
それが何より嬉しくて、銀時は風音に掻き消されるほどの小さな声で、眠るの耳元で囁く。
「おかえり、」
--第一部 了--
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