前へ進め、お前にはその足がある
>温もり -act05-
日も沈み暫くしてはやっとの事で万事屋へと帰ってきた。その足はフラフラと覚束無い。
あれから弁償しろといってくる店長へと家計の状態や収入の状況などを説明し、労働力で返すという事で落ち着いた。
それから新八とは二人、まさに馬車馬の如く右へ左へとタダ働きとしてこき使われる羽目になる。
体力も限界に近い状態だった所にやっと店長に許しを貰い、二人は帰ることができた。
「ただいまー・・・・」
「おー、おかえり。なんだァ? 随分フラフラじゃねーか」
倒れこむようにして帰ってきたを見た銀時は暢気にイチゴ牛乳片手に聞いてくる。
玄関に突っ伏した状態のまま顔だけ上げて睨み上げつつ、今までの事を説明すれば「ふーん」とそっけない返事。
文句の一つでも言いたかったが何よりもは早く汗を流したいと、着替えを持ち床に這って風呂場へと向かう。
そのあとは銀時が用意しておいたのだろう、カップラーメンが湯気を立てていた。
「一つ聞きます。これはなんですか?」
「カップラーメン」
「私の晩御飯が、カップラーメン一つ?」
「それしかウチにはありません」
はっきり、きっぱりと言われたは銀時と卓上のソレとを何度か見比べ溜息をつき、諦めてそれを食べることにした。
何よりあまり待っていると麺が伸びしまう。
そんな事になったらただでさえ寂しい食卓なのに、余計に悲しみに拍車を掛けることになるだろう。
「新八君と二人で肉体労働してきたって言うのになんですかこの仕打ち」
「文句言うんじゃねーよ。しかたねーだろーが」
「そう言う銀さんはどうせお登勢さんの所に行って来たんですよね。少しお酒くさいです」
「・・・」
目を座らせて少し睨むようにして目の前に居る銀時の顔を見れば逸らされてしまう。
どうやら図星らしく、恨みがましい視線をそのままにしては麺を啜った。
その視線から逃れる為なのか、銀時はジャンプを広げて顔を隠してしまいそこでやっと、の視線が外される。
ご飯を食べ終えたはゴミを捨て、ついでに明日の朝に出すゴミを纏めてやっと一息ついた所で気になっていた事を聞く。
「そういえば神楽ちゃんは?」
「今頃親父さんと一緒だろ」
「ああ、そうですよね。靴が無いからおかしいなとは思ったんですけど」
「アイツがここに帰ってくる理由も、もうねーしな」
「どう言う事ですか?」
何気ない銀時の台詞に聞き返す。
の様子も気にかけず、先ほどから読んでいるジャンプから目を離すことは無い。
ページを捲くる手は止まらず、の質問に答えるまでの間に二ページ程進んだ所でやっと銀時が口を開く。
「解雇したんだよ」
「かい・・・こ?」
元々万事屋に居たのは故郷へ帰るためのお金を溜めるためだったのだから、迎えが来てちょうど良かったではないかという銀時に
特に反論も抗議もせず鸚鵡返しするのが精一杯だった。
銀時のその判断を「なんて事をするんだ」と言えれば楽だっただろう。しかしにそれは出来ない。
父親として、星海坊主は本当に神楽を心配してここまで探しにきたのだろう。
心配して探してくれる親の存在がどれほど大切で、尊いのか。それはがよく知っている。
冷たい言い方をしているような銀時だが、それは銀時なりの優しさもあるのだろうとも思っているだからこそ、何も言わない。
しかしこんな口調と調子で突き放したのならば神楽はどう思ったのだろう。
「大体若い娘が男の家にいるってのは、銀さんとしてはよろしくないと思うんだよね。これでよかったんだって」
「その台詞私の眼を見てもう一度言ってみて下さい」
「いや、べつにが若くねーとかんな事言ってるわけじゃねーから。だからその笑顔なんか怖いからさ、やめてくれない?」
神楽はダメで自分はいいのか。
その深い意味はどういったものなのかと問いただそうとしたが、今はそんな事をしても意味が無いだろうとやめた。
深い溜息をつき背凭れに体を預け天井を仰いだ。
正直突然の別れなどしたくは無い。居なくなれば寂しいのなんて当然であるが、なにより言葉も交わさない別れが嫌だった。
新八もきっと明日になってこの事実を聞けば怒るのだろうと、は思う。
だからといってここに残ってくれと引き止めることはにはできない。親がいるのならば、共に過ごす時間というのはとても大切なものだ。
ただ一つ、にはどうしてもしなければならない事があった。
「銀さん、私明日朔さんの所に行ってきます」
「明日って・・・定休日じゃねーの?」
今日早退する時に明日説明をするといって出てきたからと言えば納得したらしく、一度上げた視線をまたジャンプへうつした。
色々と疲れが溜まった体はやがて睡魔を呼び起こす。少しずつ、目蓋に重みを感じてきたは立ち上がり和室へ向かおうとする。
襖へと手をかけたは振り返り、まだ寝る様子の無い銀時を見た。
「銀さん、何か言伝ありますか?」
誰に対してかなど、言わなくとも分かっているだろうと思っての質問。
ジャンプを見ている姿は少しだけ考えてる様にも見えなくもないが、その真意は本人だけが知る事。
それでも返ってくる答えは既にの中で予想されていて、聞こえてきたそれは言葉こそ違えど意味合いは同じものだった。
「・・・・・・・ねーよ」
「そうですか」
それ以上の会話は無く、はそのまま寝床へ向かい布団に入り目を閉じれば朝までぐっすりと眠った。
いつもとは少し違う朝。神楽が居ない。
やはり寂しさはあるが、それを振り払うように首を横に振るとご飯の用意をして銀時を起こす。
暫くして起きてきた銀時と二人での食卓に会話は無い。
いつもなら朝ご飯の途中で新八が来るのだが、新八も昨日の労働が堪えているのだろう。
結局食事を終え食器を片付けた後も新八が来る様子が無い。は身支度を整えると朔の元へと向かった。
定休日でも店の掃除をしている朔へは約束通りに詳しい事情を話せば、朔は微笑んだまま静かに口を開く。
「その子の所に、行くのね」
「はい」
――― 伝えたいことが、あるんです。
のその言葉へ、朔もただ一言「気をつけて」とだけ言った。
そこからも見える空を突くほどに高く聳えるターミナルを目指し、は走る。
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