前へ進め、お前にはその足がある
>温もり -act02-
万事屋の面々はそれぞれ掃除用具を持ち、スナックお登勢の店内で掃除をしていた。
その理由は一つ、家賃が払えないなら体で払え、という事である。しかしそれを言いにきた日は午前から仕事が入っていた。
仕事が無事に終り収入があれば払う、という事だったが仕事の結果など、今の万事屋の状況を考えれば言わずとも分かるだろう。
「まったく、あそこで銀さんが声ださなきゃ、捕まえられたんですよ」
「その前に神楽が酢昆布なんかでおびき寄せようとしてたじゃねーか。アレ絶対酢昆布の臭いで逃げたんだって」
「酢昆布を悪く言わないでヨ! それ言うならだって小枝踏んだネ」
「アレは新八君が背中を押してきたから勢い余っちゃったわけであって、故意では無いよ!」
「ちょっとアンタら、真面目にやりな」
とある家の飼っていた猫を探してくれ、という依頼だったが相手は猫。
運良く見つけたは良いが、先ほどの四人の言葉通り色々な原因が相まってなのか、他にあったのか。
とにもかくにも仕事は失敗。収入も得られずお登勢の店を掃除する事となってしまった。
朝も早くから窓拭きや埃取り。床のワックス掛けなどとにかくここぞとばかりにこき使ってくるお登勢。
それに文句を言わずにやるのは新八と。神楽はテーブル拭きなど比較的楽な仕事をしているが、その理由は下手に物を壊されない為である。
銀時に至ってはあれやこれや言われるたびに、一言二言文句を言うもののちゃんとやるあたりは、やはり大人だとはコッソリと感心していた。
しかしそれも最初だけで、昼近くなってきた頃だろう。銀時は隙を見てそこから逃げようとしていた。
だがその気配に気付いたは徐に銀時の背後に回るがさすがに学習したらしい銀時は素早い動きでそこから逃げた。
「ちゃ〜ん? 今何しようとしてた?」
「そりゃもちろん。銀さんの頭をこう、キュッとね?」
「んな可愛い単語で終わらねーよ、アレ! ミシミシって音がするし終いにゃ川の向こう側逝っちゃうから!」
皆の銀さんが逝っちゃっていいの!?と必死になって言うが、はまったく聞く耳を持っていない。
銀時は微かな希望をもちを見据えていたが、その口から洩らされた台詞は望んでいないものだった。
「別にいいんじゃない?」
「いいわけあるかァァァ!!!」
無情に無慈悲に。はっきりと怖い事を言っている時のは怒っている証拠だと、神楽と新八は近づかないようにして二人を見ていた。
お登勢とキャサリンは特に動じず、「当然の仕打ちだろう」と言った顔で我関せず。
まったく回りの助けなど望め無い状況だったが、そんな事は百も承知。
銀時は下手にでれば最後だと果敢に挑むが、普段大人しい人間は怒らすと一番怖いのは万国共通である。
「仮にも万事屋の経営者で言わば責任者である銀さんがまさか私達だけに掃除させて自分は楽しようだなんてそんな事考えてませんよね?」
一息で言い切ったの言葉も然る事ながら、その笑顔が怖かった。
にっこり、と言ったような擬音がぴったりであろうその満面の笑みは裏を返せば、答えようによっては容赦しないという事だろう。
銀時の頬に一筋の汗が流れる。
先ほど食って掛かった勢いが一気に殺がれてしまうが、それでも黙っていては負けだと口を開いた。
「いや、そんな事は考えてねーよ。ただな 「良かった。じゃあ、ハイこれ」
言葉を遮ってが渡してきたのはゴム手袋と洗剤やブラシの入ったバケツ。それを受取りながらを見れば、さり気無く厠を指差している。
小さい窓しかないそこから逃げる事などできないそれを考えてだろう。
厠の扉を見つめる銀時は無言のままの顔をもう一度見るが、張り付いた笑顔が変わる事は無かった。
暫くして諦めたのか、溜息をついて厠へと向かって行く銀時の背中を見つめながら、お登勢は煙草の煙を吐き出しつつ、フッと笑う。
「こりゃ、銀時も大変な子を相手にしたもんだねェ」
「男ナンテ皆尻ニ敷クモンデスヨ、オ登勢サン」
しみじみと言われたキャサリンの言葉に、思わず自分と銀時の将来を考えてしまった新八だった。
その日の夜の万事屋の居間では通帳を開いて唸り声を上げていた。
定期的な収入はのバイト代だけであり、しかし色々と出費の多い万事屋の家計事情に対してそれは雀の涙のようなもの。
それでも無いよりマシだと思いながらやりくりをしている。
お風呂から上がりパジャマに着替えた神楽が隣に座りの顔を見つめてくる。視線に気付きは神楽の方を向いた。
「どうしたの神楽ちゃん?」
「、あのね。私買いたい物があるんだけど・・・」
「何を買いたいの?」
遠慮がちに切り出してくる神楽に聞けば少し言い辛そうにして、ボソリと「紙・・・」と呟く。
その言葉に何を買うのかわかったはそれ以上聞かなかった。
コッソリと誰かに手紙を書いている事は、何度か住所不定で返って来てしまった事があり知っていた。
しかし銀時にそれは内緒にしておけと言われている為に、とりあえず押入れに手紙は入れてある。手紙を書くための紙を買いに行くのだろう。
は何も知らないフリをして、ついでに明日の安売りの物を買ってきて欲しいと買物を頼めば先ほどとは打って変わっていつものように元気のいい返事をする。
通帳などを片付け始めたは銀時がいないうちに、と隠しておいたお金を神楽へと渡した。
「そういえば銀さんどこ行ったんだろう?」
「マダオが飲みに誘いにきてたヨ。夜中か明日の朝にでも帰ってくるネ」
そんなお金があったのかと思ったが、自分もコッソリお金を隠しているのだから銀時にだってヘソクリの一つや二つはあるだろうと思い直した。
それぐらいは大目に見ておこうと思っても出る溜息は止める事はできなかった。
「そう言えば銀ちゃん、最近が冷たい時があるってぼやいてたアル」
「冷たいって・・・甘い顔してるだけじゃ銀さんのためにならないからね。愛ある冷たさって奴だよ」
「愛って、これアルカ?」
の言葉にニヤリと笑いながら小指を立ててくる神楽。色々と間違っている気がするもののそれに冷静にツッコミを入れられるほど、に余裕はなかった。
慌てふためき自分たちと定春しかいないと言うのに、挙動不審に辺りを見回しだした。
「な、なななに言ってんの神楽ちゃん! 違う違う! 家族、そう、家族愛的な奴だって!」
「ふーん」
「ほ、ほら、もうこんな時間だよ! 寝よう、今すぐ寝よう! 夜更かしは色々よろしくないから!」
含み笑いを浮かべる神楽に何を言っても無理だろうと思ったは、撒くし立てるようにして言うと「おやすみ!」と慌てふためいて部屋へと入っていった。
閉めた襖ごしに神楽からのおやすみの声が聞こえたが、どこか笑っているように感じたのは気のせいでは無いだろう。
それから「アレとコレとは違う」などと独り言を呟きながら寝床の用意を終えたは、布団には入らずにその上に座った。
やたらと心臓が五月蝿く鳴り、おかげで先ほどまであった眠気が吹き飛んでしまったらしい。
「そう言えば銀さん、今日は帰ってくるのかな・・・?」
衝立を隔てた隣のスペースへと目を向け暫く悩んだは立ち上がると、一応布団といつも寝間着にしている甚平を取り出した。
きっと帰ってきたら倒れこむようにして眠るだろうから、と掛け布団だけは捲った状態で布団を敷く。
着替えるかどうかなどわからないが枕元へと甚平を置こうとした時に、不意に思い出したのはこの部屋で始めて眠った日の事。
もちろんパジャマなど持っていないは、最初は神楽が貸すと言う話しだったが生憎サイズが合わなかった所為で銀時から一着借りた。
袖を通したは良いが、やはりこちらも別の意味でサイズは合っていない。しかし小さいより大きい方がマシだと言い聞かせて眠りについた覚えがある。
「・・・・うわ、なんで今思い出すのこんな事! 恥ずかしい! すごい恥ずかしいんですけど! 何これ、ナニコレ!?」
持っていた甚平を抱えたまま、沸きあがってきた羞恥に耐え切れずは暫くの間銀時の布団の上で悶絶しはじめる。
日付も変わった頃の真夜中に静かに戸が開く音が響いた。
お互いあまりお金を持っていなかった事と、長谷川は明日も仕事だと言う事で酒自体はそんなに摂取せず、ほろ酔い気分で帰ってきた銀時は
そのままフラリと台所へ向かい、水ではなくイチゴ牛乳を口にする。
眠っている他の者を起こさないように気を使いながら和室の襖を開けた所で、銀時は一気に酔いが引いて行く。
「・・・・・この子は何をやってるわけ?」
悶絶を打ちつつうずくまっていたは昼間の疲れが出たのか、そのままの不自然な体制で眠ってしまったらしい。
銀時は自分の布団の上でそんな状態のを見つめたまま立ち尽くしていたが、溜息を一つ零して中へ入る。
布団もかけずに眠っては風邪をひくだろうと思ったが、ぐっすり眠っているを抱き起こしての布団へ移動させる間に起こしてしまってはと思い
そのまま掛け布団をかけてやり、抱えられていた甚平はそのままにして予備を取り出した。
着替えた後はいつもが寝ている布団へと移動し潜り込む。
月明かりだけの部屋に響くの微かな寝息、布団の中で寝返りを打つ音、静かだからこそ聞こえる自分の心臓の音。
やけにそれらが耳に響き、寝返りを五回打った所で半身を起こすと頭を抱え出した。
「・・・・・・あー! 俺は中ニ男子かチクショウ・・!」
飽くまで小声だがそれでも唸るようにして吐き出された言葉は静かな部屋に響いた。
頭を掻き毟って一度、衝立ごしにへ視線を向けて天井を仰ぐ。
「んなに俺は好きなのか? そうなのか?」
普段ならば気にはならないが、今のように静かな空間でそれは際立って感じる。
布団に染み付く微かなの匂い。
それが気になって落ち着かない銀時は天井を仰ぎ見ながら深い溜息を漏らした。
このままでは寝られそうに無いと、別の掛け布団を持って居間へと向かおうとした所で一度の方を見る。
静かに寝息を立てて幸せそうに眠るを見て銀時は、フッと一瞬だが笑みを浮かべて居間へと移動した。
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