前へ進め、お前にはそのがある

>縁合い -act06-







午前の休憩を終えて銀時はまた仕事に戻っていた。
ただ無心に流れてくる物を組み立て次々とジャスタウェイを作っていく。
ここへきて数日、住み込みで働きながらただ只管それを繰り返すが、ふとした時に脳内に走る何かがあった。
だがそれを掴みきる前に過ぎ去って行ってしまい、その正体を掴む事ができない。
自分の過去を語る様々な人。その中には到底良いといえるものはなく、銀時にとってそれは否定したいものばかりだった。
そんな自分なのに、去ろうとした時必死に呼び止めようとする三人の姿は今でも空っぽの記憶に染み付いて離れない。
なによりも最後が伸ばした手に一瞬だけ振り返ってしまいそうだったが、そんな事をしても今の自分には何もできないと見えぬフリをして振り切った。


「あの子は、僕に何を言おうとしていたんだろう・・・」


何かを言おうとしているが、それも言葉に出来ずにいたの姿。それだけが少しだけ気になっていた。
自堕落に生きて他人に迷惑までかけていたであろう、過去の自分。なのに何かを求めるように伸ばされた手。
それすら振り切ったのだ。今更何を気にしているのだろう。
そう思い頭を振るが、こびり付いた何かがずっと離れないでいる。
何か、忘れてはいけない事を。大切な何かを忘れているのでは無いか。


「何を、今更。そうだ、今更だ・・・」


互いに自由に生きようと言って、あの場を離れたのだ。
これが一番互いにとって正しいはずだと、銀時は自分へ言い聞かせるように何度も繰り返した。









は桂から貰った紙を握り締めて人込みの合間を走り抜けていた。しかしその向かう先は紙に書いてある工場ではなく、万事屋。
ここ毎日のように出ていく事を、夕方家に帰ったあと新八に心配されどこに行っているのかと聞かれた事がある。
銀時を探すのに人に聞いて回っていると言えば、なんともいえない表情をされてそれ以上何かを言われる事は無かった。
心配させてしまっていると言う自覚はあり、申し訳ない気持ちもあったがそれでもその足が止まる事はなく。
神楽も毎日のように崩れかかっている万事屋に行っている事はその時知った。新八が心配をして呼び戻しに行っていることも。
やっと掴んだ情報をもって、は二人の元へと向かっていたのだ。
もうすぐ万事屋に着くという所で、を呼ぶ声が聞こえた。それは新八と神楽。


! 銀ちゃんの居場所がわかったネ!」

「え!? わ、私も・・・!」

さんもですか!? お登勢さんから聞いたんですか?」

「ううん、桂さんから教えてもらったの」


新八に聞かれて見せられた紙に記された場所を自分の持つ情報と照らし合わせてみれば、記されたのは同じ場所。
なんと言う偶然だろうと思いながら、三人はその場所へと向かって走り出した。そこから離れてはいるがけして走っていけない場所では無い。
とにかくはやく、銀時の元へと行きたい。そして連れ戻す。それが三人の思いだった。
もうの足は連日歩き回った疲れによってボロボロだったが、そんな事を気にしている暇などなかった。
三人が走って向かった場所が遠目でも確認できる場所まで着たときだった。
突然その工場の屋根が爆発。驚きながらもその足が止まる事はなく、むしろ銀時は無事なのかと更に足を速める。


「そう言えば、桂さんがあの工場の人は妖しい人だからとか言ってたような・・」

「えぇ! ちょ、記憶失っててもトラブル巻き込まれるんですか銀さんって!?」

「でもおかげで心置きなく暴れられるヨ!

「神楽ちゃん、それ趣旨違うから!」


言い合いながらも走っていれば、その間にも大筒による砲撃の衝撃により空気が震え、重低音が響く。
やがて建物の隙間から見えた工場の崩れた二階部分から、想像よりも大きい大筒がその姿を覗かせていた。
工場の全容が見える場所まで来ればその大筒からの砲撃に追われ、必死に逃げる山崎と近藤、その後ろに銀時の姿。
必死に走る銀時たちだが、やがて迫り来る砲撃に身を挺して守ったのは近藤。
消えていく砲撃の後には削られた地面と、燻りあがる煙。周りの倒れたドラム缶などの陰には真選組の姿が見えたがは銀時の姿を探すのに必死だった。


「さァ、来いよ! 早くしないと次撃っちまうよ、みんなの江戸が焼け野原だ!」


あたりに響いた蛮蔵の声を気にせずに達は漸く見つけた銀時の元へと歩いていった。
確かにあの大筒の威力はすごいだろう。先ほどの砲撃も、この周りの状況を見れば一目瞭然だ。だがそんな事、関係がなかった。
江戸よりも、何よりも消えて欲しくない人がここに居るからこそ、達はここにきたのだ。
大切な者を守るために、ここに立っている。



「どうぞ、撃ちたきゃ撃ってください」

「江戸が焼けようが煮られようが、知ったこっちゃないネ」

「でも、この人だけは撃たれたら困るんで、やめてもらえませんか」



倒れた銀時の前に立ち、真っ直ぐと蛮蔵達へ向かい一切怯むことなく言えば「何だお前らは」と言う声が響く。
それに答える事はなくそこからどく事もしない。
銀時は驚きの表情で三人を見上げて「何でこんな所に」と問うて来る。


「僕の事はもういいって・・・、もう好きに生きていこうって言ったじゃないか、なんでこんな所まで 



いまだグダグダと言ってくる銀時だったが、それを最後まで聞く気など無く三人は銀時の頭を踏みつけた。




「オメーに言われなくてもなァ、こちろらとっくに好きに生きてんだヨ」



「好きで探し回ったんだよ」



「好きでここに来てんだよ」



「「「好きでアンタと一緒にいんだよ」」」





何故だと、銀時は言葉にせずに問う。
今まで聞いた過去の自分は、どうしようもない人間だというのに、何故こうまでしてくれるのか。
自分の前に立つ三人の姿。砲撃に追われたとき助けてくれた近藤の姿。守るようにして立つ、周りの人の姿。
その全てが心を揺さぶり、記憶を揺さぶった。


色褪せていた物が色を持ち、今まで分厚い壁に遮られていた物が流れ込んで来る感覚。
溢れてくる記憶の数々が心の中を満たしていく。

もともと忘れていたかもしれない事。忘れてしまいたい事。


そして、忘れてはいけない事。


何もかもが、記憶の中へと流れ込み、心に溢れてくる。






気高いその魂が折れぬように。




――― 私はまた立ち止まって歩けなくなる方がもっと怖い。そんな思いをするぐらいなら、私は傷ついても歩きつづけてやります。




優しいその手が血で汚れぬように。




――― ・・・・そばにいて下さい・・・・




自分のこの手で守ってみせよう。




――― 普段の銀さんもいざと言う時の銀さんも含めて、私は大好きですよ






そう心の奥深く、己の魂へと誓った事すらも。


この仄温かい想いも。

















「上等だァ、江戸を消す前にてめーらから消してやるよ!」

「私達消す前に、お前消してやるネ!」

「いけェェ!!」



蛮蔵たちへ目掛け駆け出す新八達。
その背後で動く者が居た事は、声をかけられるまで気付かなかった。
木刀を持ってきたかという問いに答えながら、駆け抜けていく気配に驚きそれを目で追えば皆の前を走り抜けていく銀時の姿。
新八の持ってきていた木刀を袋から抜き出し、大筒へと向かっていくその足は止まらない。


「ぎっ・・・銀さん!!」

「ワリーが、俺ァやっぱり、自由の方が向いてるらしい」

「死ねェェェェ、坂田ァァァ!!」


蛮蔵の声と共に放たれようとする大筒。その口へと木刀を突き刺せば砲撃はされず、大筒に皹が入り爆発。
一瞬呆気に取られただが、崩れた建物を背にして歩いてくる銀時の姿を、ただ黙って見つめていた。
神楽と新八もと同じ様に銀時を見ていたが、三人の横を通り過ぎたところで一言「けーるぞ」という言葉。その後を追うようにして走り出す。




まだ時間にして昼過ぎ。
工場での一騒動の後、人通りの多い道を歩きながら四人は万事屋へと向かっていたが、途中大切な事を思い出す。


「そう言えば銀さん、
家壊れちゃってますよ

「え”、マジで」

「そうヨ。船が突っ込んできたアル」


新八の言葉と神楽からの一言に驚き頭を掻きながら「どうすっか」などと考えている。
そんな銀時へ「直るまでウチにいればいい」と言えば特に異存は無いらしい。
そうと決まればと、銀時が戻ってきてうれしい事もあるのか走りだす二人。ゆっくり歩く銀時とへ早く行こうと急かしてくる。
だがやはりマイペースな銀時はそれを呆れながら見つめるばかりだった。隣を歩くは笑いながら新八達の元へ走ろうとしたときである。



「ねえ銀さん」

「なんだ?」

「二人の『好き』と、私の『好き』は、ちょっと違うんですよ」

「え? ちょ・・・え、ちゃん? ちょっと待ちなさい! 
オイ、言い逃げかコラァ!!



さらりと告げられた言葉に驚き、走り出したを追うようにして銀時も走る事を余儀なくされる。
しかしその真意は追いついて問い詰めた後も教えてもらえなかったのは、言うまでもない。





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