前へ進め、お前にはそのがある

>縁合い -act01-







いつも通りが朝早く団子屋で長椅子の拭き掃除をしていると、一本の電話が入った。
まだ開店前である為、はその電話を取るのを少し躊躇ったが生憎と朔は手が離せない状態。
受話器を取ろうとして一瞬躊躇ったがすぐに取り耳へ押し当てる。


「はい、『団子屋蜜月』です」


受話器の向こうから聞こえたのは、どこかで聞き覚えのある声だったがそれを気にする前に相手が用件を述べる。
団子を昼までに四十本届けてほしいという注文。
朔は秋と冬のみ、三十本以上買う場合は配達も受け付けていた。
既には残暑も過ぎた頃から何度か配達を行っているために、朔に教えられた通りに注文を受けてメモを取っていく。
受話器を置いたところで朔が奥から用を済ませて顔を覗かせ、に電話は注文だったのかと聞いてきた。
相手の用件を伝えればすぐに取り掛かろうと言ってまた奥へと入ってしまう。
それを見届けは一度置いた布巾を持つと掃除の続きをするために再び外へと出て行った。









「やあ、ちゃん」

「あ、長谷川さん。こんにちわ」


十時ごろ。客がやってくる中、へ声をかけたのは長谷川。
祭の時にどうやら朔と知り合ったらしい長谷川はそれから何度かこうして団子を食べに足を運んでくるようになった。
そのおかげと言えばいいのか、銀時達の知らない間にも長谷川と知り合い、今では愚痴を零したり相談したりの間柄。
今日もパチンコへ向かうであろう長谷川は一種の縁起担ぎのような気持ちで団子を食べにきたらしい。


「前にここで団子食べたあとに打ったらさー、久しぶりに当たってね。だから勝負の前は朔さんの団子を食べるって決めてるんだよ」

「そうなんですか。でも長谷川さん、そろそろお仕事ついた方がいいんじゃないですか?」

「ああ、それなら大丈夫。実は面接受かってさ。今度は駕籠屋なんだ」


先ほどから長谷川の話し方がやけに上機嫌に思えていた理由は仕事が決まった為だったらしく。
嬉しそうな様子の長谷川へも笑顔で「よかったですね!」と返しつつさり気無くお茶を出した。
それを飲み干すと気合を入れて立ち上がる姿を目で追ってみれば、まるで憑き物が落ちたかのようにすっきりした顔立ちだ。
頑張って下さいと声をかければありがとうと返って来る。
足取りも軽く通りへ出ていつものパチンコ屋へと向かっていく後姿を眺めていれば、他の客からの声に振り返りすぐに接客へと戻っていった。



「じゃあ、行ってきます!」

「ええ、気をつけてね」


店の横に止めてある自転車を引っ張り出し、籠の中には注文の団子。車体には店名がプリントされている。
ゆっくりと漕ぎ出し、人通りの多い道を避けて自転車を走らせていれば少し冷えた風が頬を撫ぜた。
もうすぐ秋も終わるだろう。道行く人たちの服も段々と厚着へと変わっていっているが、いまだ薄着な者も居る。
ファッションは寒さや暑さではなく、いかに自分を魅せるか。らしいがはそれよりも風邪をひいたらどうするんだ、という考えが先にくる為に
どうしても今時といわれるような格好ができないで居る。
お妙から貰った着物は春や夏用のものは裾を短くしたり、カタログを参考にしてみれば袖がない物もあるからと風通しなどを考えて手を加えていた。
しかし冬や秋にきる物に限っては裾などはそのままである。何が悲しくて秋風や冬の寒い空気の中で生足を見せなければならないのか。
本来ならば夏だって出来れば足は出したくは無いが、暑いのだから仕方がない。

そんな事をグルグルと考えていただったが、突然『ガタン』という音に驚き、現実へと引き戻される。
何かを轢いてしまったのかと思い後ろを振り返ったが地面に倒れているようなものも、痛がっているような人もいない。
変わりに、どうも見覚えのある風呂敷を持った男が颯爽と走り逃げていく姿が見える。


「・・・ッ!?」


籠を見れば入れていた注文の品が無い。ひったくりだと理解した瞬間、はブレーキをかけつつ自転車から飛び下りすぐに反転した。
思い切りペダルを踏みこんで勢いをつけて男を追いかける。だがそれでも自転車の走り出しは弱い。



「待てこの引ったくり野郎ー!!!!」

「へ、誰が待つかってんだ!」



悔しいがそれは正論である。わざわざ悪い事をして逃げているのだから、待てといわれて大人しく待つものなどまず居ない。
人通りが少ない道とは言ってもそれなりに人が行き交う大通り。走って逃げる男のほうが小回りが利く為、にとっては分が悪い。
人にぶつからないよう周りに気を使いつつも、泥棒を追いかける事は体力的にも精神的にもキツイ物がある。
徐々に男との差が広がりつつあるのを振り返りながら確認し、男は愉悦に歪んだ顔でを鼻で笑った。


「取り返せるってんなら、やってみやがれ小娘!」

「あらそう、なら遠慮なく」

「・・・へ?」


男の言葉に突然近くから返答され、更には手に持っていた風呂敷が姿を消しあまつさえ男は気付かぬ内に背中に地面を、眼前には空を拝んでいた。
何が起こったのかわからない男は唖然としたまま固まってしまっている。
漸く追いついたは、倒れた男と取られた風呂敷を抱え男を見下している者を見て息を荒げながら驚きの表情へと変えていく。


「さ・・・さっちゃんさん・・・」

「こんにちわ」

「こ、こんにちわ・・・・」


正直言えばはさっちゃんにどう接していいのかわからない。
屋根を突き破って銀時の寝床へと落下してきたさっちゃんは、あろうことか銀時を巻き込んでいろいろと仕出かしてくれた。
そこらへんは銀時自身が腹を括って行った事である為、特に気にはしていない。ただ突然責任がどうの、婿入りがどうのと言う話になったのには正直驚いたが。
それ以前に屋根突き破って落ちてきた時点で目が醒めなかったもすごいものである。
あの日は外へと飲みに行った銀時の帰りを待つ事はせずさっさと寝てしまったおかげで、銀時の濡れ衣を晴らす事なども全く出来なかった。
どれだけ熟睡していたのかと新八に呆れられたが、自身もあの頃の自分に問いただしたいのは今でも変わらない。

銀時との間にやましいものがないという事は既にわかっている。さっちゃん自身も悪い人間では無い。
ただ今までに出会った者の中でエリザベス以上に、表情も行動もよく読めずにいるため接し方に戸惑いを感じているのだ。
それに偶に会うと「銀さんは渡さないわ!」とか言われるがどう反論していいのかわからないのも事実。
つまりはさっちゃんも銀時が好きで、通常ならば恋のライバル。などと言ったものなのだろうがあまりのキャラの濃さにいつもそれを忘れてしまう。
黙っていれば美人で素直に『私も負けませんから』などと言えようものだが、はたして今の状況を喜んでいいのか否か。

そんなの葛藤など知らずさっちゃんは奪い返した風呂敷をへと渡した。


「それで、ちゃん。あなたこんな所で何してるの?」

「あ・・・・団子屋のバイトでこれ届ける途中で・・・」

「そう。これからは注意した方が良いわ。世の中こう言った輩がけっこう多いのよ」

「グェッ」



―― さっちゃんさん・・・踏んでる! 引ったくりの頭踏んでる!!



平然とした態度と口調の反面足元が大変な現実を見せてくれている。
そのおかげでなんとも返事できず、はただ口元を引きつらせる事しかできない。


「ところでそれ、届けなくていいの?」

「あ・・・そうだ、お昼までに届けなきゃ・・・でも・・・」


引ったくりを奉行所へと届けなくてはならないだろう。そうすると調書だのと色々と面倒な事も起こる。
どうしたものかと悩み始めたへさっちゃんは団子の届け先はどこかと聞いてきた。
自分が変わりに届けてこようという事だろう。ここでこのまま立ち往生しているよりかマシである。
そう判断したはさっちゃんの好意に甘える事にした。


「さっちゃんさん、ありがとうございます!」

「いいのよ。それで、届け先は?」

「はい、真選組の屯所で・・・・・・・・・・あれ?」

「・・・・・・・・・アナタ、けっこう間が抜けているのね。そんなんじゃ、銀さんは私のものになってしまうわよ」



さっちゃんの言葉には渇いた笑いを浮かべるしかなかった。
同時に、改めて適切にツッコミをいれられる新八の存在のありがたさを噛み締めた瞬間でもある。


その後さっちゃんは引ったくりを引き摺りと共に屯所へと向かう事になったがその道中
目が醒めそうになった男を気絶させる度は引きつり笑顔を張り付かせる。
どうして男性よりも女性の方が怒らすと怖い人間ばかりなんだと思うだったが、他人から見れば自分もその位置だと言う事は本人の知らぬ事である。





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