前へ進め、お前にはそのがある

>歩き出せ -act05-







「いいかー、相手はパンツの質より娘の質を求めてる真性の変態だ。だからまた必ず、ここに忍び込んでくる。そこを叩く。
 フンドシ仮面だかパンティー仮面だかしらねーが、乙女の純情と漢の誇りをふみにじったその所業許し難し。

 白ブリーフを鮮血に染め上げてやるぞ!」


「「「「オオォォ!!」」」」


新八の家の庭で高らかに宣言された銀時の言葉により、約一名を除き皆殺気立っていた。
近藤は持ってきた地雷を庭に埋め込み、お妙は薙刀を振り、神楽は瓦を叩き割る。
銀時は濡れ縁でただひっそりと精神統一をしていた。
皆のあまりの殺気のたちかたが尋常では無い様子に一人、こっそりと避難しつつの方へと歩み寄ってきた。


「まったく、皆下着泥棒一人に対して大げさすぎるよ・・・・・・・・・・あの、さん・・・・・なにやってんですか?」



「握り殺す練習」



何かを言おうとしたが、はただ只管に庭にあった手ごろな石を片っ端から握り割っている。
そう言えば前に素手で胡桃の殻も割っていたような記憶があったな、と新八は現実逃避をし始めていた。
その周りでは殺気だった面々がそれぞれ死の狂想曲を奏でていた。












すっかり日も沈みきり静かな夜。
茂みに固まり、静かに泥棒が来るのを待っていた所に頬を叩く音が響く。
銀時は手に張り付いた蚊を叩き落とすとまた正面を見据えた。
だがまったく泥棒の来る様子のない庭に、一抹の不安を覚えたのか新八は来ないのではと口にする。


「大丈夫だよ、来るって」

「いや、だから何を根拠に今日来るって言ってるんですか?」

「あんなこれ見よがしにパンツがぶらさがってるアル、下着泥棒がほっとくわけないヨ」

「そうそう、変態なんだから変態らしく阿呆面下げてくらいついてくるって。新八君は心配性だなー」

「心配するのは当たり前です! あからさますぎるよ! なんか罠まる出しだし」


しかし皆は必ず来ると断固として意志を曲げない。おかげで静かに待っていたと言うのに今ではすっかり喧嘩が始まってしまった。
流石に暑さに苛立っていたも耳元で五月蝿く騒がれては余計に苛立ってしまう。
取っ組み合いまで始めたそのとばっちりがこちらまでやってくる。抵抗する新八の肘が神楽に当たり、それに突っかかっていった神楽の手がの頭を叩く。
さすがにイラッとした。


「もう静かにしてくださいよ! 銀さん大人気ない!!」

「ちょっと!? 俺だけ!? 俺だけじゃねーだろーがよ!! そう言うだって、ちったー落ち着きやがれ!」

「落ち着くのは銀さんですよ! あー、もういい! 全責任背負って散って下さい!!」


とうとう取っ組み合いにまで参加する羽目になり、流石に近藤が見かねて止めに入る。
皆を見る目はどこか母親的な眼差しだったが、誰一人それに気付かない。


「あーもう、止めて止めて、喧嘩しない!
 暑いからみんなイライラしてんだな、よしちょっと休けい。なんか冷たいものでも買ってこよう」


「あずきアイス!」

「なんかパフェ的なもの」

「ハーゲンダッツ」

「僕 お茶」

「じゃあ清涼飲料!」


言いながらも取っ組み合いは止まらず、は右手で思い切り銀時の頭を鷲掴んでいた。銀時は痛がったが手加減なんてしない。それほどまでに苛立っている。
下着泥棒が来たらその分の怒りも全部、利子つけてきっちり払ってやろうとひっそりと心に決めた。
近藤が言った大人しくと言う言葉などまったくもって耳になど入っていないが、次に響いた爆音だけはみな確りと聞き届ける。
みれば近藤は仕掛けた地雷を踏んだらしい。自ら地雷を踏んだ事をバカだといった銀時だったが、次の新八の言葉に皆が押し黙る。
かく言うも、自ら仕掛けた地雷がどこにあるかなどまったくもってわからないため、顔を見合わせたまま無言だ。


「大変だわ、明日新聞配達のオジさんが爆発するわ」


「言ってる場合ですかァァ!!」


「玄関開けずに一秒でドカン?」


「笑えないですよ!!」


茂みに立ち尽くす五人。ただ新八一人が元気にツッコミをいれているが、この状況でボケる事より、的確にツッこむ方がすごいと思う。
こっそりと感心していた。しかし次に辺りに響き渡る笑い声にそれは掻き消された。
屋根の上を見ればかの有名なフンドシ仮面。名称も腹が立つが、笑い方とその姿が更に腹立たしさを増長させる。


「パンツのゴムに導かれ、今宵も駆けよう漢・浪漫道! 
怪盗、フンドシ仮面、見参!!


最悪のタイミングで現れたと頭を抱える新八の隣でただ憎々しげにフンドシ仮面を睨みつけていた
昼間から懸命に仕掛けた色々な罠を子供だましと呼ばれた事で、更にの怒りに触れた。


「おいこら、この変態野郎そこから下りてこい! そしたらテメーの大事なもん
千切り殺ってくれるわァァ!!

さん!? 落ち着いて下さい!」


いまだかつてないキレ方にもはや新八はツッコミなどもままならない。むしろボケが多すぎて追いつかないのが現状だ。
だがにそんな事を気遣っている余裕は皆無だった。
フンドシ仮面は腹立たしいまでの身のこなしで屋根から濡れ縁へと下り立つ。だが次に響いたのは先ほどと同じ爆音。
どうやら誰かが仕掛けた床下の地雷を踏んだらしい。しかしそれで諦めるほど、やわな変態ではなかった。
ヒラリと爆風で舞うお妙のパンツをしかと握ると、立ち上がり無駄にかっこいいような台詞を言って去ろうとする。しかしその足は近藤によって封じられた。
その瞬間、少しだけの中で近藤の株があがったのは内緒だ。


「汚ねェ手でお妙さんのパンツに触るんじゃねェ!! 俺だってさわったことねーんだぞチクショー!!」


しかし最後の台詞であがった株は倍の勢いで下落した。あんたは決める時は決めるが、一歩踏み外している。
の内心の言葉など近藤に聞こえるわけもなく、いまだフンドシ仮面の足にしがみ付き動きを封じている。
一気に間合いを詰める為に走る銀時だったがこの庭は今、むやみやたらに足を踏み入れてはいけない死の海と化している事を忘れてはいけない。
案の定、銀時は思い切り地雷を踏みつけまたも爆音。正直近所の人がよく怒鳴り込んでこないものだと、少し冷静になってきたは頭の端で思う。



「フ・・・フハハハハ やっぱり最後に笑うのは俺・・・
「女をなめるんじゃねェェェェ!!」



銀時を踏み台にした見事な跳躍。勝利のキメ台詞がまたかっこいい。
の中でお妙のかっこよさランクがぐんぐんと上昇したが、同時に逆らってはいけないランクも上昇した。
走り寄る神楽と新八を見つめ、自分も行こうと一歩、足を踏み出そうとしたが目の前でまた爆音。


踏み出そうとした足をそっと元に戻し、はその後蚊と格闘しながら庭の至る所に仕掛けた地雷撤去作業に徹夜したのは言うまでもない。
















「まぁ、それはたいへんだったわね」

「はい・・・、今思えばかなり自分を見失ってました」


朝、団子屋の開店準備中に朔に下着泥棒の事を話すと変わらない笑顔で労ってくれる。
結局盗られたパンツは返っては来なかったが、もうどうでもいい。
そういえば、娘の質だの何だのと銀時が言っていた。もしかしたら朔も被害者かもしれない。
そう思っただが、失礼ながら朔は既に三十後半だ。けして娘とは言えない。
しかし怖くてそんなこと言えたものでは無い。だが「朔さんは大丈夫でしたか?」という切り替えしならばいけるかななどと考えていた。
聞こうと振り返ったの視界にはいつもと変わらない笑みで食器を拭く朔の姿。


「あの、朔さんは大丈夫で・・・」

さん、私思うのだけれど若い娘が女の全てじゃないと思うの」

「・・・・はい・・・・」


その一言と笑顔で押し黙るしかなかった。
被害はなかったらしい。それは喜ばしい事だ。しかしなぜだろう、触れてはいけないことに触れたかもしれない。
はその日、見てはいけない人の一面というものに対し初めて心の底から冷えるような感覚を覚え、恐怖した。





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