前へ進め、お前にはそのがある

>歩き出せ -act02-







の勤務は基本的に朝から夕方までだった。
しかしたまに朔は忙しい時間を過ぎた所でを上がらせるという事もしていた為、これと言って決まった時間というものは無い。
その日はやはり三時ごろには客足は落ち着き、朔から上がって良いと言われた事もあり、たまには散歩でもしようとブラリと街中を歩いていた。
知っている道をグルグル回っていたは大江戸ストアの前まで来て、ちょうど買物が終わった神楽と出会う。


「あ、神楽ちゃん。」

、仕事終わったアルか?」

「うん」


言いながら神楽の手に握られたものを見れば目の前でやっているくじ引きの引換券。
そう言えばかぶき町の商店街でやっていたな、と思えばくじ引きをせずに神楽は万事屋へ帰ろうとしていた。
呼び止めやらないのか聞くが券が後二枚足ないらしい。


「フッフッフ。神楽ちゃん、これを見ろ!」


言って得意げに掲げたのは、先ほど朔から貰った引き換え券二枚。
無駄にかっこつけて掲げたが神楽も神楽で大げさにリアクションを返してくれる。
は更に得意になってみたが少々恥ずかしい事に気がつきすぐに素に戻った。
早速やってみると言って一回分のそれをおじさんへと渡すと、神楽はゆっくりとガラガラを回した。
一等は無理でも、カニ盛り合わせだのなんだのと、とりあえず当たっても文句の言われないものが当たればいいなーなどとが思っていた矢先。
高らかに金が鳴り、一体何事かと思ってみればおじさんが興奮気味に一等おめでとうございますと言っていた。


「え、一等? え? え? 一等って何? 
宇宙旅行? マジデッ!!??


思わずは大声をあげてしまった。






「あっ、お帰り神楽ちゃん。さんもお帰りなさい」


万事屋へ帰った二人はそれに返事をする事はなく、テーブルの横に仁王立ちした。
いつもならばただいまというまでそんな調子であったためか、銀時と新八は二人を見上げる。
この時ののテンションが、実は異常なまでに上昇していた事を知らない。


「なにやってんだオメーら」

「ええい、頭が高い! ひかえーい!

「ひざまずくアル愚民達よ」

「「あ?」」



印籠のようにたまねぎを握り掲げると、工場長とお呼び!と葱を叩きつける神楽。
あまりに異様な組み合わせと台詞に怪訝な顔つきになる二人は、特に深く取り合わずトイレットペーパーはどうしたと聞いてくる。
だがそんな紙はにの次で構わない。銀時は安売りは今日までだというが神楽はそんな事は一切気にしていない。
隣で安売りが今日までという単語に、実は密かに反応しただが、上がったテンションと話の流れ上そこは深くつっこまないでおこうと思った。


「ケツ拭く紙は忘れたけど、もっと素敵な紙は手に入れたヨ」


買物袋から取り出した、先ほど当てた一等の宇宙旅行の紙。
驚愕する二人の姿を見てほくそ笑みながら、鼻を鳴らす。

その後は工場長万歳だの何だのと、神楽を崇め奉った後いそいそとトイレットペーパーを買いに行くの姿が見られた。















「へー、ここがターミナルですか」


そう言えば遠くから見るだけで来たのは初めてだと言いながら辺りをきょろきょろ見て歩く。
街中で見かけるよりも多くの人や天人がごった返している。思えば向こうに居た時も空港など修学旅行ぐらいでしか行った事がなかったなーなどと考えていた。
の様子に、いつかコイツはこける。そう確信を持っていた銀時はしかし何も言わず前を歩いた。その後ろで五秒と待たずがこける音が聞こえる。


「大丈夫ですか?」

「イタタタタッ・・・・」

「ったく、しょうがねー奴だなオメーは。ホレ、銀さんの袖でも掴んでろ」

「はーい」


こけてほんのり赤くなった鼻を擦りながら空いた右手で銀時の着物の袖を掴むが、それでは心許なかった。
だがあまりわがまま言うわけにもいかないかとそのまま歩いたが、結局もう一度こけた事により手を繋いで歩く羽目になる。
バイトがなかなか見つからなかった時や、ちょっと失敗した時などに考えてみれば大胆にも抱きついたりしていた。
しかし思い切った行動の方が恥ずかしく感じないにとって、逆にこういった些細な接触の方がやたらと恥ずかしく感じてしまう。
意識し始めたらやたらと心臓が五月蝿い。
だいたい人と手をつなぐと言う行為自体慣れていないのだ。だからと言って抱きつく方がなれているというわけでもないのだが。
銀時に抱きつくと落ち着くが、手を繋ぐとやたらと恥ずかしい。それがの中で出た答えだ。
それが色々とおかしく矛盾している事はわかっていたが、今は思考がちゃんと纏まらない。は俯いたままボソボソと告げる。


「・・・・あー・・・・銀さん、なんかこれ、あの、恥ずかしいんですが・・・・」

「あ? 俺はキョロキョロして歩いて二度もこける
オメーのほうが恥ずかしいわ

「ごもっともです・・・」


力強く言われ、は言い返せなかった。
きっと三度目はこけるんじゃなくてはぐれて迷子にでもなっていたかもしれない。
容易に想像できたことが恐かったり情けなかったりで、それからは大人しく手を繋いだまま下を向いて歩いた。


持ち物検査と金属探知機で銀時が引っかかっている頃、は椅子に座っていた。
むしろ、そこから動く事が出来なかった。
目の前で爆睡している人間が、定春に思い切り噛み付かれている。これは止めなければならない。
しかし止めるにしても一体どうしたらいいのだろうか。正直神楽の言う事以外、悲しいかなの言葉にも従うことがあまりない定春だ。
ここでやめなさいと言って聞くとは、到底思えない。だが放っておけば宇宙旅行どころではなくなる。
そんなの葛藤など知らず、噛み付かれながらも起き上がった人物は噛まれている事にすら気付いていない。
噛まれた痛みを二日酔いと勘違いするなど、この男の痛覚はどうなっているのかとただ只管、凝視するしか出来なかった。


「寝汗もベトベトじゃ。アレ? まっ赤じゃ・・・あー、トマトジュース飲んだから

「おいィィ ポジティブシンキングにも程があるぞォ!!」


確かに。


ただ呆然としたままはそう思うことしか出来ない。
結局定春に噛まれ背負ったまま男は船へと向かってしまう。
神楽が定春を取り戻そうとしたが残念ながらフライトの時間もあり、船へと向かわざる得なかった。
せっかく楽しみにしていた旅行だ。しかし予期せぬハプニングのおかげで楽しめる事が出来なくなってしまった。
神楽は落ち込んでしまうだろう。どう慰めたらいいのかかける言葉が見つからない。


そう悩んだは、もとよりそんな事を悩むほどやわな人達じゃなかった事を後に思い知る事になる。


先ほどから定春が攫われたと言いながらご飯を口に運ぶ手を止めない神楽に、台無しだと言いながらも同じ様にご飯を食べる銀時。
正直そんな彼等と一緒に座ってて恥ずかしくてたまらなかった。先ほどターミナルで手を繋いで歩いていたときの方がずっとマシである。
は溜息をついて席を立ち新八に一言断ると手洗いへと向かった。
扉を開けて通路へ出れば女子用は何処かと探す。突然後頭部に冷たい何かをゴリッと押し当てられた。
今まで感じた事のない妙な感触。一体何事かと振り返ろうとしたが「動くな!」という男の声に、体を震わせて固まってしまった。
この状況から考えられる事はただ一つ。ハイジャックだろう。これと言って手段がない以上、下手に動かない方が良い。



「よし、両手をゆっくり上げて後頭部に・・・・・・・!?



へ押し当てた銃口はそのままに指示していた男の言葉は、客室の方から聞こえてきた妙な音で遮られた。
何事かとすぐにそちらへ駆けつけた男。扉が閉まった後には思わず腰を抜かしてしまった。
バクバクと早鐘を打つ心臓が五月蝿く、それを落ち着けるのが精一杯だった。後ろで下駄が地面を叩く独特の高い音が聞こえたと思ったが、振り返る余裕すらない。
どうにかして落ち着けようとするが中々静まらない。とにかくこう言う時は深呼吸だと、はゆっくりと繰り返した。
だがそれを数回もやらない内に船は大きく揺れる。その衝撃で気が逸れた。


「な、なにこれ!?」


何とか立ち上がろうとするが、揺れて不安定な船の中で立ち上がるなどなかなかできるものでは無い。
暫く床に這いつくばって多少落ち着くまでそのままでいれば、何とか立ち上がれる程度には治まってきた。
だが状況はまったく好転していない事など、ドア一枚隔てた向こう側から聞こえる悲鳴などでわかる。


「・・・皆・・ッ!」


先ほどのハイジャックの事もあるがこの揺れも気になる。だが何よりもは銀時たちの事が脳裏に過ぎり、ふら付く足を叱咤して立ち上がった。
客室の方へと走れば新八と神楽が同じ様に立っていた。


「あ、! 無事だったネ!」

「う、うん! あれ? 銀さんは!?」

「多分操縦室だと思いますよ!」

「え、え? 銀さん操縦できんの!?」


の問いに新八はわかりませんと言いながら、念仏を唱えだす客を横目に走り出す。
次いで神楽と定春も走り出し、もそれを慌てて追いかけた。





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