前へ進め、お前にはそのがある

>歩き出せ -act01-







はこの時間が嫌いだった。
短い時間ほど、人は長く感じる。今のがまさにそれだ。
だが待った分あとから訪れ、感じる幸せは何倍にも増す。それを考えれば今の苦しみも耐えられる。
ただジッと、は目の前のものを凝視して時間だけを待った。視線をチラと時計へと向け、カウントダウンを始める。

あと十秒・・・五秒・・・・・・・よし!




「・・・・では、いっただっきまーす!!!」

「「「いただきまーす」」」




本日の万事屋の晩御飯は、安売りしていたカップラーメンだった。
本当はちゃんとご飯を炊いておかずも二品だけでも作ってだしたい。だが切り詰めていかねば後がもなたい。
決して手を抜きたかったわけでは無いのだ。だががそう必死に言っても銀時の冷たい視線はまったくもって変化が無かった。
その視線から逃れるために、冒頭の待ち時間についての語りをしたがそれに対してもさして興味を持たなかったらしい。
こんな物、三分も五分も待たなくとも二分でも一分でも構わず、食べてる内に麺が汁を吸うんだからいいだろう。
その銀時の言葉に対して、は思い切り反論した。その姿を見て変なところにはこだわるんだなと言いながら、構わず蓋を開けようとしたらその手を叩かれる。
待つことが出来ない人間が、後の幸せをつかめると思っているのかとまで言われた。
とりあえず逆らわない方が良いかもしれない。悟った銀時はそれ以上は何も言わず、のいただきますの言葉を他の二人同様待つことにした。

合図と共に一斉にラーメンの蓋をベリベリはがし始める。の顔は幸せそうというよりも、口元が変にニヤけているせいか少々不気味だ。
暫くは麺を啜る音と、定春がご飯を噛む音しか聞こえない。


「あ、そういえばさん。明日からでしたっけ?」

「え、何が?」

「団子屋での仕事ですよ。良かったじゃないですか、見つかって」

「あー! うん、そうなの!! もうね、朔さんがすっごいいい人でね!!」


新八に言われ少し興奮気味に話し出す。
やっと決まったバイトに喜ぶあまり、実は昨日からあまり寝れていない。今も目の下に隈がくっきり残っていた。


「おい、一応言っておくけどな。張り切るのはいいけど、初日って言うのは下手な失敗もしやすいから気を付けろよ」


の様子に溜息をつきながら汁を啜る銀時は一応の注意をした。
だがその反面、なんだかんだでちょっとの事ではへこたれない精神力もあるから大丈夫だろうという気持ちもある。
大体そんなことでいちいち凹むような精神だったら、万事屋でなんか生活できるわけもない。
新八や銀時同様、定春からの攻撃もたまに受けるがそれでもちゃんと世話をするあたり、正直凄いとも思った。
そんな銀時の気持ちなどまったく知らないは一言返事をしただけで、いまだ朔の人柄について熱く語っていた。














「おはよーございまーす!」

「おはよう」


二日前までの寝不足など嘘のように朝までぐっすりと眠ったは、いつもよりも気分爽快な朝を迎えさっさと準備をして団子屋へと向かった。
店の前では朔が箒でゴミを掃いている所で、実は遠目でそれを見たはひっそりと、掃除姿も絵になるなどと思っていた事は内緒だ。


「今日からよろしくお願いします」

「ええ、こちらこそよろしくお願いします。それじゃ、早速で悪いのだけれど・・・」


朝から任された仕事は外の椅子などのセッティングや雑巾がけなどだった。
仕込みのほうは前日にやっておくらしく、あとはお皿を拭いたりなどと大半が掃除で開店前の仕事は埋まる。
開店から昼まではあまり客足は無いからその間に他の事も教える、といわれは元気よく返事をして開店を待った。
しかし教えると言ってもそう難しい事はなく、基本的には笑顔で接客。という事らしい。ただ中には困った客もやはり居るようで、そのあしらい方なども教えていくという事だった。
そしてそれは、意外と早くやってくる。
朝っぱらから酒の匂いを漂わせ、酔いがまったく醒めていない男が団子を3本とお茶を注文してくる。どうやら朝まで飲んでその帰りらしい。
すぐ近くには飲み屋が軒を連ねる場所があるので、どうしても朝一にはこういった客が一人二人来るそうだ。


「じゃあさん、これをお願いね」

「はい!」


渡された注文の品をお盆に載せて客の横へと「ご注文の品です」といいながら営業スマイルで置く。
すぐにそこから離れようとしたが、酔っ払い独特の呂律の回らない言葉で呼び止められ腕をつかまれる。
突然の事にその腕を振り解こうとしたが今はこの団子屋の店員で、相手は客だ。無体は店に迷惑がかかる。
何とか耐えたはやんわりと腕を離してくれといったが、やはり素直に離してはくれない。


「あの、本当に申し訳ないのですけれど・・・」

「そう言うなよねーちゃん・・・んだよ、酒飲んだ男ってーのは嫌いってか?嫌だってか?」

「あ、いや、えっと・・・・」

「まあ、そんな事をご自分で仰るものではありませんよ。何かあったんですか? まずはお茶でも飲んで、落ち着きましょう」


これ以上は手を出してしまうかもしれない。そう思ったは視線で朔へと助けを求めれば奥から出てきて男へお茶を進めた。
少し冷たいお茶を飲み干して男は、やはり呂律の回らない言葉で何事かを言いはじめる。正直何を言っているのかは解らないが、朔はそんな様子を微塵も感じさせずに相槌をうつ。
一通り話してすっきりしたのか酔って少し足元が危ういものの、お金を払って立ち上がる。


「よろしければこれ、お土産にお持ち帰り下さい」


ちゃっかりとお土産までもたせて帰らせた。多分覚えていればまた来るかもしれない。こうやってお客をつけるものなのかと感心する。
男の背中が見えなくなった時、ようやくは詰まっていた息を吐き出すかのように溜息をすれば朔を見てただ一言「凄い」としか言えず。
だが朔はそんなことは無いと言ってまた店の奥へと入っていった。
結局その後も昼まではチラホラと訪れる客を相手には注文を取り品を運ぶの往復。
上手い客のあしらい方法も、結局あれは朔だからこそできる技であり、多分自分では無理だろうと思って他の方法を探す事にした。
今度お妙にでも教えてもらおうかとも思った矢先、すぐにそれは自分で却下したのは誰にも言えない。



昼を過ぎ、二時を回った頃。段々と客足が増えていった。
いつもこれを一人で捌いていたのかと驚く暇もないほどの人の多さに、はまさに目が回る勢いで右へ左へと注文をとり、品を運びを繰り返す。
しかし忙しい反面、やっとまともに仕事らしい仕事をして、働くと言う事を実感したはその忙しさも楽しみへと変わろうとしていた。
漸く客足も落ち着いた頃には夕方で、そろそろ閉店だという所で朔はを呼んだ。


「お疲れ様。さん、今日はもうあがりで構わないわ」

「え! でも・・・」

「もうお客さんもあまり来ないし、もうすぐ店も閉めるから大丈夫よ」

「・・・じゃあ、お言葉に甘えさせていただきます。お疲れ様でした!」


風を切る音が聞こえる勢いでお辞儀するとは走っていった。
早く仕事の事などを銀時たちへ話したくてうずうずしているといった所なのだろう。
だが万事屋へ帰ったあと、でかけ際に豆腐を帰りに買って来いと言われたのをすっかり忘れていたのを思い出し、Uターンする羽目になったのは別の話。





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