前へ進め、お前にはその足がある
>万事屋 -act08-
火事の家に飛び込んだ銀時がめ組の頭を助け外に出れば、野次馬の中に見慣れた人物を見つけた。
目を見開いて立ち尽くしていたに気付き、何も言わず目の前まで行くが見事に固まっている。
「おーい、。起きてるかー?」
ヒラヒラと目の前で手を振るがまったくの無反応。
暫し思案して猫騙しをしてみれば、やっとは我に返った。
にとっては突然目の前に現れた濡れ鼠状態の銀時に驚き、半歩あとずさる。
「ぎ、銀さん・・・・」
「ったく、んな所にボーっとつっ立ってんじゃねーよ。で、なんでお前がいるわけ?」
「ぁ・・・えっと・・・・・」
なかなか銀時の質問に答えないをみてどう思ったのか、まあいいやと言ってさっさと歩き出してしまう。銀時が歩くたびにあたりに水が跳ねた。
暫くその背中を見ていたはゆっくりと後をついて歩き始める。万事屋についた時には既に日が暮れはじめていた。
中に入れば案の定、新八は銀時の状態に驚き神楽は的外れな事を言っている。だが次には溜息と共に何があったのかと質問が飛び交う。
二人の質問などにも曖昧に返事をしながらそのまま銀時は風呂場へ向かった。
「おい新八、着替え出しといてくれや」
「わかりました」
「しっかり温まってくるんですヨー」
「おー」
いつもと変わらないやり取りを玄関に立ち尽くしたままはぼんやりと聞いていた。
風呂場のドアが閉まる音が聞こえ、ゆっくりと土間から上がる。遠くを見ながら居間へと向かうの姿に、心配になりながらも新八は何も聞けなかった。
ソファに座り視線を下に向けてずっと黙ったままのに神楽も気になったのか、隣に座ってさり気無くどうかしたのかと聞くがそれにもまったく返答が無い。
新八と神楽は二人顔を見合わせたがこれ以上何を言っても多分、同じ反応だろうと諦め新八もソファへと腰掛ける。
暫くして銀時は頭を拭きながら風呂からあがり新八の横に座ると、それを待っていたかのように二人から先ほどと同じ質問がされた。
何をしてどうしてそうなったのか。
聞かれ銀時はめんどくさそうに首にかけたタオルの端で頭を軽く拭きながら要点だけ説明していく。
ある程度状況が飲み込めた新八はジャンプを捨てた事を咎め、神楽は今更だと答えた。
それを言っては元も子もないと溜息をつけば、視界に入ったのはいまだ俯いたままのの姿。
そっと銀時へと一体どうしたのかと耳打をすれば、知らないの一言で返される。
てっきり銀時が何かやらかしたのではと思ったが、本人に心当たりが無いのであれば他に何の原因があるのかと考えるがまったくわからない。
自身に聞けば簡単だがそれが出来ないから難しいことになっている。の事も銀時の事も含めて、新八は溜息をまたつく。
「まったく、銀さんは毎度無茶してくれますね」
「しかたねーだろが」
「そうだヨ新八。銀ちゃんが無茶するのは今に始まった事じゃないネ」
「・・・・・・・無茶・・・・・・」
神楽の言葉に反応するかのように、ボソリとが呟いた。
それに過敏に反応した二人は揃ってを見るが、いまだ下を向いたままで他に変化など見られない。
首にかけた濡れたタオルを取ってテーブルに置くと、銀時は深くあからさまな溜息をつく。
「おい、おめーさっきからなんだ? 言いたいことあるんなら、はっきりとだなぁ 「・・・・・・さんの・・・・ヵ・・・・・・」
「あ?」
「っ・・・ 銀さんのバカ、バカバカ、バカ天パー!!
何で火に飛び込むなんて無茶したんですか!? 下手したら死んでたかもしれないんですよ!!」
銀時の一言に反応したは勢いよく立ち上がって今まで聞いた事が無いぐらいに声を荒げた。
驚く三人には構わず更に声を荒げ言葉をぶつける。
「もし!! 銀さんが居なくなったらッ!! 銀さん達が居なくなったら・・・っ、また、私の居場所が無くなる・・・・無くなっちゃう・・・・っ・・・」
睨みつけるのとは違う。ただ強く銀時の眼を見て放たれたの言葉を、真正面から受け止め銀時も視線を外さなかった。
その様子をただじっと見守る二人も、ただ静かに見上げているだけ。暫くそこには沈黙だけが流れた。
「・・・・で、他には?」
「・・・ぇ・・・?」
「この際だ、てめーん中に溜まった色んなもん吐き出しちまえよ。色々我慢してんだろーが。ちゃんと受け止めてやっから言ってみ?」
「っ、・・・」
銀時の言葉には息を呑み、唇を噛んだ。足が震えて膝が折れソファに座り込んでまた下を俯く。
視線を泳がせ瞬きを何度もする。外した視線を、ゆっくりと銀時へとあわせればまだを見据えていた。
膝の上に置いた手を強く握ると、ゆっくりと口を開く。強く噛んでいたせいで少し唇に違和感を感じる。
「・・・銀さんには、前に話しましたよね。両親が私を置いて出ていったって」
二人にとって、私は子どもとしてじゃなくて、子ども役の人形だったんです。
静かに語られたの言葉に、初めて聞いた新八と神楽は驚きの表情を隠さない。
銀時だけは変わらずにを見据えながら次の言葉を待った。はゆっくりと目蓋を閉じて、思い出しながら語り始めた。
まだ小学校にすら上がっていない頃の事。いつもとかわらない時間に床についたは夜中に目が醒めた。
なぜ目が醒めたのかは本人にもわからなかったが、意識が完全に覚醒すると次に体が訴えたのは喉の渇き。
ゆっくりと体を起こせば、いつもはを挟んで眠っている両親のふとんは眠った形跡がなく、変わりに居間へ続く扉が微かに空いていた。
そこから細く漏れる光へ歩いてではなく這うようにして向かい扉に手をかけようとした。
「・・・っかれ・・・っ!!!」
開けようとした手は居間から聞こえた突然の声に驚き止る。
まるで怒られたかのように心臓が高鳴り、はそっとそこから居間を覗いた。悪い事をしているという自覚はあったが、制御はまったくできなかった。
細い隙間から見えたのは、一度も見た事のない母のヒステリックに声を荒げ父に縋る姿と、それをいつもとかわらない笑顔と物腰で宥める父の姿。
会話は筒抜けで、は二人の会話を聞いてしまう。だが幼いにはその意味まではわからなかった。ただ、聞いてはいけない話だという事は、その時の状況が子ども心にわかっただけ。
喉の渇きなど忘れ、はばれないようにと息を殺してゆっくりと布団へと潜り込み耳を塞いで目を瞑った。
早く朝になれと念じながら。
次に目が醒めた時は窓から朝日が差し込み、微かに鳥の囀りが聞こえた。
夜中に起こった事は夢だったのだ。恐い夢を見た。
ただはそればかりを思い、いつものように朝食が用意されているであろう居間へと向かえば、そこには誰も居ない。
「お父さん? お母さん?」
ゴミを出しに行ったのかもしれない。たまにそのまま、外であった近所の人と話し込むこともあった。だが玄関をあけても誰も居ない。
どこかに隠れて驚かそうとしているのかもしれない。部屋中探したが元々部屋数は少ない。すぐに探しきってしまった。
ただ、いつも二人が身に付けているものなどがいくつかなくなっていた事に気付いただけ。書き置きなどは一切無かった。
何かあったら連絡しなさいと、電話の横の壁に貼ってある紙に書かれた番号を頼りに親戚の家に電話をしたところまでしかの記憶は残っていない。
そのあと大人たちがどう対処し、どう動いたかなどわからず。気付けば叔母の家に養子として迎えられていた。
だがそこではまるで腫れ物を扱うかのような対応をされ、居心地が悪かったことしか覚えていない。
年を重ねるごとに父と母の最期の姿を夢に見る事はあった。そして二人の言葉はずっと脳裏に焼け付いて離れない。
幼かった当時のではわからなかった二人の言葉を理解した時、初めてここには自分の居場所がどこにも無かった事に気付いた。
――― もう母親役は疲れたの! 子どもなんか産むんじゃなかった!! いらない! もういらない!!
ヒステリックに叫ぶ母の言葉はまるで、我侭な子どものようなものだった。
――― じゃあ、終りにしようか。また、二人に戻ろう。また、二人だけの生活に戻ろう。
母を宥める父の言葉は、穏かで残酷だった。
二人にとって夫婦生活は、恋愛の延長戦のままごとに過ぎず、ままごとに飽きた二人は子ども役の人形はもう要らないと簡単に捨てて姿を消した。
そんな両親を持ち、置いていかれたをどう扱っていいのか周りの大人たちは困惑し、戸惑い腫れ物扱い。
大人たちは知っていたのだ。両親が出ていった理由を。
はまだそれを理解できる歳では無い。何をどう説明し、接したらいいのか。それがわからなかった。故に誰しもが気を使い接してくる。
子どもは大人の態度に時に驚くほど敏感で、周りの態度にもどうしていいかわからずに、次第に口数も減り元気もなくなってしまった。
それは悪循環でしかなく、交わす言葉もなくなりつつあったものの、それでも大人たちはをどうしたらいいのか、どう扱ったらいいのかと悩みつづける。
自分の存在が悩ませて困らせている。そう思うとは居た堪れなくなり、申し訳ない気持ちが溢れそうになった。
「気にしていない」 「気にしないで」 「大丈夫」
周りが途惑いながらも何かをする度、言う度にはその三つの言葉を頻繁に使うようになった。
そうする事で少しでも大人達の負担を軽くしたい。それはにとって精一杯の気遣いであり、拒絶をしたわけではなかったが叔母達はそうは思わなかった。
最後はへと関心を向けないようになってしまう。それに気付いた時、また捨てられてしまうのでは無いかという恐怖が襲いかかった。
まだ子どもだったはがむしゃらになって叔母たちの気を惹こうとしたが、それもただの子どもの戯言と受け止められてしまう。
どんな形でもいい。悪い事をしたって構わない。自分を見て欲しい。
の中でその思いだけが脹らみ、ある日は友人に叔母たちに許可を貰ったと嘘を言って二日ほど泊まらせてもらった。
いくら悪い事と言っても、根が真面目なには無断外泊ですら勇気のいるものであったが、その分期待も大きかった。
もしかしたら探しているかもしれない。もしかしたらここにいる間に電話がかかってくるかもしれない。
だが二日間、の期待するような事は一つもなく結局家に帰る日になってしまう。重い足取りで家へと向かい、ソロリとドアを開けて中に入れば居間から明かりが漏れていた。
障子をそっと開け叔母たちの所へ行ったが、返ってきたのはいつもとかわらない機械化されかのような「お帰り」の言葉だけ。
本当はどこに行っていたのかと怒られたかった。心配したんだからと言う言葉が欲しかった。
だけどどちらもなく、こちらに目も向けようとはしない。
すでに叔母たちの中にも、と言う存在は無いも等しいものとなっていた。
いつしか気にしていないという言葉は、気にするなと自分へ言い聞かせる言葉に変わっていく。
だが繰り返すたびに、心の軋みは激しくなるばかりで次第に目の前の事から目を逸らすようになっていた。
「両親の中にも叔母たちの中にも、私は居なかったんです・・・・、ただ居場所が欲しかった・・・でも無かった・・・ッ! どこにも無かった!!」
わけのわからない世界。それがここに来た最初の印象。そして次には知らない世界。
そう認識した時に感じた恐怖は居場所のない事だった。友人も知人も誰も居ない世界。自分がそこに確かに存在しているのか。それすらも分からなくなりそうだった。
この世界で自分が異質なものだと感じた時には、両親にとってただの子ども役の人形だった自分を思い出した。
「壊れてしまいそうだった。自分が自分じゃなくなってしまいそうだった・・・でも・・」
銀時は逃げず現実を見ろと、立ち止まっていたその足を前へ出す勇気をくれた。
新八はいなくなったを心配し探し回ってくれた。
神楽はいなくなった事を怒ってくれた。
それはが今まで欲しかったものであり、誰もくれなかったもの。
「だから、あんな無茶をして・・・もし居なくなったら・・・私はまた一人になっちゃうって・・・・恐くて、恐くて・・・」
最後の言葉は嗚咽が混じり掠れて聞こえなくなってしまった。はそのまま溢れる涙も拭う事もせずにただ泣きじゃくるばかり。
突然腰に腕を回され、驚き目を開ければ神楽が抱きついていた。すると次にはの両隣に新八と銀時が座る。
挟み込まれてしまい途惑いながらは三人を見回した。頭の上に銀時の手が置かれてぐしゃぐしゃと撫でられる。
「胸につっかえてたもん、全部吐き出したか?」
「・・・・」
ハンカチで涙を拭きながらは頷いた。目を開ければずいっと目の前に神楽の小指が突き出される。
一体何だと瞬きを何度もしながらは神楽を見つめていれば、銀時と新八も小指を出し神楽のそれと重ねるようにした。
ますますもって意味がわからないと視線で訴える。
「最初に言ったけどなー、拾ったら最後まで面倒をみるのが飼い主の役目だ。途中で放り出したりしねーよ」
「確かに無茶な事ばかりしますけど、僕たちは出来ない無茶はしません」
「私たちを信じるアル。を置いてったりしないヨ!」
約束。
そう言われ、は止まった涙がまた溢れ出しそうになった。
何とかそれを飲み込んで、そっと三人の重なった小指に自分の小指を絡める。
そこから伝わった温かさに、抑えたはずの涙が零れた。それでもは精一杯の感謝の気持ちを伝えたくて、泣きじゃくりながら必死に言葉を紡ぐ。
「ぁ・・・・り、がとう・・・・・」
居場所をくれてありがとう。
温かさをくれてありがとう。
伝えたい言葉はたくさんあったけれど、言葉にするには難しくて。
だから精一杯のありがとうを、笑顔で伝える。それが今できる感謝の気持ちだ。
「・・・・あれ、定春は?」
「え? あれ? さっきまでそこにいたのに・・・・・?」
神楽のすぐ近くにいた定春は、ソファに座っていて視界に入る位置にいたはずだ。それが今は姿が見えない。
一体どこに行ったのかと思った矢先、の背後に大きな影が出来た。
「え・・? って、うぉあ!!??」
振り返る前にすごい勢いで圧し掛かってきた定春には思い切りその腹の下敷きにされ、他の三人はとっさによけた。
「さん!? ちょ、大丈夫ですか!?」
「定春どくアルヨ!! が潰れちゃう!!」
「ワン!」
「・・・さ、さだは・・・・・・アギャ!!!」
一鳴きと共にの右手の上に思い切り手を下ろしてきた。
痛みがどうのとか言う前に、圧死しそうな勢いのはかなり必死に抗っている。
何とか定春の下から救出しようと試みるが上手くいかない。新八は定春の様子を見て一つ、思い当たることがあった。
「も、もしかして定春も指切りしたかった・・・とか」
「・・・あ、なるほど・・・・」
「それならそう言うアルヨ」
「・・・や、・・・・・むり・・・だか・・・・・・ ゲフッ」
もう重過ぎて息がままならない。
の状態に慌てふためき、その後もやれ退かせだ何だと騒ぎ立て
お登勢が五月蝿いと乗り込んできた時にはの魂らしきものが口の端しから零れ落ちそうになっていた。
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