前へ進め、お前にはそのがある

>万事屋 -act04-







このままでは切実にまずい。いや、元々まずい。万事屋の貯金通帳を睨みつけながらは唸っていた。
一応先日、仕事が入ってきたので貯金の中身がすっからかんなわけでは無い。
しかしこのままではまた貯金は空になり同時に食料庫も空になって、最終的にはこの腹も空になる。
毎度よく、この死線を潜り抜けているものだと居間にいる三人と一匹。そして自分を省みた。
ここは万事屋。定期的な収入も仕事も無い。いつも突然仕事は舞い込み、突然金が入り、そして気付けば金は消えていく。(主にパチンコと甘味)
仕事を待っているようでは金は入ってこない。日雇いでもいいから自分の足で仕事を見つけるしかない。それは前から考えていたことだ。


「自分の足で、仕事を探さなきゃ餓死する・・!」


そんなことには絶対させないし、なりたくも無い。妙な使命感に燃え始めたは勢いよく障子を開けた。突然の事に三人はを凝視する。
まったくそれを意に介さず、デスク前でジャンプを読む銀時の前にそのまま歩み寄り、通帳をデスクの上に叩き付けた。


「あー? 通帳がどうかしたのか?」

「私、仕事探してきます」

「は?」

「ここでいつものように家事をして自堕落のままに仕事待ったって一銭も入ってきません! だから日雇いでもいいから仕事探してきます!」


身を乗り出して言うが、銀時の態度は先ほどと寸分変わらずに気だるげだ。
耳をほじくりついたゴミを吹いて飛ばす。


「んな事言ってもお前、何ができんの? いっとくけど働くってのはそう簡単な事じゃないのよ」


解ってるの?なんて言ってくる銀時に、眉間に皺を寄せて睨みつけながらは『これでも向こうじゃ仕事してました』と言う。
そりゃ新人だ。まだ荒波に揉まれはじめて間もない。子どもじみた甘い考えの垢すら取れきっていないだろう。
それでも今のこの状態はけして楽観できる事態では無い事も確かだ。


「なので、社会の荒波に自らの身を投じてきます」

「おー、そーかそーか。なら、しっかり稼いできなさい」

「ちょ、銀さん。いいんですか?」

「だってお前、コイツがそうしてーってんだから俺が止めたって無駄だろうがよ。それに金が入ってくるなら万々歳だ。
 これもある意味万事屋としての仕事のあり方だよ」


そう言ってまたジャンプに視線を移してページを捲り始めた。
銀時の態度にそんなお前に仕事云々説かれたくないわ!と鋭いツッコミが入るが、当の本人は柳に風である。
二人のやり取りにはまったく見向きもせず身支度をはじめ、昨日の夜に大体埋めておいた履歴書の残りを書きはじめた。
書いている途中で寝てしまったなんて誰にもいえない。

現住所はこの万事屋で十分だ。あとは適当で良いだろう。と中々にアバウトな履歴書が五分足らずで完成。
それをハギレで作った大きめのかばんに詰め込み玄関へ向かい、振り返る。


「では銀さん。今日は定春の散歩は銀さんでお願いします。では行ってきます」

「はいはい、いってらっしゃい・・・・・て、え? ちょ、ちゃん、今なんて・・・」

「定春の散歩は頼みますって言ってましたよ。そう言えば今日はさんが散歩するとか言ってましたよね」

「え、神楽は?」

「さっきさんと一緒に出ていきました。酢昆布買いにいっちゃいましたよ」



マジで?



ジャンプが手から滑り落ちた。










さて、いざ外に出たものの、一体何処に行ったらいいのか。
適当に書いた履歴書だ。はたして雇ってもらえるかどうか。少々の不安はあるものの、今は前進あるのみ。
できれば万事屋が近い方が良い。通勤など考えると電車は使いたくは無い。朝早く起きて支度してなど、そう言うのが億劫なわけでは無い。
切実に電車賃なんざねぇよ。ということである。まあ、ある程度の所なら電車代ぐらい出してくれるだろうが。


「あ、ここいいかも」


目に留まったのは八百屋。万事屋からも近いし、何より働きがよければ売れ残りをもらえるかもしれない。
けっこうせこい事考えているが、それぐらい図太くなければやっていけない。パーティなどに呼ばれた時はタッパーは必需品だとまで思っている。
恥も体裁も関係ない。重要なのは今日を生き抜くこと。そして明日も生き抜く事だ。
若い内の苦労は買ってでもしろと言うが、買わなくとも勝手に舞い込んで来る苦労のおかげいまやは逞しく育った。


「たのもー!!」


まるで道場破りのような意気込みで八百屋へ入った
のっそりと奥から出てきたのは店主だろう、いまどきいるのか!?と思ってしまうほどのコテコテの八百屋スタイルだった。


「はいよー。てかお嬢さん。八百屋に来て『たのもー』は無いだろうに。で、なに? おつかい?」

「違います、私を日雇いでも良いんで雇って下さい!」


履歴書をまるで果たし状の如く掲げて声高に告げる。
店主は頭を掻きながらそれを受取った。


「そんな忙しくもねぇがなあ。 まあ、お嬢さんなら可愛いから、看板娘とかになってくれれば売上も・・・・・・・あ、やっぱなし、不採用。帰って」

掌返したような態度!? しかも判断早っ!!  何で!? 私のどこがまずかったですか!?」

「まずいも何もお嬢さん・・・・この特技何よ。
喧嘩売ってんのこれ?

「え? ・・・・・・・・・・・あ」


ピラピラと目の前に翳された履歴書。
指し示された特技の場所には確りと『りんごを握りつぶす事』とかかれている。
いつもの癖で書いてしまったそれは、確かにここでは喧嘩を売っているとしか思えない。




「す、
すんませんでしたぁぁぁぁぁ!!!!




履歴書を奪い取り、まさに脱兎の如く逃げ出した。



誤算だった。 何が? 自分の勢いがだ。

考えもせず、勢いに任せて履歴書を書いたおかげで、自ら掘った穴にはまってしまったような物だ。
こんな狂気的な特技を持つ女を雇うような稀な存在など、そうは無いだろう。
しかしめげるな。まだ一件目だ。それに今は偶々、八百屋だったと言う事もある。次は大丈夫だ。きっと!多分!

は自分へ言い聞かせ何度も、脳内で繰り返した。
だがそう世の中も上手くできているわけでもなく、やはりその履歴書にかかれた特技で皆引いてしまう。
二言目には「特技がちょっとねー」である。若しくは「こんな特技、うちは求めてないから」であった。
ましてや先ほど断られた店に至っては「プロレスラーにでもなったら?」である。


「ちっくしょー!! ふざけんな! こちとら生まれてこの方この特技しか持ってねーんだよ!」


とうとう自棄を起こして近くにあったゴミ箱を蹴飛ばしてしまった。おかげで口調もいつもよりも荒々しい。
あまりの剣幕に、道行く人がを避けて歩く。周りの様子など知らずには更に声を荒げた。


「私だってお菓子作りとか書きたいよ! 料理とか書きたいよ!! でも書くほど得意でもねーんだよコンチクショー!!!」


人が下手に出てれば好き勝手言いやがってと、最後の蹴りを一撃与えて飛んでいったゴミ箱へ恨み言を吐き出す。
気合入れて出てきたというのにこんな結果だなんて泣けてくる。特技だけで評価され、判断されたのがなによりも悔しかった。
荒れた息を整えては仕方なしに万事屋へと帰っていく。その背中はどことなく寂しげだったが、周りの人達はそうは思わず、ただほっとしていた。








「で、結局出るんですかこれ?」

「安らぎと豪華賞品並べてみろよ。どう考えたって現物だろ。商品だろ。こいつにできる事っつったらそれぐらいだよ?」

「何言ってるアル!定春はお手もおすわりもおかわりもできるアル!! 試してみるネ。定春、お手!!!」

「お前、ちょっと待てって  
ぎゃー!!!! これお手違う!! パンチだから! 凶悪な一撃だから!!


「・・・ただいまー・・・・」


意気込んで出てきたはいいものの、何ひとつ成果をあげず帰ってきた
どちらかと言うと自分の特技がいかに周りからどう見られるのかを、まざまざと思い知らされただけだ。
いつものように騒がしい万事屋の玄関を潜り居間へ入れば、定春が神楽に撫ぜられ新八は壁際に避難している。
銀時はデスクの後ろで身構えていた。


「たく・・・おー、おかえり。どうした? その様子じゃ駄目だったか」


まぁ当然だろうな。そう言った瞬間、再び銀時は身構えた。目の前に来たの背負っている負のオーラが尋常では無い。
今までの経験上、次にはその右手がこの頭を掴んでくるだろう。だがが起こした行動は予想外のものだった。


! 銀ちゃんに抱きつくと天パーがうつるアル!! 私にするヨ!!」

「おいおい、俺は天パーの菌撒き散らしてるんですかー? キノコですか俺は」


意気込み駆けて来た神楽を何とか片手で制止すると、抱きついてきたの手に少し力が込められた。
出かける前の元気がまったく無いに気付き空いた手をの頭へ置いた。


「なんかあったのかー? 銀さんが聞いてやっから言ってみなさい」

「銀さーん。私もっと女の子らしい特技が欲しかったです」


悔しくてたまりません。
そういって銀時に抱きついた手にさらに力を込めた。頭に置かれた手が優しく叩く。


「特技があれだから採用できませんってか? そりゃお前、断られて正解だぞ? んな紙面上だけで相手判断するような所で働いても碌な事ァねーよ」

「うー、・・・でも、その為の履歴書です」

「そりゃそうだけどよ。もっとさ、こう。てめーの内面を見抜いてくれるような奴がいると思うぞ。だから最後まで諦めんな」

「うぅ・・・はい。すいません銀さん。頑張ります。・・・なんか不思議ですね。銀さんにくっつくと落ち着きます。 痛ッ


今になって少しだけ恥ずかしくなったのか、は離れると照れ隠しもかねて笑う。
頭に置かれた手がそのままデコピンしてきた。正直少し痛い。


「おいおい、俺は安定剤か? 抱き枕か? あ、そうだ」



これからテレビ出るから。



突然告げられた言葉を脳内で処理し、意味を理解したはただ叫ぶしかできなかった。





<<BACK /TOP/ NEXT>>