前へ進め、お前にはそのがある

>万事屋 -act02-







見た目が魚としては深海魚ぽい、本日の獲物。それを火を熾して焼けば香ばしいような、そうでないような香りが漂う。
それをじっと見つめながらは出てくる涎を必死に押さえ込み、腹の虫をBGMにしながらただ焼きあがるのを待っていた。


「オラ直ったアルヨ、オッさん」


セロテープで割れた皿を応急処置をした神楽は、直ったといいながらそこを叩くものだからまた割れた。
いやな音が響いたがみんな聞かぬ振りをする。


「・・・銀さーん。さっきのあのセンター分けもギリギリなおじさんたちの頭かち割りたいです」

「ちょっとちょっとちゃん。何物騒な事言ってんの? 駄目だよ。そんなことしたらセンター分けの呪いがかかるよ」


でも腹が立つ。そう言いながら視線は魚から離さない。
つい先ほどの出来事を思い出しは段々と機嫌が悪くなってきた。まさに腹の虫が治まらないというやつだろう。
早く焼けろとブツブツ言いはじめた。
もう腹が空いて苛立っているのか、先ほどの男たちの態度に苛立っているのか。両方なのか。その判断さえできない。



「オッさんよォ。 引っこしするってんなら手伝うぜ」

「よけいなお世話だバカヤロー」

「あの、海老名さん。あんまりお皿触らない方が・・・」

「シッ! さん。見えなければ大丈夫です」


割れた皿が気になるのか、先ほどの音が気になるのか。皿を触って確認しようとしていた海老名。
横で見えたその行動をは静止しようとしていたが新八がさり気無く、小声でとんでもない事を言ってきた。
臭い物には蓋の原理か。海老名から視線を外しながら苦笑いしかできなかった。


「・・・・・・・・・アレ見ろ」


幸いな事にと新八の言葉は聞こえていなかった。
海老名の台詞に促されるようにが振り返って見たものは池の中から飛び出している、苔の生えた何か。


「妙なもんな見えるだろ。 ありゃ昔、俺が乗ってきた船だ」

「海老名さん。アナタ天人なんですか?」

「この池の主かと思いました」

「おいおい、それじゃ河童じゃないか。 俺はれっきとした天人だよ」


いや、何処をどう見ても河童だろうが。河童と天人の境界線があまりにも曖昧でわからないよ。
言いたいが言えない。言ってもきっと同じ様な返答がきて終りだろう。
は小さく溜息をつけば目の前に差し出される焼けた魚。差し出している人へ視線を向ければ銀時が既に自分の分も持っていた。
無言のままそれを受取ったはいいが、正直食べるのは気が引ける。何せはじめての体験だ。未知なる生物を口にするなど。


「人はよォ。他人の中にいる自分を感じて初めて生きてる実感を得るんだ」




そんなの葛藤など知らず、隣で海老名は語る。
ここへ来てからの事。この池で出会った少女の事。約束の事。





思えば、はこの世界に来てから孤独を味わったのは最初だけだった。


真剣に海老名の話を聞く新八。思わぬ魚の不味さに吐き出す銀時。
その背中を擦るというより叩いているのが正しい神楽。今は森の中を散歩しているであろう定春。


初めてこの世界を見た時、背中を走ったのは嫌な汗。何もかもが自分の知らないものばかりで、誰も自分を知らない。
まるでそこに自分がいないかのような感覚。足元に、ぽっかりと黒い穴が開いているかのような感覚。



居場所がなかった。
自分の居場所がなくなってしまった。
それがどんなに恐ろしいものなのか。は知っていたからこそ、恐くて立ち止まってしまった。
目を逸らして、歩いている振りをして。





だけどそれは最初だけだった。




手を差し伸べてくれて、立ち止まったこの足を前に進める勇気をくれて。この、背中を押してくれた。
ここでの居場所をくれた人たちがいるから、自分はここで生きていると実感できる。






いつのまにか池に戻っていった海老名。静かに揺れる、綺麗な池。ここが海老名の居場所。
ここを見つけたのは海老名だが、ここを自分の居場所として今も居続けるのは話の中で聞いた少女がいたから。
少女と交わした約束を頑なに守り続け、今もこの池を守っている。それはあまりにも純粋な思い。
自分に、生きていると実感を持たしてくれて、居場所をくれた少女への感謝の気持ちだろう。




「・・・粋狂にも程があるぜ。 つきあいきれねーや」

「ねぇ、銀さん。」

「あ?」

「新八君。神楽ちゃん」

「はい?」

「どうしたアル?」




誰にとっても、自分の居場所は大切なものだ。自分が自分である為に。
皆は口にしないだけで、きっとそれを知っている。だから、自分にも居場所をくれたのだろう。





「居場所をくれて、ありがとうございます」





の言葉には何も返さず、銀時は背中を向けて「帰ーるぞ」と歩き出した。





<<BACK /TOP/ NEXT>>