前へ進め、お前にはそのがある

>繋がり -act01-







新八の家に泊まって今は万事屋へと戻ってきていた。
ソファでは銀時は寝転がりジャンプを読みふけり、神楽は町で配られているようなフリーのファッション冊子を読んでいる。
新聞に入っていた折り込み広告のなかに紛れ込んでいたものだが、どれもこれもやけに高い値段をデカデカと書いている。正直財布に優しくない。
は銀時のいるソファの向かいにただ座っていた。時計を見れば万事屋に戻ってきてもう何時間も経っている。今は世に言うおやつ時だ。



「あの、銀さん。何時までそうしてるんですか?」

「あ? 何時までってそりゃ、ジャンプ読み終わるまでに決まってんじゃねぇかよ」

「それじゃ、私の依頼はどうするんです?」



が少し苛立っているのには理由がある。依頼をしたのになかなか仕事をしようとしないからだ。
これでは今日は万事屋で過ごす事になってしまう。それも無駄にダラダラしながら。
そんなの心情も知らず、生返事のみをして銀時はまたジャンプのページを捲った。ページが一つ進むにつれ、の苛立ちも増していく。
無言で立ち上がり銀時の横に立つが、ジャンプのページを捲る手は止まらない。台詞の少ないページなのだろうか、やたらとペラペラ捲っている。
一つの話を読み終わり、次を読もうとまたページを捲ろうとした。しかしそれはジャンプを掴むの手で叶わない。



「おいなにすんだよ。ページ捲れねぇじゃねぇか」

「なにすんだ? そんなの決まってるじゃないですか。こうしてやるんですよ



背表紙を上から掴む手がギリギリと何か嫌な音を立てた。不意に銀時の脳裏に昨日の林檎が思い出される。思い出した次にはもう遅かった。

バリリッと厚手の紙が破れる音が響く。
の左手には掴み引き裂いたジャンプの背表紙。





「おいぃぃぃ!!!! ちょ、何すんの!? まだ読みかけだったんだよこれ!」


「人が依頼したって言うのにダラダラダラダラと。それでも社会人ですか?この社会の負け犬野郎」


「なにそれ!? 社会人か問われて既に負け犬の烙印が押されるんですけどォ!? しかもなんか性格変わってない!?」


「知りません」





知りませんってお前・・・と顔を上げてさらに抗議しようとしたが銀時はでかかった言葉を飲み込んだ。
薄く笑みを浮かべ、破いたジャンプの背表紙をさらに左と右に引きちぎったの姿を見てしまったからである。
は人よりちょっと握力が強いんです。なんて可愛らしく言っていたが、可愛げなどどこにも無い。むしろ自らの握力で可愛さを握りつぶしてしまっている。





―― どこらへんがちょっと!? 下手したら広辞苑なんかも裂けるんじゃないの!? 大体それ、腕力もすごいから! 第二の神楽の到来ですか!?





身の危険を感じ微かに距離を取りながら銀時の脳内は、それはもう必死にツッコミを入れていた。
しかしそれも声にして言わなければ意味のないもの。だがやはり、恐くて言えやしない。



「で、私の依頼はどうするんですか?」



が言う依頼と言うのは今朝、新八の家で朝食をとっている時の事だった。








「あ? 住む所?」



具が豆腐のみの味噌汁を啜りながら銀時はの言葉を反復した。
は銀時に万事屋として、これから住む所を探してほしいと依頼した。
贅沢を言っていいのなら住みこみで働ける場所がいいとも言ったが、できればで構わないとも思っている。
お願いします。
そう頭を下げればまた味噌汁をずるずる啜る音が聞こえた。



「何処でもいいわけ?」

「はい、あまり贅沢言うつもりは無いです。普通に暮らせて雨露さえ凌げれば・・・」

「ふーん・・・・・」



漬物をボリボリとおいしそうな音を立てて噛み締める。
最後に口に入れた一切れを食べきって、銀時の朝食は終了。きちんと手を合わせてご馳走様と言うと肘をついての顔を見た。



「じゃあこの後連れってってやるよ」

「ありがとうございます!!」



は勢いよく頭を下げてお礼を言う。その勢いに任せて額をちゃぶ台にぶつけてしまい、鈍い音が響いた。



「・・・・ー。大丈夫アルか?」



額を打ち付けて痛みに悶絶するの背中を擦りながら神楽が慰めてくる。
一瞬だけでも花畑が見えただったが、今は痛さで滲んだ涙で視界はぼやけていた。








「で、連れてってくれるんじゃなかったんですか?」

「だーから、連れてきてやったじゃねェか」

「はい?」



目を座らせて銀時を睨みつけながらは低い声で唸るように言えば、少しうんざりしたような声で返された。
その言葉は理解できなかったわけでは無い。ただ予想外だった為にそう返してしまった。



「え、だって・・・・」

「何だ? ここじゃ不満か? 贅沢いわねぇっつったじゃねェかよ。
 それともあれか、お前はさんざんごねて買った物に対して「私やっぱりあっちがよかった〜」とか後で言う女子か?」

「いや、そんな事言いませんよ。そうじゃなくて、ここに住んでいいって、そう言うことですか?」

「それ以外の何に聞こえるネ。意外とって鈍いアルな」



今まで黙ってファッション冊子を読んでいた神楽が視線をそのままにして言う。
しかし鈍いとかそう言うことでは無い。ここへ連れてきた時に、一言でもそういってくれればよかったのだ。
そうすればここまで苛立ったり怒ったりしなかった。



「でも、本当にいいんですか?」

「働くにしても住むにしても、身元がはっきりしねェと無理だよ。身元保証人とかだって必要だし。
 そう言うのを気にしねェで雇ってくれるとこなんて禄なところなんざねェしな」

「そんな所にを放り出すわけには行かないアル。拾ったなら最後まで面倒見るのが飼い主の役目って、銀ちゃんが言ってたヨ」





あれ、私ペット?





神楽の台詞に思わず口元が引きつった。
そんなにはお構いなく、銀時は裂かれたジャンプを眺め「また買ってくるか」とソファに仰け反った。



「もうすでに定春や神楽が居るからな。一人増えた所で猫一匹増えたのと変わりはねェんだよ。
 あ、どうせなら語尾に『ニャン』とでもつけたらどう? そしたら新八も喜ぶと思うよ。多分」

「銀ちゃん、犬より猫か? 猫派か? だったら私は何? 動物だと何になるアル?」



銀時と神楽の言葉をただそこに立ったまま、口元を引きつらせた表情のままで聞いていた。
二人の会話はどんどんと進んでいく。その傍ら、の手には力が微かに込められていた。心なしか骨がパキパキと音を立てているようにも思える。



「外をしらねー家猫を危ねェ所に行かせる訳にはいかねェからな。
 あ、お前のここでの役割は家事な。んで、依頼が入った時は一緒に万事屋として仕事をする。それで文句ねェだろう?」

「さすが銀ちゃんアル。それでいて給料なんて払う気は無いんだよなこのマダオが」

「ばっか、神楽。おめぇには酢昆布渡してるだろうが。それも立派な現物支給っつー給料よ」

「口を開けば屁理屈ばかり。そんな嫌な大人に私はなりたくない」

「あれ、神楽ちゃん? いつもの語尾が聞こえないんですけど。標準語なんですけどどうしたの? なんか変なもの食べた?
 あれほど拾い食いは止めろって言ったじゃねェか。
 おい。お前もそこらの道に生えているもんとか食うんじゃねェよ。中にはな、毒を持ってる奴もあってだなァ・・・・ッ!?」



そこまで言って銀時の台詞は途切れた。
突然視界が暗くなった銀時は何事かと思ったが、次に感じたのは鋭い激痛。
の掌ががっちりと銀時の顔を覆っている。外そうとしてもその一見して細い指は容赦なく食い込んでくる。
指の隙間から見えるの表情は影が落ち、無表情だった。



「アダダダダダッ!!!!! ちょ、ぎ、銀さんの顔潰れる!! 潰れちゃう! ケーキみたいにグシャッてなっちゃうゥゥゥゥ!!!」

「もう頭は潰れたパーなんだからこの際、顔も潰れればバランス取れますよ。よかったじゃないですか」


「酷っ!!! ちょ、落ち着いて!! 何!? 何が気に入らないの!? あれか、マタタビが欲しいの!? あ、もしかして魚とか!?」



「それ以上口開いたら、銀さんの頭を握りつぶしちゃうかもしれないニャン」



「そんな狂気的な『ニャン』聞いたこと無いんですけどォォォォ!!!!」





その後開放された銀時は「猫じゃねェ。お前はあれだ、熊猫だ。パンダだよパンダ」とブツブツと文句をもらしていた。
対しては「じゃあ私のベアクローをお見舞いするニャン」と、またも銀時の頭を握りつぶさんばかりの握力を披露する事となる。





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