前へ進め、お前にはその足がある
>目を逸らすな -act07-
夜中に目が醒めて、最初に思ったのは珍しい、と言う事だ。普段滅多な事では夜中に目が醒めたりなどはしない。
新八は起き上がり部屋を出ると、月が当たり一面を煌煌と照らしている様子に目を細めた。
静かな夜。そこにガタン、と物音が響いた。何の音かとそちらへ向かえば、門からが走り去る姿を一瞬だけ捉える。
あまりの事に一瞬、何が起こったかわらかなかった新八は急いで門の外へとでれば、そこにの姿はない。
一体何があったのかは分からなかったが、新八は神楽を叩き起こしすぐにを探しに出る。
行き場所などわからない。それでも探さなければならなかった。はこの町だけでなく、世界に不慣れだ。
「新八。私は定春と向こう探してくるアル!」
「じゃあ僕は向こう探すから、何か見つけたらすぐに連絡してね!」
「解った! いくよ定春!」
二人は背中を向け走り出した。
夜中、月明かりを頼りにが行きそうな場所を探そうとするがまだここにきたばかりのの行ける場所など、限られている。
駅に行ってしまったのかと思ったがもう終電も過ぎた時間だ。それなら家の周りでその足で行ける所に居るはず。新八は手当たり次第探して回った。
だがどこにもの姿はなく、気付けば神楽と別れた場所に戻ってしまっている。遠くから見覚えのある大きな陰がこちらに向かってくる。
定春とその上に乗った神楽だ。見たところ神楽もを見つけられなかったらしく、少し焦っているようにも見えた。
「どうしよう新八。、何処にもいないヨ」
「落ち着いて神楽ちゃん、きっとどこかに居るはずだよ」
向こうを探してみよう。そう言って二人は走り出した。
特に当てがあったわけじゃない。勘と言うやつなのか、何なのか。その時の心情は、二人にもわからないものだった。
ただどこかで確信していたのだろう。その足に迷いは無い。
万事屋を出て町を色々案内している時、どこかは遠くを見ているようでもあった。上の空と言うわけではなく夢を見ているかのような感覚に近い。
他人行儀やそういったものとは違う。何か、見えない壁を作っているようなそんな態度も、所々見て取れた。
しかし気付いてそれを言っても、きっと気にしないで、と言って終わってしまうだろう。
会って一日も経っていない。それなのになぜか、そう言うであろう事は予想してしまった。
どんな状況にあっても気にしない、と言って。
正直、初めての口からあまり聞きなれないような単語である『異世界』などというものを聞いて、半信半疑だった。
今は物騒の世の中である。素直に信じていてはきりが無い。それでも銀時の言葉に頭にきたのも事実で、衝動に任せてあのような事をしたが別に後悔はしていない。
何より外へ出てと過ごす事で、の人間性を少しばかりでも理解することが出来た。
まるで目の前の事から目をそむけようとしているかのような。そんな様子がからは始終見て取れた。
新八は自分にも解ったものを、銀時が気付かないわけが無いだろうとどこか確信をもっていた。そして神楽もだろう。
本人に確認したわけでは無いが、そこは何も言わずとも解る。
たった一日だけだが、それでも共に居てわかった事がある。
それはは確かに受けながしたりして大体の事は笑って済ませてしまう。逆にその所為で、背負ってしまうものもあるかもしれない。
他人に甘えられないのだろう。甘える事を遠慮しているといった方が早いかもしれない。本音もその所為か呑み込んでしまう節があった。
もっとちゃんと、言いたい事は言えばいい。やりたいことはやればいい。何処にいたって、それはできる。
気にしない。そう言いながらもその笑顔はどこかぎこちないところがあった。
もしかしたら、本当に感情のままの表情を出していたのは最初に出会ったときだけなのかもしれない。
神楽はそっと、定春の頭を撫ぜた。
「神楽ちゃん、さんは確かに僕たちとは違うのかもしれない。けど、そんなこと関係ないよ」
「今更何言ってるアル。そんなの当たり前ネ! が何処の人間だろうとそんなの、関係ないヨ!」
何処に居たって、がである事実は変わりない。
走って向かった先は川縁。外灯の無いそこは普段ならば、夜はほとんど暗くて何も見えない。
今は満月のおかげであたりの様子ははっきりと視界に捉えることができる。
神楽と新八は遠くに、見覚えのある銀髪を見つけた。次にその後ろにいるの姿。急いで二人のもとへ向かおうとした二人の耳に、はっきりと聞こえたの声。
「私はもう、逃げません!!」
二人の駆け寄ろうとした足は、その声によって止まってしまった。
そこからはの表情は窺うことは出来ないが、それでも聞こえた声に迷いは無い。
の心の底からの言葉を聞いて銀時は背を向けたまま笑みを浮かべた。
振り返れば真っ直ぐと見つめ返してくるの姿。その足は確りと地面を踏みしめている。
「いい面構えになったじゃねぇか」
思えば最初から、目だけは逸らしたりはしなかった。
そのおかげでと言えばいいのか。が何かから逃げようとしている、暗い部分が見え隠れしてるのもすぐにわかった。
「一つ、言っておくぜ。」
「はい」
「坂田さんじゃねぇ、銀さんだ。わかったな、」
解ったらついて来いと言ってまた歩き出す。
周りは静かだった為なのか、銀時の声は神楽たちの耳にも入っていた。二人は銀時の名を呼んで駆け寄る。
二人と一匹の姿を見て銀時の表情は、やっときたか、と言う気持ちを表していた。
一方、何を言われたのか解らなかっただったが頭の中で整理して理解し、満面の笑みでまた大きく「はい!」と返事をして走り出した。
「ブゲッ!!!」
そしてこけた。
どうやら足にこびり付いた泥で滑ったらしい。
あまりの仕打ちには本気で泣きたくなった。あまりの情けなさに大声をあげて泣きたくなった。
「何やってんのお前? 何、それってもしかして素なの? わざとじゃなくて」
顔を上げれば目の前にしゃがみこんでる銀時が、あからさまに呆れ顔で見ていた。
はあまりの事に目を逸らして小さくもらす。
「素でなけりゃこんな痛い思いしません」
「おーおー、デコ赤くなってらー。てかなに、なんで裸足?」
「今更!?」
「たく、しょうがねぇやつだ。」
言ってしゃがんだまま背中を向けてくる。
その意味がわからず、ただは呆然とその背中を見ていた。
「おいおい、この体勢けっこうきついんですけど。早く乗れって」
「え、おんぶしてくれるんですか?」
「その足で歩くわけにもいかねぇだろが。ほら早くしろ」
立ち上がってついた汚れを叩き落とし、は遠慮がちに銀時の背中に乗った。次には突然の視界の変化。銀時の身長の大きさを改めて知ったは軽く目を回す。
しっかり捕まってろと言ってゆっくりと歩き始めた銀時。神楽と新八の元へ行くとそのまま二人も銀時の隣に立ち、歩き出す。
新八たちが居た事に気付いていなかったは驚き、戸惑いながら謝った。
「あの、家勝手に出てきちゃってごめんなさい。し、心配・・・しました?」
「当たり前ですよ。だからこうやって探しに来たんじゃないですか」
「まったく! 私、をこんな夜更かしするような子に育てた覚えは無いアル!!」
「ごめんなさいお母さん!」
神楽のあまりの迫力にノリと勢いでそう言ってしまったは、言ってからその台詞のおかしさに思わず笑ってしまった。
の様子にまだ反省して無いアルな!とさほど怒った様子もなく、少しだけ声を荒げた。
「おい新八、布団と部屋余ってるか?」
「ええ、大丈夫ですよ。でも銀さん、なんでこんな所に居たんですか?」
新八の家は万事屋から電車で二駅は離れている。こんな電車のない時間に居たと言う事は、考えずとも理由などすぐわかる。
の事が気になっていたからだろう。だがそれを素直に言うような人では無い事は新八たちにはわかっていた。
案の定、銀時から聞かされた理由は違うもので、先ほどのおでんを食べに来ただけだと言う。その道中、たまたまが突っ立っていただけだと。
普段ならばそれですむが、神楽が「前にあそこ舌に合わないって言ってたじゃん。素直じゃねーなー」とニヤニヤしながら言えば、やはり銀時はどもりながら言い訳を考えた。
だがどれもまともな言い訳ではなく、二人はヤレヤレと言った風に曖昧に相槌をうちそういう事にしておいてやるよ。と捨て台詞まで吐く始末。
「んだよ、可愛くねぇな」
「銀さんに可愛いなんて思われたくありませんよ」
「銀ちゃん、私今日はみんなで一緒に寝たいアル!」
「よぉし、じゃあ川の字だな。川の字。あれ、でもこの人数じゃ川じゃねぇな。何だ、何の字だ? やべ、新たな漢字の誕生かおい?」
「さ・・・銀さん、あの、明日で良いんで、私の依頼、受けてくれますか?」
背中から遠慮がちに言われた言葉に、銀時は明日になったらな、と返事をする。
銀時の言葉を聞き安心したのか、暫くしては銀時の背中で寝息を立ててしまった。
次の日の朝起きて、最初に言われたのはせめて泥を取ってから寝ろということと、俺はお前のお母さんじゃねぇと言う銀時の愚痴だった。
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