前へ進め、お前にはそのがある

>目を逸らすな -act06-







「親父、とりあえず大根。あとこんにゃく」

「へい」



まるで絵に描いたような屋台の親父が銀時の注文に答え、皿に大根とこんにゃくを盛る。
顔にかかるおでんの湯気。は元々小食で、晩御飯で既にお腹は満たされている為、特に何も食べる気はしなかった。
銀時は注文のものが来て早速、箸で大根を二つに割ればそこからあつあつな湯気が出てくる。



「んで?」

「・・・はい?」

「新八の家に行ったお前が、なんであんなところで一人で居たわけ?」

「・・・・・」

「ま、話したくなきゃいいんだけど。あ、親父、熱燗くれ」

「へい」



は聞かれても何も答えられなかった。
きっと答えずとも銀時はわかっているかもしれない。ただ、本人の口から確認したいのかもしれない。
その意味を考えればすぐにの中に答えは出てしまう。きっとこれは新八や神楽ではできない事だ。
彼らは優しすぎる。



「・・坂田さんは、厳しいですね」


「甘ぇ考えだけで世の中渡っていけねぇんだよ」



それが現実だ。そして現実は誰にもあって、逃げられるものじゃない。
大根をしっかり噛み締めている口からは言葉は出なかったが、無言の中にはそう言われたように思えた。
だがその厳しさが、今はちょうどいい。下手に甘やかされればきっといつまでも逃げてしまう。
自ら声に出してしまえば逃げられない。それを解って言わせようとしている。厳しいが、それもまた優しさなんだとは理解した。
は膝の上の手を握り締め、ただぼんやり目の前の湯気を見つめた。



「私は、ここでは異質です。だって、ここは私の知っている世界じゃない。天人も知らない。こんな色々ごちゃ混ぜになった文化も知らない。
 それでもそれぞれに色があって、どれも同じ土台に染みついた色なんです。
 私は、そこに落ちた泥みたいなもんなんです」



視線をずらして自分の泥に塗れた足を見つめた。
汚い。
そう思った次には、きっとこの世界では自分も汚い泥なのだと感じた。
右足の指先で左の泥を落そうとするが、かえってそれが泥を広げていく。いくら足掻いても泥は泥なのだ。
自分がそこに在ると、必死になって跡を残そうとする。は思わず自嘲な笑みを浮かべた。



「泥だらけの私は色に混じりたくて、色になりたくて。足掻くんです。必死に。
 でもやっぱり周りとは違うから、皆置いて行ってしまって・・・・私、一人で・・・」



涙が出たわけでは無い。ただそれ以上言葉を続けようとすると喉が痛み、何も言えなくなってしまった。
の紡ぐ言葉をただ黙って聞いていた銀時はお猪口の中の酒を煽る。



「んで、あんたは今の状況を気にしねぇのが一番って言って現実から目を逸らしてたってわけか。
 いい逃げ文句じゃねぇか。単純な奴なら気にしてないならってそれ以上つっこんだ事は聞いてこねぇだろうよ。」



皮肉をこめて言われた言葉に何も言い返せなかった。



「ただな、んな事して今から目を逸らしたって、てめぇが今立ってる場所はかわりゃしねぇ。現実って奴はそんなもんだろ。
 皆置いてく? 馬鹿言うな。てめぇが目を背けて足止めちまってるだけだろうが。
 受け止めて前に進むからこそ、人生ってのは面白いんじゃねぇの?」



立ち上がって銀時は勘定を済ませるとそこから去ろうと背中を向け歩き始めた。
は動く事が出来ず、まだ椅子に座ったまま。



・・・・             ・・・



砂利を踏む音が少しずつ、遠くなっていくのを背中に感じながら、ポツリとの口から小さく言葉が零れた。
なんと言ったのか上手く聞き取れなかった。銀時は立ち止まって次の言葉を待つ。




「・・・両親が、出て行ったんです。突然。私を置いて。まだ、小さかった。
 受け止めきれなかったんです。受け止めるには、あまりにも突然すぎて、ひどすぎて・・・悲しすぎて・・・・。
 元々広かった家が・・・・余計広く感じて・・・・・取り残されたって、思って。ただ一人で。
 ここでは私は一人きりで・・・知らない事しかなくて、誰も私を知らなくて・・・」





なぜ置いていかれた。
なぜ出て行った。
なぜ両親が居ない。
なぜ自分は一人きりなのか。





気にしだせばどんどんと疑問が浮かんで、押しつぶされそうだった。
その中で必死に足掻いて、今の自分を保つためには気にしない。気にしていないと笑って誤魔化して、現実から目を逸らすしかなかった。
幼かったが出来たのはそれだけで、周りの大人たちも必死なの姿にそれ以上、何もいえなかった。
それでも置いていかれたという事実が変わるわけでも、傷が癒える訳でもない。

癒えなかった傷に気付かないふりをして、は目を逸らしていた。
忘れる事など出来はしないが、その傷を知らぬ振りをする事はできた。それはただの逃げでしかない事は知っていたけれど。
それが突然、知らない世界に来てしまった。何も知らない、見たことない世界。
自分の足が鉛のように重く感じ、の足はそこから前へ進む事を拒み、今を今として受け止めず、目を逸らす事を決めてしまった。
それも、ただの逃げで意味のないことと解りながらも。また、取り残されたと言う事実はにはあまりにも酷だった。


だから誰かに言って欲しかった。


そんな事をしても意味が無い。現実を見ろと。
そう、誰かに背中を押してもらわなければいつまでもこの足は、前へと進んでくれなかった。

はゆっくり立ち上がって銀時の背中を見つめる。
今だ背中を向けて立っている銀時の視線はやや上。空に浮かぶ月に向いているように見える。






「綺麗な月だな」






も空を見上げた。満月は、夜の空を得意げに浮かんでいる。まるで今の世界の支配者のように。




「俺は、あんたが何処からきたのかとか正直どうでもいいんだ。
 誰もしらねェような遠い星だろうが、見た事もねェ世界だろうが関係ねェよ」




瞬きもしないでただ月を見上げながら銀時の言葉を一言一句、逃さないように聞く。




「こうやって同じ空の下に居て、同じ地面に立ってるんだ。これは紛れもねぇ現実だ。逃げんじゃねぇ。下ばっかり見てんな。
 じゃなきゃ、こんな綺麗な月だって見られねぇぜ。んな勿体ねぇ事してんじゃねぇよ」




周りを否定しつづける事は簡単だ。だがそんな事をして何の意味があるというのか。
ただ自分を追い詰めて、閉じ込めるばかりだ。

は自分の足に感覚が戻ってくるのを感じた。
今、確かにそこに立っているという感覚を。




あと、一息。




「こんな、泥だらけの私でも、色になれますか?」



「泥だらけだってかまわねぇよ。泥だって立派な色じゃねぇか。現に俺だって、ここまでくるのに泥を被りまくった。
 けど俺はこうやって、てめぇの足でここに立って歩いてんだ。あんたにもできるはずだぜ」




ただ、一歩前に足を出すだけだ。凄く簡単で、そして難しい。
今まで目の前に、自ら作った見えない壁があった。それを突き破るには勢いが足りず、の足は揃えてその前に止まったまま。



言葉で背中を、押される。反動で足が少しだけ浮いた。
見えない壁を突き抜けて、出された足は一歩、前へと出る。



「坂田さん!!」






自分の足で、歩くんだ。その為の足じゃないか。
まだ全てを受け入れるには時間が足りないかもしれないけれど。





「私はもう、逃げません!!」





立ち止まるのは、終りにしよう。





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