前へ進め、お前にはその足がある
>目を逸らすな -act05-
暗闇。
否、暗黒といった方が正しいかもしれない。
最初に感じたのはそれ。
は「そこ」に立ち、自分の周りに広がる黒を見つめた。
恐怖を感じるでもなく、不思議に思う事もなくただ、そこに立っているという事しか解らない。感じない。
意識したわけでもなく、その足はゆっくりと前へとだされ地面と思われる、足元を踏んだ。
踏んだところはまるで水溜りのように波紋を作る。
音もなくただ前へと進む。不意に手を伸ばしたように感じた。は自分の行動すらも制御できていない。
伸ばした先には、小さな光が見える。唯一、この黒の中でそれ以外のもの。
あと、少し。
―― 駄目
瞬間、声が頭の中をこだまする。
それが自分の声だと理解した時には指先は光へと、触れていた。
触れた場所から光が溢れ、は目を思い切り閉じた。
薄っすらと目を開けると、見慣れない天井の木目が夜闇の中微かに影を作っているのが視界に入った。
瞬きを数回したところでは自分が息を止めていた事に気付く。体は横にしたまま深く息を吐き、吸う。
暫くそれを繰り返し落ち着いた頃漸く、は起き上がり額の汗を拭った。
嫌な夢を見たものだと、眉を顰めて布団から出ると障子を開けて濡れ縁に立ち月を見上げる。
ぽっかりと浮かび薄く光る月は綺麗だと感じるのに、黒の中の光には何も感じる事が無かった。
黒い空間の中の光は、酷く頼りなげで。黒が全てを呑み込もうとしていたようにも思える。
全てが一色で染まった世界に、光は目立ち。
そして異質。
その言葉が浮かんだ瞬間。背中に冷たいものが走った。
――― この世界にとって、自分は異質なもの
誰が言ったわけでもない。今までは自分をそう表現した事も無かった。
だが、それはひどくはっきりと心に響き今まで、漠然としていた何かが不安と言う形で姿をあらわした。
きっと、気付かないふりをしていたのだろう。本当はもうその答えは、出ていたのかもしれない。
それを受け入れきれずに、は無意識の内にその答えから目を逸らしていた。
衝動に任せて新八の家を飛び出す。
靴も履かずに、裸足で地面を蹴る。息を切らして目的も何もなく走りつづけた。
走って。走って。
どこかで水溜りを踏んだのだろう。足の指の間や爪の中に入った土が泥になり、地面を蹴るたびに嫌な感触がする。
そう感じてもの足は止まることなく、人気の無い道をただ只管走りつづけた。
肺やわき腹が痛くなり、風を受ける頬がピリピリと痛みを感じる。走っていた足はゆっくりと歩きへと変わり。最後は立ち止まってしまった。
そこでまた、空に浮かぶ月を見上げる。
――― 何処へいっても、逃げられやしない。
――― 逃げる?何から?
それは
「こんな夜中に、んな所に突っ立ってなーにやってんの」
「っ・・・!?」
突然背後からかけられた声。驚きはゆっくりと振り返る。
やる気が無いと言えばいいのか。抑揚の無い声はやけにあたりに響いた。
満月だからなのか、元々発色が良いのか。その銀髪はやたらと目立つ。
「坂田さん・・・・」
頭の中に引っかかっていた言葉が脳内に響いた。
――― こちとら今の現実受け止めて、精一杯生きるのでもう必死なんだよ
「今」という現実からは誰も逃げられやしないんだ。
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