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前へ進め、お前にはその足がある
>目を逸らすな -act02-
この家の居間に入った瞬間、name0の目に映ったのは『糖分』とデカデカ書かれた文字。なんとも印象的な文字だと、頭に包帯を巻かれながら思った。
そして今は目の前にはこの家の家主である人物がどっかり座っている。
name0の隣にはここへと連れて来た少女が酢昆布を食べながら、ちょこんと座っている。
「いやー、すいませんねぇ。普段はそんな事する子じゃないんすけど、あれですよ、ちょっと過剰な愛情表現ってやつ?
不器用な子でねぇ」
「あのすいません、そう言いながらしっかり貴方も頭噛まれてますけど。しかも血が出てますけど。
過剰にもほどがあると思うんですけど大丈夫ですか?」
先ほどの道での突然の出会い。ありえないぐらい衝撃的なものだった。
あまりにもドキドキして危うく勘違いの恋に落ちるところだったと、name0はわけのわからない事を考えている。どうやら血が足りないらしい。
「これでよし。大丈夫ですか? 包帯きつくありません?」
「あ、はい。ありがとうございます」
「ごめんアル。まさかいきなり噛み付くとは思ってなかったヨ」
包帯を巻いた頭を申し訳なさそうに撫でられ、少しくすぐったいと思いながら『大丈夫だよ』と笑顔で答える。
確かに頭は痛いし、血は出るし、心なしかまだ生臭いが犬は好きだし過ぎた事だ。悪気も無い。
こう言う時は気にしないのが一番だと、name0はきっちりと自分の中で気持ちを整理した。
「おい神楽ァ。お前買物ついでに散歩いくのはいいけどよォ、もっとこう、人様に迷惑かけないようにしろよ。
それにお前もあれだよ、どうせ噛み付くならもっと金持ってそうで困ってそうなのつれて来いっつーんだよ。
ついでに依頼うけて俺らウハウハって奴だ」
「銀さん。そんな事したらその前に僕ら、慰謝料請求されると思いますよ。しかもめちゃくちゃ失礼な事言ってますよ、解ってますか?」
「大丈夫ヨ! そこらへんは抜かりないネ! name0、ごっさ困ってた様子だったアル! だからつれてきたネ!」
name0は自分を放って進められる三人の会話を聞きながら、あれ、じゃあ傷の手当てはついでなの?と少しだけ笑顔が引きつった。
しかしこういったときこそ気にしてはならない。気にしていたらきりが無い。言い聞かせて無理矢理自分を納得させた。
そんなname0の葛藤など知らない三人の会話はまだまだ続いている。
「おいおい、それを最初に言えっつーの! でも何、困ってるって?
家出? 彼氏の浮気? それともあれか、最近お父さんがなんかいやらしい目つきしてくるとか?」
「いや、どれも違います。というか、えーと、外の看板に万事屋ってありましたけど、失礼ですがどんなお仕事を?」
実はお互い、ここに来て自己紹介すらまともにしていなかった。
ここへ連れてこられる過程で神楽と定春は既に自己紹介済み。だが二人に至ってはまったくもってノータッチである。
何せ着いた瞬間、頭血塗れな女子がやってきたのだから二人は大慌て。やれ消毒だ包帯だと準備して、何とか落ち着いたのが先ほどなのだ。
「犬猫の捜索から家出娘の説得。ある時は大工。またある時はコンビニ店員。頼まれればなんでもやる。
それが万事屋銀ちゃんのお仕事さ。あんたも困ってるんだったら、遠慮せず依頼してくれや。」
ただ貰うもんは貰うけど、と言いながら懐から名詞を取り出す。
受け取って名前を確認したname0は「坂田銀時さんかー」と、しみじみ口にした。
「僕は志村新八です。よろしくお願いします」
「あ、申し遅れました。namename0と申します」
本当に今更ながらの自己紹介だと、自分で思いながらも丁寧に頭を下げる。
これもあの会社のおっかない先輩たちのおかげでもあると、あのいびりの日々に少しだけ感謝した。
万事屋。そう言うからには確かに何でもやるのだろう。先ほど本人もそういっていた。
しかし先ほどもname0が言ったように別に犬猫の捜索でも、家出でもない。まして彼氏なんて生まれてこの方、特技の所為で男が恐がって近寄ってこない。
父親からいやらしい目つきで見られたことだって無い。なにせ一緒に住んでいないのだから。と言うかそんな目で見てきたら鼻っ柱へし折るかもしれない。
意外と口より先に手が出るタイプなのだ。笑顔で。
もちろん困っている。だがそれでも解決出来るのか否か。name0は自問自答して多分無理なんじゃないかと思いつつ、せっかくの好意なのだしお金もある。
言ってみるだけでも違うかもしれないと、目の前に座る銀時へと視線をがっちり合わせた。
「あのですね。困ってはいるんですよ。でも何処からどう説明したらいいのか」
「name0はバナナに泣かされたアル」
「は? バナナ?」
どう切り出そうかと考えながら言葉を切ったname0への助け舟として神楽が発した台詞はなんとも的外れであった。
神楽の突然の発言に新八が意味がわからないと言うように言葉を返す。
確かにバナナが原因で少し泣きそうだったname0だったが、定春からの強烈な愛情表現(?)のおかげで今では気にしないでいる。
なってしまったものは仕方がない。今更だ。
「おいおい、わかんねぇよ。もっと解りやすく言ってくれ」
「バナナは王様アル。でもname0にとってはバナナは所詮一時的に玉座についた、ただの騎士だったアル。
でもそれでもname0は騎士を信じたネ!」
「だからわかんねぇっつてんじゃんかよ! てか何それ。どんなドラマ? バナナが主役? どんなドラマ?
あ、二回言っちゃった」
「王と騎士と言う立場に揺れる男の気持ちもわからないけど、それ以上にそんな男を想う女の気持ちはもっと複雑ネ!
所詮恋に権力なんて邪魔な壁に過ぎないアル!」
話しがずれまくっている。
いつのまにかバナナの壮大なストーリーが紡ぎだされようとしている。
name0は頬に汗を一筋たらしながら何とか軌道修正を試みようと、話しが途切れた瞬間を狙って口を開いた。
「・・・・すいません、バナナは確かに関係はあるんですが、そんなにでかい事では無いんですよ。
確かにバナナも原因なんですがね」
「name0ー!!! 駄目ヨ! お前騙されてるアル! あのバナナだけが原因じゃない! そんなバナナに心動かされたお前の心の弱さにも原因があるネ!
所詮体が目当てだったアル! だからあのバナナは諦めるしかないアル!!!
泣くなぁ! 泣いたらお前の負けだぞ!!」
「ちょっとちょっと神楽ちゃん!! なんか段々違う方へいってない!?
余計意味わかんないし! ちょっと興奮しすぎだから!」
「新八! 何が違うネ!?
男は女を騙し、騙された女は自分の気持ちを誤魔化して生きてるアル! こうして女は強くなっていくんだァァァ!」
「てか神楽、お前ちょっと黙ってて! これじゃ纏まらない! 銀さんのお願いだから黙って!」
段々と修正不可能になってきた様子に流石のname0も何とかしなければと思うのだが、如何せんあの間に入るのは無理な気がしてならない。
こう言う時は一際大きな音などを立てればいいのだが、ここは他人の家。暴れるわけにもいかない。
辺りを見回したname0の視界に一瞬入った赤い物体。先ほど神楽が買ってきた物が入っている袋である。中からちらりと覗く、赤い果物。
本当ならこんな事はやりたくは無い。何より食べ物はそう言うためにあるのでは無いのだから。しかし今はしょうがないと、name0はゆっくりとそのりんごを掴んだ。
やる前に頭の中で林檎さんごめんなさいと謝る事も忘れない。
――バンッ ゴシャリ
なんとも言えない、何かが破裂したような握りつぶされたような音に、一瞬三人は驚き動きを止めた。
ゆっくりとname0の方へ向けば先ほどから変わっていない笑顔で三人を見ていた。
その笑顔は何ら問題は無い。だが三人が次に釘付けになったのはname0の右手。
その手はびっちゃりと濡れている。頬にも少しだけかかってしまっている。
右手で握りつぶしたりんごの果汁と砕けた果肉が。
「すいません、そろそろ話を戻しても良いですか?」
「「「はい、ごめんなさい」」」
name0の特技。
―― 林檎を片手で握りつぶす事。
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