前へ進め、お前にはそのがある

>目を逸らすな -act01-







は呆然と立ち尽くし、その場で数分考えた。だが今の状況の解決には結びつかない。
目を閉じ深呼吸を一度。ゆっくりと目を開けても目の前に広がる景色に変化は無かった。
大きく溜息を零すと、ズキリと後頭部が痛んだ。



「何だってこんな事になったのかね・・・・・」


渇いた笑いを口元に浮かべ、頭を擦りながらは少し困惑していた。








まだ社会の荒波に揉まれはじめて間もない、ガラスの十代なだが、そのハートはガラスなどではない。
容赦の無い周りからの教育という名の仕打ちやら指導やら。
優しい人間も居るものの、それでも出る杭は打つ、というよりも出る前に埋め込んでしまえという勢いの嫌がらせなどを数多受け続けていた。
それでもへこたれない。むしろ気にしない方向では日々頑張っていた。
ストレスは溜まるものの、それらの発散方法もすごいものである。

普段愛用しているクッションがサンドバックに早変わり。内角を抉るように、ではなく下から突き上げ浮き上がった状態で二撃三撃と、コンボ攻撃を仕掛ける。
相手(クッション)が壁に叩きつけられても素早く下に潜り込み倒れる事を許さない。
見事なフットワークを(無駄に)駆使してストレスを発散させる。終わった後はそのクッションを慈しむように抱きしめてぐっすりと眠る。
激しい愛と鞭である。おかげでクッションは既に五代ほど世代交代を繰り返しているが、は気にしていない。
そんなのハートは鋼鉄出てきていると、昔友人が小さく漏らした事がある。
しかもただの鋼鉄ではなく、熟練の職人が丹精こめて打ち込んだ、まさに魂の篭った鋼鉄のハート。
ちょっとやそっとじゃへこたれません。
ちなみには女子が持つにはあまりにもハードな特技があるのだが、それは後になれば解る事。
今はあえて伏せておこう。
それに関しても本人曰く、『気にしないのが一番』らしい。持って生まれたものを嘆いたって仕方がないと言う事だ。


何事も気にせず受けながし、時に受け止めをもっとうとしているが困惑する今の状況に至るまでの行動はいつもと変わらなかった。





荒波にもまれにもまれた体を癒す休日。
良い天気とは言いがたい曇り空に雨混じりの臭い。雨の降った後の少し湿っぽい空気。
は下手な快晴よりも、その微妙な天気の方がテンションが上がるらしく、今朝から少しだけ意味もなくウキウキしていた。
財布に携帯とを持ち特に買いたいものがあったわけでは無いが、外に出たかったは柄にもなくウィンドウショッピングなどに繰り出そうとした。



「うーん、この雨混じりな匂いが好きー・・・・・・・ゥゲッブ・・・ゲホッ!!!



玄関を出て湿気の含んだ空気を思い切り吸い込んで、咽た。
誰も居なかったからいいものの、間抜けで恥ずかしいことこの上ない。少し涙目になりながら周りを見渡して、そっと歩き出す。
無理に咳き込んだ所為で痛む喉を擦りながら、アパート近くにある少し長めの階段をゆったりと上りだしたは、後から煽るような風に驚く。
突風は思いの外の背中を押してきた為一歩大きく踏み込んだ。バランスを崩すまいと咄嗟に重心を変え手すりに捕まろうとしたが、足を置いた場所が悪かった。



「ぅあっ!!!!????」



ずるり、といった効果音が一番合っているかもしれない。
しかしいまどきプロだってアマだってやりはしないだろう、古典的な。

あまりにも情けない理由で滑った。





「な、なんでバナナの皮がー!!!???





階段は中程まで上っていた。後ろに仰け反り落ちれば確実に後頭部をぶつける。運がよければ怪我だけで済むが、運が悪ければ花畑だ。
しかし既に中に浮いた体は重力に従って、下へ下へと落ちていく。手を伸ばしてもなにもつかめない。
せいぜい後頭部へと手をやり、少しでも衝撃を和らげるしか出来ずただ心の中で念仏を唱えまくった。
予想よりも早くその衝撃はやってきた。
反動で体が一旦小さく弾み、『イデッ!!!!』とコンクリートにぶつかったにしてはあまりにも単純な小さい叫びが、自分の口から漏れたのはなんとなく理解した。
暫くして後頭部を守った両手の甲にはコンクリートのざらざら感ではなく、土のような砂利のような感触と草のチクチクした痛みを訴え始めた。
風が吹き雨混じりの臭いはなく、変わりに土と草の臭いが鼻腔を刺激する。
ゆったりと目を開けたは先ほどまではなかった青空をとりあえず見上げ、次に視界に入ってきた見た事の無い飛行物体を確認し、瞬きを何度もした。
これでもかと言うぐらいして、とりあえず上体を起こし体についた草や土を叩き立ち上がる。



「あんな所にバナナの皮を捨てた奴誰だよ。そんな奴はバナナの中身を踏んで転んでしまえばいい」



ムスッとした顔をして、とりあえず恨み言を漏らす。
そこまでして改めて周りを見回した。そして首をかしげる。



「・・・・ここ何処? なに、もしかしてあの世?」




それにしては随分と発展しているなぁ。あれか、色んな文明を持った魂が集まるから発展したのか。
すげぇな、レトロとハイテクのコラボレーションが成り立ってるよこれ。

後頭部に手を当て軽く掻きながら周りを見てそんな事を思うが、何かが違うとも感覚が否定している。
あの世なのかと思っては居るが、頭の端では今目の前にある全ては『現実』だと訴えていた。
はそんな自分の考えに根拠など無いと解っているが、そう思わずには居られなかった。同時に認めたくも無い。


そしてとりあえず一度冷静になれと、自分に言い聞かせ深呼吸をし周りを改めて見た。
視界に入るものがそれで変わるわけもなく、ここで冒頭の台詞に至る。




痛む後頭部。手をクッションにしていたから酷くは無い。しかし痛いものは痛い。
そして視界に移るものも頭を痛ませてくれる。
皆洋と和のコラボレーションしたような服を着ていたり、かっきりした着物だったり。
昔の良き日本家屋が建ち並ぶ向こうには高層ビルなどが聳え立っている。何処の映画村だここは、と内心でツッコミも忘れない。
更に空を見上げれば未確認飛行物体があちらこちらと確認し放題である。しかも今さっき、の横をなんとも言えない。
あえて言うならば人では無い何かが二足歩行で平然と歩いていった。



「いやいや、バナナの皮でこれは無いよ。うん、無い無い。や、だって、バナナよ、バナナ。
 あのいつもおやつになるのかならないのかすごい、論争されるバナナだよ。でも昔はバナナは高級だったんだ。バナナを馬鹿にする者はバナナに泣くんだ。
 あれ、でもなんだろう、今私ちょっと泣きたいんですけど。馬鹿にした覚えは無いけど、バナナに泣かされそう」


「いやいや、それはきっとバナナがお前を強くしてくれようとしてるアル。バナナはおやつの王様だ。
 だから、きっと弱いお前の心を強くしてやろうとしてくれているんだヨ」


「そうかなー。でもバナナって王様かな。どっちかって言うと私はバナナは騎士的なイメージ、が・・・・・・・・・・?」



の口から漏れに漏れる葛藤の言葉に返って来た誰かの言葉。
途中まで返したものの、おかしいと気付き後ろを振り返った。瞬間、目の前が真っ暗。なんか生臭い。




「こら、定春! メッ! 知らない人を食べたら駄目ネ!」




が人生初、犬に食べられた瞬間だった。





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