前へ進め、お前にはその足がある
>歩き出せ -act09-
「ほら、銀さん早くして下さいよ」
「わーってるよ。たくダリーな、おい」
銀時達は源外の居るであろう河原へと向かっていた。
次の日の朝早くからお登勢がやってきて、手伝ってやれといってきたのである。
最初こそ渋った銀時だが、家賃と言う単語を出されれば嫌でもこなければならないのが万事屋の家計事情。
は相変わらず朝早くからバイトへと向かっていった為、ここ最近では朝と夜にしか顔を合わせない。
しかしそれも今日まで。そして自分らの仕事も今日で片付けなければならないと言う事だ。
「しゃーねーな。気合入れて頑張りますかー」
賑やかな祭会場は、まだ昼時だと言うのに人通りが激しい。
しかしそれらを気にしていられるほど、今のには余裕が無かった。
「いらっしゃいませ!」
「団子三つ下さい」
「はい、三つですね!」
「すいませ〜ん」
ずっと客の足が絶えないのだ。朔は後ろのほうで団子を作り詰め込んで、は接客に右往左往している。
この日のみのバイトも数人雇ってはいるがそれでもギリギリのところで何とかもっているといった状態。
朝からずっと立ちっぱなし、休みもなかなか取れず皆額に汗しつつ頑張っていたが漸く三時を回った所で落ち着き始めた。
その隙にそれぞれ交代で休憩を取りに行くことになり、に休憩が回ってきた頃には日が暮れ始めてきた。
さすがに大きな祭だけあって沢山の屋台が出ている。は人込みを避けながらも、あちらこちらと回って歩いたがさすがに回りきれない。
ついでに言うならやはり一人ではどうにも楽しめないのが本音だ。
誰か知り合いでも居れば違うだろうにと思っていた矢先に、目の前に見慣れた黒い服を見つける。
一瞬話かけるのを躊躇われた。何せ最後に会ったのは取調べの時だ。苦い思い出しかない。
だが知り合いに会って挨拶無しも失礼だろう。
しかも向こうも仕事できているのだろうから、ここは労いの言葉の一つでもかけた方が良いと思い少し離れた場所から声をかける。
「こんばんわ、土方さん」
「あ? ああ、アンタは万事屋の所の・・・あれからまた妙なもんに絡まれたりしてねーか?」
「ああ・・はい、まあなんとか。下着泥棒とかには会いましたけど・・・土方さん達は見回りですか?」
「まあな。おい、アンタん所の雇い主に言っとけよ。今日は妙な事しでかすんじゃねーってな」
土方はそのままの返事は聞かずに人込みの中に去っていった。
引き止める理由も無かったは時間を見て、そろそろ休憩も終りだと気付き少し足早に団子屋へと戻る。
戻った後はまた人が多くなってきたせいで、やたらと忙しい。しかし昼間ほどではなく、合間合間に周りを見る余裕は出来た。
綺麗な浴衣を着て歩く少女が楽しげに友達や恋人と手を繋いで歩いていたり、親子が仲良さげに目の前を通り過ぎていく。
本当ならば銀時たちと祭を楽しみたかったが、しかし仕事なのだから仕方がない。それに銀時たちも今日は修理を手伝ってくるといっていた。
まだ会場で祭の雰囲気だけを味わえている自分のほうがマシだろうと言い聞かせる。
ふと、目に映ったものに思わず視線が外せなくなる。
肩と肩がぶつかり合う人込みの中、悠然と歩いていく男が一人。目の前を他の客同様に通り過ぎていった。
その男の持つ雰囲気が他の人間を自然と避けさせているのか。それは分からないがまったく男の足は止まる事が無い。
派手な色の浴衣や着物姿の人間はたくさんいるというのに、薄明かりの中の提灯に照らされた男の容姿はやたらと目立った。
女物の着流しに黒い髪の隙間から見えた包帯。すぐにそれは人込みの中へ消えていき、は幻でも見たのかと思いながら何度も瞬きをする。
しばし呆然と立っていただったが、新たにきた客の声に我に返りすぐに仕事へと気持ちを切り替え、先ほど見たものはすぐに頭から離れていった。
「お、ここにいたか」
「あ、銀さん」
すっかりあたりが暗くなったとき聞きなれた声に顔を上げれば綿菓子片手に銀時が立っていた。
もうすぐ花火が始まるであろう時間だ。いい場所を取ろうと人は皆散っている為、数時間前までの込み様が嘘なくらい周りは空いている。
「どうだー? ちゃんと仕事やってっかー?」
「銀さんこそ。こんな所で綿菓子なんて食べていいご身分ですねー」
「俺は一仕事終えたんだよ。だからこれは、頑張った俺へのご褒美だ」
綿菓子を持った手を軽く振りながら、少しそれを見せ付けるようにして言い放つ銀時の顔はいつもと変わらない。
少々それが気に入らなかったのでわざとらしく膨れっ面をして文句を言えば、その頬をつつかれた。
今は他のバイトの人たちは二度目の休憩にいっている。はその後だ。
「あら、あなたが銀さん? 初めまして、朔と申します」
「あ、どーも」
奥から出てきた朔は銀時を見て丁寧な挨拶をする。それに対し綿菓子片手に挨拶を返す銀時はどこか間抜けにも見えた。
しかしそこが銀時らしいと言えばそうだろう。は二人を視線だけで見合わせて口元に笑みを浮かべた。
「ああ、団子、いつもありがとうございます」
「いえ、いつも美味しそうに食べているとさんから聞いていますから。こちらも練習のやり甲斐があります」
あまり聞いたことが無い銀時の言葉遣いに、思わずはむず痒くなった。
少し驚いた顔をして銀時の顔を見ていればそれに気付いたのか「なんだよ」と、少し顔を歪ませて聞いてくる。
聞いてはきたがきっと銀時の事だろう。の思っていることなど分かっているはずだ。
質問に答えずにいれば朔が二人で花火でも見てきてはどうだと言って来る。
「え、でも・・・」
「ここは大丈夫よ。もうすぐ他の子達も帰ってくるだろうし」
それに皆は花火のほうに気が取られている。そう客がくるとも思えない。
せっかくの好意なのだからとはそれ以上渋る事はせず、お礼を言って花火を見に行こうと銀時の手を引っ張っていった。
人込みに消えていく二人を見ていた朔は、まるで母親のように自愛に満ち満ちた表情をしていたことをは知らない。
「おいおい、積極的なのはいいけどよー。あんま引っ張ると腕もげるぞ」
「大丈夫ですよ。手がもげたら足引っ張っていきますから」
「ねえちゃん。銀さんもっと優しい言葉がほしいんですけど・・・」
文句を言いつつも掴まれた手を振り解かずに引っ張られるまま歩く銀時は、食べきって既にべた付く棒と化したゴミを近くの屋台のゴミ袋に捨てると
楽しそうに前を歩くの姿を見て人知れず微笑んだ。
「あ」
「ブッ!」
急に立ち止まった銀時によって、前を歩いていたは前につんのめり派手にこけた。
手を掴んでいたと言うのになんとも器用な事をすると、こけた姿を見ながら銀時は助け起こしもせずただ見ているばかり。
起き上がって急に止まるなと抗議するだが、まったくそれを意に介さず突然りんご飴が食べたいと言い出す始末。
だがりんご飴の店はこの先にはなく、戻らねばならない。
「なーなー、銀さん連日頑張ったんだからさー。ここらでちゃんからご褒美貰いたいんですけど」
「えー。それを言うなら私だって頑張ったじゃないですか。朝から晩まで働いて、団子お土産に持って帰って」
「そっちはあとで。まずは銀さんから」
「自己中ですね。握りつぶされたいですか?」
満面の笑みを浮かべ文句とわがままを織り交ぜて言う銀時の目の前で、わざとらしく右手を翳すと一瞬怯みはしたが引き下がらなかった。
いまだりんご飴が食べたいと子どものように駄々をこねる銀時に、苛立ちを通り越し呆れては仕方なくりんご飴を買ってくるといって立ち上がる。
だがいく前にやる事があると、両掌を見せて目の前に立った。案の定その手を見て銀時は不思議な顔をしての顔を見つめてくる。
「銀さん、お金」
「え、おごりじゃ 「お金」 ・・はい」
渋々懐からお金を出して渡せば、先に行ってていいと言い伝えては走ってりんご飴を買いに行った。
人込みに消えていくの背中を見ていた銀時はそのまま人波に沿って歩き出す。
りんご飴を食べたいと思っていたのは本当だ。だがに買いに行かせようと思ったのはなんとなく。
本当なら一緒に戻って買ってもよかったが、そうしなくて良かったとそのあと銀時は思うことになる。
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