前へ進め、お前にはそのがある

>歩き出せ -act08-







朔の言葉を胸にして、いつもよりもゆっくりとした足取りで万事屋へと帰った
中へ入れば仕事を既に終えた三人が居間で寛いでいる。
障子を開けて少し疲れた顔をした銀時の顔を見て、先ほど朔によって浮き彫りにされた気持ちを思い出す。
おかげで夜風でやっと落ち着いた心臓がまたドラム奏者へと早変わりだ。とりあえず、ここは早めに落ち着けるのが先決だ。


「で、仕事は失敗したんですか?」

「おいィィィィ!!! ちゃん、ちょっと帰ってきていきなりそれは無いんじゃない!?
 俺たち頑張ったよ! ものっそい頑張ったんだよ! コイツなんか公衆の面前で音痴大披露だよ!」

「いいじゃないですか! 歌うって事は音痴がどうのじゃなくて、気持ちの問題ですよ!」

「でもこのままじゃ、あのジーさんお上に切腹させられるアルカ?」


の言葉にすぐ銀時は激しく異議を申し立てるが、神楽の台詞で仕事は失敗していないにしてもなにかやらかした事は明確だ。
こうなる事は八割以上予想と覚悟はしていただった為、特にそのやり取りに対して思うところは無かった。


「勘違いすんなよ。俺たちはババアからの依頼はちゃーんとこなしたんだぞ? その後に、その、不可抗力って言うのか?
 とにかく、これは違うんだよ。電話を使えば電話代が請求され、ガスを使えはガス代が請求されるような、そんな関係性のもんであってだなー・・・」

「大丈夫ですよ銀さん。一つ仕事をこなしたらトラブルが後からやってくるなんて、万事屋の専売特許じゃないですか」


だからそんな長々と言い訳しなくても大丈夫だからとが言えば、心底複雑そうな顔になる。
全然大丈夫じゃねーじゃねーか。
そんな銀時の呟きもサラッと無視をして、は朔から貰った試作の団子を皆へと渡す。
こうやって朔とが作った大半の団子は万事屋のごはん(おやつ)として消えていくので、朔はいつもよりも張り切って作っていた節もあったが
まさかそんな理由があるとも知らず銀時たちは喜び勇んでその団子へすぐに手を伸ばす。


、オメーも最近こいつらに似て可愛げなくなってきたな。反抗期ですか、コノヤロー」

「そんな事無いですよ。銀さんはやる時はやる人だって分かってますから。そんな銀さんがカッコ良いと思いますよ」

「んだよ、分かってんじゃねーか」

さん、騙されちゃいけません」
「そうアル。やるときはやっても、やらない時はとことんまでやらないのがこのマダオネ!」


の言葉にきらりと目が光る二人は、怒涛の如くその後も銀時を罵り、蔑み、突き放した。
あまりの言いように対しもちろん銀時が黙っているわけもなく、立ち上がり抗議をするが二対一では敵うわけも無い。
しかも相手は口達者な若者だ。銀時にも実際罵られるネタなどたんまりある為か二人の言葉は途切れる事を知らない。
だんだんと銀時の台詞は同じ様な単語が織り交ぜられるようになってきてしまう。三人のやり取りを見ていたへと、とうとうその矛先がむいた。


! オメーからも一言言ってやれ!」

「んー、確かに普段やる気無かったりしますね。
 それにいい加減甘味も控えて下さいって思ったり、仕事しろよって後頭部を鷲掴みたくなったりします」

「ナニコレ!? ついさっきまでは俺の事かっこいいとか言ってたのになにこれ!?
 光の速さでつき離してきたよこの子! 何なのこの仕打ち! 俺が何したって言うんだよ!?」



でも。と切り返そうとしたが銀時は頭を抱えて叫びだしたことによりそれができなかった。
さらにはの言葉に増長され、他の二人も同様に罵り始める。正直見てて居た堪れない。
そろそろ本気で銀時はキレるのでは無いかとも思えてきたが、キレる前に拗ねてしまった。
もういい、といって和室に篭ってしまえばもうどうする事も出来ない。とりあえず残った団子を包んで台所の棚へとしまっておく。
銀時の様子に新八と神楽は呆れ顔だ。


「いつまでも少年の心をもってるんじゃなくて、ただ単に子どもなだけじゃないか・・・・」

「新八、そう言うな。銀ちゃんも難しいお年頃アル。私たちが気を使ってやらなきゃいけないんだヨ」

「や、明らかに君等がトドメさしたよ、アレ」


三人のやり取りなど知らない銀時は閉ざされた襖の向こう側できっと、拗ねてジャンプでも読んでいるだろう。
容易く想像できた姿に新八はそろそろ帰りますと言って、さっさと帰ってしまった。
結局その後も銀時は顔を見せる事はなく、神楽も今日の疲れが出たのかいつもより少し早めに寝床へと引っ込んでしまった。
やる事もなかったは神楽が寝たのを確認すると居間の電気を消して和室へと入る。


「・・・・あの、なにやってんですか?」

「・・・・・・・」


予想以上の拗ねかたをされていた。布団を被り、こちらに背中を向けている。
本当にこれではただの子どもだ。新八の台詞が鼓膜の中で勝手にリピートされた。
溜息をついて銀時の正面へと座るが、すぐに身体を回転して背中を向けてしまう。


「あの・・・」

「・・・・んだよ」

「確かに銀さんは、普段はやる気ないし、すぐ糖分摂取やパチンコで財布の紐緩めちゃうし
 家賃は滞納するし、死んだ魚のような目はしてるし、人の言う事聞かないし、けっこう屁理屈こねたりしますよ」

「なにお前。お前は俺に追い討ちかけに来たの? 俺を完膚なきまでに凹ませにきたの? そんなに俺が嫌いですか?」

「でも」


背中に向かって言うつもりはなく、そこで言葉を切っては銀時の正面に座る。
今度は背を向ける事はせずに、機嫌の悪さも相まってかいつもよりも座った目での事を見つめる。


「いざと言う時は、やっぱりかっこいいし。決める時は決めるのが、銀さんです。
 それに、普段の銀さんもいざと言う時の銀さんも含めて、私は大好きですよ」


にっこりと笑って言えばの言葉に銀時は一瞬目を大きく開いた。
しかしすぐにまた拗ねたような顔になって顔を背けてしまう。


「んな事言ったって俺は誤魔化されません。 俺に甘味を上納しなさい。 そしたら誤魔化されてあげます」

「じゃあ明日みたらし団子持ってきますね」


はそういいながら立ち上がると衝立の向こう側へと移動して布団を敷き始める。
告白だのと言う甘ったるい気持ちはなく、ただ拗ねた銀時の機嫌を直す為に言った色んな意味をこめての大好きという台詞は
我ながらに恥ずかしかったと赤らんだ頬を少し冷えた手で抑えつつそれを誤魔化す為に歯を磨きに部屋を出る。




「あー・・・ちくしょう。何だってんだ。これじゃ俺の心臓もたねーよ」


布団に顔を押しつけながら低い声で唸りつつ銀時は先ほどのの言葉を思い出す。
我ながらに拗ねるだなんて大人気ない事をしたものだと思っていたが、実際の所、神楽や新八に何を言われても俺は俺だ、で纏められる。
だがまでもが自分を二人同様に罵ってきたのがどうにも許せなかった。


「あいつ軽々しく大好きとか言ってきやがって。大体あいつは無防備すぎる。人によく抱きついてきたりするしよー。
 あ、もしかしてあいつの事だ。他の野郎にもやってるかもしれねー。それは駄目だ。絶対阻止だ。新八でも許さねー」


初めは拾ってきた猫のようなもんだった。それは猫の皮を被った熊猫だったわけだが。
最初の印象は可愛い顔して定春に食われても平然としているあたり図太い神経を持っているな、といったものであった。
そのくせ凶悪な握力を持っていたり、一途な頑張り屋だったりするの色々な一面は見ていて楽しい。
バイトがなかなか決まらないと悔しそうな顔をして抱きつかれた時には正直驚きはしたが。


「あれを素でやってんだから恐ろしい子だよ、まったく」


倒れられた時には心臓が本当にとまるかと思った。原因が疲労ということで安心もしたが、無茶もさせてしまったと反省もしている。
笑ったり、怒ったり。コロコロと表情が変わっていくその素直さが可愛いとおもうが、一度も泣いた事が無かった。
そんな事を考えていた矢先に無茶をするなと、今まで溜まっていたものをぶつけられて正直あの勢いには今でも驚く。
内に溜めに溜めたものがあったのだろう。両親の事、親戚の事。いいきっかけだと溜まった色々なものを吐き出して、言いたい事を言って、感情をぶつけさせて。
はただ純粋に子どもとして愛情がほしかっただけだ。
心配して怒られたり、いい事をしたら誉めてもらったり。本気でぶつかってほしかったのだ。ただそれだけだったのにはそれすらしてもらえなかった。
周りに気を使ったの優しさは、仇となって返って来てしまった。ここではそんな事はさせない。好きなだけ怒って、泣いて、笑えばいい。
守ってやりたいとは思ったがきっとは守られるばかりを望んではいないはずだ。だったら自身をではなく、のいる場所を守ってやろう。そう決めた。


「・・しっかしあんな境遇、普通はグレんぞ。よくまー、真っ直ぐ育ったもんだ」

「私もそう思います」

「っ!? ちょ、おまっ! いつの間に!?」

「今来たばっかりですよ。それより銀さんも歯を磨いて下さいね」


思い返しながら独り言を言っていた銀時は突然のの言葉に驚き振り返る。だが平然とした態度でさっさと自分の寝床の方へと行ってしまう。
言われてたしかにまだ歯を磨いていなかった事を思い出し、銀時は洗面所へ向かおうとした。


「あ、そうだ

「はい?」

「オメーさ、俺以外にあんな事してねーだろーな」

「あんな事?」

「俺によく抱きついてくるだろうが。他の奴にやるなよ。新八にもな。銀さんそんなの許しませんからね」



男は皆狼の皮を被ったケダモノなんだと言い捨ててさっさと洗面所へ向かってしまう。
銀時が去り閉った襖を暫く布団の中で見つめていたは、何がなんだかわからず首を傾げるばかりだった。





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