前へ進め、お前にはその足がある
>歩き出せ -act07-
夕方。閉店した後、は朔と共に祭の準備をしていた。
そうはいっても祭りは三日後。今から作る団子はその日売るものの言わば試作品だ。
ひたすら団子を作る日々。おかげでは料理よりも団子作りのほうが若干得意になった。
作りながら今朝方にお登勢からの依頼である騒音を止めるべく出かけていった銀時達を思い出す。
銀時はラジカセを担いでいたが、一体アレでどう騒音を止めるのか。
気にはなったが多分失敗して帰ってくるのでは無いかと、中々に失礼な事も考えていたがきっと誰も否定はしないだろう。
今回は滞納している家賃一月分のタダ働き。と言う事だからまずお金は望めない。チョコチョコ仕事は入るものの、入ったお金は多量の食費と甘味に消えていく。
ここは自分が踏ん張る時だとヨモギ団子を作りながら、グッと目に力を込めた。
「さん。そんなに力んじゃダメですよ」
「あ・・ごめんなさい」
やんわりとした朔の咎めの声に慌てては肩の力を抜く。
暫くの間、そこには二人が団子を作る音しか聞こえない。
手元はしっかり動いているがの思考はまた出かけていった銀時たちと、今後の万事屋の事で一杯になる。
二月分の残りの家賃を払うには、の稼ぎではとてもではないが払いきれない。
しかも鬼のように食べる定春と神楽の食費で大半が消えていく。付け加えて言うならば犬のご飯とは人よりも高い。健康の事を考えると特にだ。
そしてそんな二人にもう少し遠慮しろと言うが、それはこちらの台詞だとも言いたくなる銀時の甘味摂取量も半端では無い。
「はぁ〜・・・・」
考えれば考えるほどに頭が痛くなってくる。
思わず溜息をついてしまった。
「銀さんも・・・ちゃんと仕事見つければいいのに・・・」
本当は本人に言いたいが、きっと言っても柳に風で終わってしまうだろう事は目に見えている。
言っても無駄な事を言う事ほど疲れるものは無い。それにきっと銀時には銀時のやり方があるだろう。それを無理に曲げさせる事はしたくない。
それでも切実に生活に支障が出ているのだから、正直もう少し仕事を自分の足で見つけてくると言う行動的な事も求めているのも事実。
「どうしたのかしら? 今日は朝から溜息をついてばかりよ?」
隣で団子を作りながら朔が問い掛ければ、は今考えていた不満やらをポツポツと話し始めた。
言い終えた後で朔は微笑みながら「そう思っていても、大切な人なのね」と返される。
皆大切だと言いながら素直に頷くが、そのの行動に微笑みが少し深くなった。
「もしかして・・・気付いていないのかしら?」
「? 何がですか?」
「さん・・・恋をしているでしょう?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・え?」
こい? こいって・・・・。
恋?
「こ、こここここっ・・!!!!」
「気付いていなかったようね」
突然の朔の言葉に驚き顔を赤くしながらもは何だそれはと問いただしたかった。しかしその舌は驚きのあまり上手く回らない。
の様子にクスクスと、まるで母親のような優しい微笑で見つめている朔は桶に溜まった水で軽く手を濡らし、新しく団子を作り始めた。
朔の平然とした態度に対し、驚き途惑うは今だ手が止まったまま朔を凝視している。
「さんがその銀さんという方の話をしている時は、他の方の話をしている時よりもとても楽しそうで、嬉しそうよ」
「い、いや・・・あの・・・え? そ、そうなんです・・・か?」
「ええ。じゃあ、少し聞いてみようかしら」
「な、何を・・・?」
器用にも喋りながら団子を作る朔へ、平常心を取り戻そうとぎこちない手で団子を再び作り始めながらは問う。
しかし内心はとんでも無い内容に今だ心臓が早鐘などという生易しいものではなく、ドラムのように大きく跳ね上がっていた。
朔の言葉はまるでそれを落ち着けるかのように、ゆっくりとへ問い掛ける。
「怖い目に会った時に最初に思い出すのは?」
「・・うーんと・・・銀さん・・です」
「心が落ち着かない時はどうするの?」
「ぎ・・・銀さんに抱きつきます。落ち着くんです・・・なんか」
「じゃあ、もし銀さんが知らない女性と話している姿を見たらどうおもうかしら?」
「え? えーと・・・・うー・・・・?」
言い詰まるの様子を見て朔はまだこれは早かったかしら、と微笑んだ。
今までの質問の内容をは脳内で繰り返す。
前に後頭部に銃口を押しつけられるという、中々にスリリングな体験をしたときは、自分を落ち着けるのに必死だった。
しかしその後、銀時の姿が見えなかった事には内心でかなり不安になったのを覚えている。
バイトの面接でことごとく特技で斬り捨てられた悔しさは、銀時に抱きつく事で落ち着いた。
「・・・あの、朔さん。銀さんに抱きつくのは落ち着くんです。でも手を繋ぐのはとっても恥ずかしいんです」
これっておかしいですよね?
聞けば朔は、変わらず微笑むばかり。その微笑がどんな意味を含んでいるなかなど、には分からない事だ。
「あ、あとそう言う意味じゃないんですけど・・・前に大好きって言われた時は、その・・・やたらとドキドキしたというか」
言いながら思い出したは、やたらと頬が熱く感じた。
人生初の取調べを受けたあと、迎えに来てくれたのが銀時だと知った時は嬉しかったのは事実だ。
ターミナルで手をつないだ時は人目が気になってやたらと恥ずかしかった事も覚えている。
そこまで考えて、はとうとう観念した。
「・・・朔さん・・・」
「何かしら?」
「恋、しちゃってるんでしょうか。これは・・・」
「ええ。私も、そう言うときがあったからよく分かるわ。夫と初めて会った時はそんな気持ち、まったくなかったのに」
人生とはどう転がるのか、まったく分からない。
朔は先ほどとは違う微笑を浮かべながら、最後の団子を作り終えた。
「さん。自分の気持ちを誤魔化しては駄目。そんな事しても泣くのは自分。だったら、前に進んだ方が良いと思うの」
どんな人生を歩むかは自分で決める事だが、後悔だけはしてはいけない。
朔の言葉は静かに、ゆっくりとの胸のなかに浸透していった。
<<BACK /TOP/ NEXT>>