夫婦丼 後編







を連れて入った定食屋はまだ開店したばかりだと言うのに、それなりの込み具合だった。
暖簾を潜って店主へ、「いつもの二つ」と手馴れたように頼みながら適当な場所に座ったところで銀時の腹の虫も鳴り出す。
それと同時に先ほど打ち付けた腰が少しだけ痛み、顔をしかめた。
そもそも朝食を食べ損ねたのも、腰が痛いのも有無を言わさず外へと投げ飛ばした神楽が原因だ。
帰ったらとりあえず何か仕返しでも、と考えたところで返り討ちにあって終わりだと答えをはじき出し、諦めた。
以前も同じことがあってその時は踏みとどまらず仕返しを、と思ったが見事痛い目にあった事を思いだしたからだ。
この負の連鎖は奥さんをちゃんと貰うまで続くんだろうと分かってはいるが、そう思って簡単にできるわけでもない。


「あの銀さん・・・どうしたんです?」

「え、何が?」

「いえ、さっきから溜息ばっかりで・・・何か悩み事ですか?」

「まぁ・・・悩みっちゃ悩みだけどあんたが気にする事でもねーから」


新八の言う通り、自分が少し考えを曲げればいいだけの話しなのだがやっぱりそれは認められない。
頑固と言われようとも、そればかりは変えるわけにはいかなかった。
特に深い理由があるわけでもなく、ただの意地となってしまっている部分が多い。
それに今更つき通した物を簡単に変えてしまっては、ものすごい必死のようで、恥ずかしい。


「ヘイ、おまちどう!」

「お、きたきた。ほれ、遠慮せず食え食え。ここの飯は不味くはねぇから」

「そりゃどう言う事ですかね?」

「いやいや、冗談だって」


店主と銀時のやり取りなど知らず、出された物をただは凝視しているしかできなかった。
もちろん温かい湯気を出すご飯に生唾を飲み込み、腹の虫は先ほどよりも訴えてきている。
しかし素直に手をつけるには、勇気がいる代物だった。まさか小豆をてんこ盛りにしたご飯が丼で出されるなんて、も想像していなかっただろう。
奢ってもらうという立場上、文句は言えない。なかなか箸を持たないに「どうした?」と聞いてくる銀時へ苦笑いをして、何でもないとしか返せなかった。


「それにしても王子様は朝食は食べてこなかったんですか」

「まあいろいろあってな。つか王子って呼ぶな。なんかこう、背中あたりが痒くなるから」

「・・・え、王子様? 王子様なんですか!?」

「あー、なんかそうみたい」

「いや、そうみたいって・・・」


軽く言う銀時へ呆気にとられたは、まさに開いた口が塞がらないといった状態だ。
まさか自分を助けた人物が王子様だなんて、そんなメルヘンがあっていいものだろうか。
そう思う傍らでは別に乙女思考ではなかった。なにより、王子のいつも食べているものが、コレだ。
小豆乗せご飯。乙女でなくとも夢を崩すには絶大な効力がそれには込められている。
銀時は宇治銀時丼だ、とどこか誇らしげに言っているがこれがどんな名称であれ、今の目の前にある食べ物はこれしかないということは分かっている。
しかし食べる為には多少の勇気が必要な代物だ。まず、小豆をご飯に乗せると言う発想が、如何なものだろうか。


落ち着け
ご飯の上に小豆ってありえない組み合わせだけど、どらやきとかそんな感じで思えばいいんだ。
それにあれだよ。食べれないもの同士がくっついているわけじゃないから。食べられるだけ幸せだ、贅沢を言うな。


冷や汗を垂らしつつ必死になって自らを奮い立たせるを余所に、銀時は口に流し入れるようにして食べている。
内心、一つの覚悟を決めて箸を手にして一口食べてみた。予想に反して奇妙な味でもなければ食べれないものであるわけでもない。
元々空腹だったのもあり、気付けば二口、三口とどんどんかきこんでいく。いつのまにかきれいに平らげた丼は、お米一粒と残っていなかった。
その様子に今度は銀時が呆気にとられた。


「すげぇな。つーか、よく食えたな・・・何、って雑食?」

「え、いや・・・お腹すいてましたし・・・それに思ったより、食べられましたし。その、不味くはありませんでしたよ。っていうか、雑食ってひどくないですか?」


おいしい、とも言いがたかったが、とけして口にはしないまま、ごちそうさまでした、と頭まで下げて銀時へ言うを見て固まっていたのは
銀時だけではなく、店内にいる以外の者全員だった。
何故かいきなりしん、と静まり返ってしまった店内の様子に、ただは慌ててしまう。
そもそも薦めておいてなんだが、まさか全部平らげるとは銀時も思ってはいなかった。
普段周りから言われている事を考え、そして何よりいまだ未婚な理由がこの丼にある。それをキレイに平らげる者など今まで、自分しかいなかった。
今これを逃せばあとは無いだろう。思いたったが吉日精神。
場所など忘れて身を乗り出すと、慌てているの手をとった。


「俺と同じ丼の飯を食ってください!」

「へ? え? あ、え? えぇ??」


突然の申し出だった。しかし悲しいかな、人によって多少の違いはあるがこれがこの国の正式なプロポーズだったりする。
だが勝手気ままな一人ブラリ旅を続けているにとっては、ここは初めて訪れた国。
まさか銀時が真っ直ぐ向けてきた言葉にそんな意味合いがあるとも知らず、ただ呆然としたままその真意を必死に考えていた。

丼の飯って・・・あれ、今食べたじゃん。
なに? もう一回、って奴? それは無理だから。お腹一杯だから。食べれない事も無いけれど、甘いからあれ。
あ、それとも同じって言ってるから、今度は丼を一つにしてとか、そう言う違い?
でもそこに何の意味があるの? それになんか、店内の人々の視線が気になるんですけどォォォ!!

の思考は行ったり着たりである。
多少答えに近づいても、けして正解にはたどり着けない考えがぐるぐると回る。
それどころか店内は静まり返り、銀時の告白の答えが如何なるものか、それを全員で固唾を飲んで見守っている。
正直視線が痛くてたまらないは、冷や汗を流しながら、掴まれた手も汗ばんできて色々とどうしような状態だった。
そこで考えを変えることにする。

銀時の言葉の真意は判らないが、悪い意味では無いだろう。
意味を考えるのは後回しで構わない。今は同じ丼でご飯を食べる、というところから考えてみることにした。
それが可能か不可能か考え、出た答えは別にその行動自体に抵抗はない。

しかしこの時出した答えを後に思い出すは、後悔は無いが軽率ではあったと口にする事になる。


「べ、別にかまいませんけど・・・」

「・・・マジで?」

「ええ、まあ・・・って、え!?」


の答えを聞いて何故かいきなりの店内の大騒ぎようと、どこから持ち出してきたんだと聞きたくなるクラッカーの嵐だったりなんだり。
とにかく騒がしくなってしまった。いい大人がものすごいはしゃぎようである。もう少し落ち着こうよ、と言いたくとも言えなかった。
意味がわからず何が起こったのだと考える間もなく、は気付けば旅人からお姫様と見事な飛び級ジョブチェンジを果たしてしまった。

反論をする間もなく執り行われた結婚式で、漸く銀時の言葉がプロポーズだったのだと知り、ただ驚くことしかできない。
取り消しって駄目かな?駄目だよね?と城へ連れて行かれてから新八や神楽へ聞いてみたが、もちろん返ってきた言葉は「駄目ですよ」の一言。
それどころか、今この機会を逃すと一生あの人独身だから気の毒ですけど、犬に噛まれたと思って結婚してください、とまで言われてしまった。
あの人本当に王子様?全然敬われてないんですが。と思いながら、安易に了承するものではないと学んだは、とりあえずは受けてしまった物は仕方がないと、腹をくくった。

隣ですました顔の銀時が、なんとなく幸せそうに見えるのは気のせいかもしれないが、命の恩人から旦那様でもまあ構わないだろうと
婚礼用の小さい丼に入った宇治銀時丼を一口食べた。



「・・・やっぱり、甘い」



その後、待っていたのは食うのも困るその日暮らしの生活から、一気に夢見る乙女ならば一度は経験したいかもしれないであろう、お姫様ライフ。
しかし現実はそう甘いものでもなく、お姫様が体験するだろう世知辛さを、夢見る甘い考えを持って日々安穏と暮らしている乙女に教えてやりたいと
締め付けるドレスを身に纏いながらも、かまわず大股で歩くだった。






<<BACK /TOP/ おまけ>>