夫婦丼 前編
とある場所にある、ここは甘味王国。その名からも分かる通り、この国は甘味を特産物としている。
国があれば上に立つ者もいるわけで、この国にも例に漏れず、ちゃっかりと王子がいた。ガラでもないだろうが、銀時が一応王子である。
しかし朝日が昇りきり、町では市が開かれている時間にも関わらず、銀時はいまだ夢の中。ご立腹な様子でその傍らに立つのは、従者の新八。
いい加減に起きろと、およそ王子に対しての態度では無いがこれがここの常。誰も咎める者は居ない。
頭まで隠れるほどに被った布団を掴めば、新八は容赦なくそれを剥ぎ取る。突然布団を奪われ、もちろん怒らないわけがない。
「お前なぁ・・・毎朝乱暴な起こし方すんじゃねぇよ」
「あんたがさっさと起きればいいだけの話しです」
「え、何その態度? 俺さ、たまに自分の肩書きを忘れそうになるんですけど・・・」
「大丈夫ですよ。アンタは腐っても王子です。まるでだらけた王子、略してマダオですよ」
新八は呆れた表情を隠す事も無く言い切ると、漸く体を起こした銀時は不機嫌な顔のまま布団から出て、めんどくさそうに着替え始めた。
頃合を見計らったかのように部屋に入って来たのはモップを担いだ神楽。
どうやら銀時が起きたあとの部屋の掃除にきたらしいが、どういうわけか水で濡らしたモップの先端を銀時の顔面に突きつけた。
「ぶっ!! おめっ、なにしやがる!」
「顔を洗う手間を省かせてやったアル。感謝しろよな」
「モップで顔を洗う奴がいるかァァ!!」
敬う気持ちなど微塵もない二人の態度や振る舞いに苛立ちながら、モップで微妙に濡れた顔を拭くと
お返しとばかりにそのタオルを神楽へと投げつけた。
だがそれが当たることも無く、逆にモップで打ち返されて終ってしまう。
「あーあ、嫁さんがいりゃァ、もっと優しく起こしてくれるってのによォ」
「そんな事言うならさっさと結婚しろヨ」
「無茶だよ神楽ちゃん。この人が結婚できないのはあの奇妙な丼のせいなんだから」
「んだと? 宇治銀時丼を馬鹿にするんじゃねェぞ」
実は銀時はいまだ未婚だった。死んだ魚の目と言われても、黙っていればそれなりではあるし何より、地位がある。
一応は相手から近づいてきたりもするのだが、残念ながらこの国の特殊な結婚様式によって、なかなか結婚できないでいる。
指輪交換がないかわりに、夫となる者が決めた一つの食べ物を互いに一口ずつ食べる、などと言った不思議な方法。
そしてそれに毎回銀時がチョイスするのが宇治銀時丼であった。
いい加減国の事もあるしそこは折れて別の食べ物に変更して、さっさと結婚したらどうかと周りは言うが、どうにも銀時なりのこだわりがあるらしい。
「あれだよ。飯も甘味も両方俺と一緒に楽しんでくれるような奴じゃなきゃ、銀さん認めませんからね!」
「何でお母さん口調!? でも、そうは言いますけどあれで何回断られたと思ってるんですか」
「んなもん知るか。俺はゼッテェ譲らねぇからなッ! ・・・・て、あの、神楽ちゃん?」
「ウダウダ言うぐらいなら、自分の足で探してくるアル!」
「ギャー!!!!!」
襟首をつかまれたと思えば、容赦なく窓の外に投げ飛ばされた。
割れた窓ガラスを前に立つ神楽は仁王立ちだ。その後ろで新八は、深い溜息をつきながらただ呆然とするしかなかった。
弧を描きながら落ちていく銀時が落ちたのは、運良く木々の生い茂る場所。
途中、枝等に引っかかりながらも上手い具合に減速した為か、地面についた頃にはさほどの衝撃はなかった。
かといって怪我をしてないわけでもなく、所々に葉をつけ途中で枝が引っかかって切れた場所もある。
立ち上がり葉っぱを叩き落としながら口では神楽への文句を連ねていた。そこで鳴ったのは腹の虫。
この森は庭も同然に知った場所。もちろん町の場所もわかっている銀時は、鳴り続ける腹を押さえながら町へ向かって歩き出した。
そこで見つけたのは力無く倒れている人影。様子のおかしさに近づいてみれば、浅い呼吸はしているものの、どうにも虫の息のようである。
慌てて助け起こし、声をかければ微かな反応を示した。
「おい、大丈夫か!? しっかりしろ!」
「・・・・・・ぅっ・・・・・・」
「何があった? おい?」
「・・・った・・・」
小さく震えるようにして開かれた唇は殆ど動かず、言葉も掠れてよく聞き取れない。
声をかけながら口元に耳を近づけた銀時だったが、言葉よりも先に耳に響いたのは自分よりも盛大になった腹の虫の音だった。
どうやら空腹で倒れていたらしいことが、それで察する事ができる。
力無くグッタリとした様子に、一体どれだけ食べていないのかまったく予想できないが、とにかく放っておくわけにもいかない。
まったく動く様子もないその体を器用に背負うとそのまま、町へと向かい歩き出した。
「すいません・・・助かります・・・。あの、私、って言います・・・」
町へ向かう間に少しだけ回復したのか、は背負われたまま途切れ途切れに一人旅をしている事や、この国に初めて来たのだと話し始めた。
適度に平和で適度に事件も起こる町だ。初めて町へやってきたは、見事にスリに財布を盗られ、結局何も食べる事も出来ず
右へ左へと彷徨い歩いていた末に、森の中ならば何か食べ物があるかもしれないと入ったところで力尽きたらしい。
あそこで自分が着ていなければ、今頃餓死してたんじゃないのかと言われ、再度謝罪をもらした所で銀時の足が止まった。
「ま、俺も朝飯まだだったし、俺のお勧めでいいなら奢るけど?」
「え、いいんですか・・・? あの、ありがとうございます・・・っ」
漸く背中から下ろしたを連れ、入った店は銀時の行き着けの定食屋だった。
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