前へ進め、お前にはそのがある

>乗り越えろ -act14-







「だからやるっつってんだろ、ありがたく受取っておけ」

「やるって・・・こりゃ空き巣に盗られた時計じゃねぇか。なんでテメェが持ってやがるんだ」



雨月が去った後、走り回ったり記憶の消去だ逆流だと、心身ともに疲労が蓄積していたのだろう。
はその場に崩れるように倒れ、その日はそのまま万事屋へと帰ることとなった。
結局お菊は善次郎を別宅でトメと共に、怪我人として匿いその間は連絡はしたものの治療が済むまでは家には帰らなかったらしい。
それでも無事は確認できたし、連絡が来た際に銀時達の何かを話したのだろう。
改めて本条の家に行けば約束通りの報酬が入り、暫くはそれで凌げそうだとホッと安心したのも束の間。
いくら壊れて妙な効力が無くなったとはいえ、時計としても機能していない懐中時計をどうしたものかと皆で相談した。
捨ててまた戻ってきたらそれはそれで恐いものがある。それを考えると、無闇に捨てる事ができない。
テーブルの上に置かれたそれを囲うようにして、ソファに座る四人はそれぞれ腕を組み頭を抱え悩むこと数時間。
突然銀時がそれを掴むと立ち上がり、こういった物を好みそうな人物に心当たりがあると出て行った。
そして来たのが源外庵である。入り口の前で時計を放り投げて渡した銀時を、ゴーグル越しに見る源外は疑いの眼差しだ。
しかしそこは口から先に生まれたとも言われる銀時である。上手い言い回しで難なく回避してしまった。
言い包められた感が否めない源外だが、これ以上何を言っても無駄だろうと首を振ると、バイク代のかわりとして受取っておくと懐にしまった。

万事屋へと帰った銀時はダルそうな動作でソファに腰掛けると、背凭れに仰け反って新八へとお茶を催促した。
すっかりお茶汲みが様になってしまっている新八は、それに文句も言わず台所に行くとお茶ではなく持ってきたのはいちご牛乳。
銀時がお茶と言った際に素直にお茶を出したことがあったが、その時は「お茶と言ったらいちご牛乳を持って来るのが常識だろ」など
他にも、あれやこれや文句を言われ最終的には使えない、とまで罵られたらしい。
その話しを聞いた時の事を思い出したが思わず吹き出すと、何を笑っているんだと聞かれたが何でもないと返し、答えなかった。


「そう言えば銀さん、この間借りた木刀返しますよ」

「あ? 別に良いって、持ってろよ。そりゃ真剣ともやりあえる上物だぞ?」

「いや、アンタから借りたこれ、カレー臭いんですけど。またカレー零したでしょ」


先日の一件の際、攘夷浪士が動いているだろう事を予測した銀時は、念のためともう一本とってあった木刀を新八に渡していた。
しかしそれはついこの間、派手にカレーを零しあたり一面に匂いを漂わせていたものであり、その匂いが収まるまで実は浴室へと避難させられていた。
そんな事を知らない新八へ、お古とかそんな感じだから受け取っておけなどと言いながら、なおも押し付けようとしている。
こんなカレー臭いお古なんていらないとつき返すが、銀時もけして受け取りはしない。
そもそもそれはカレーではなく、カレーうどんを零したものだとなぜか誇らしげに堂々と言うが、かえってそれが怒りを誘う。


「いや、大差ねぇだろ! 固形が液体に変わっただけじゃねェか!!」

「だからよりカレーが内部まで浸透してるんだって。だから臭いんだって。カレーの香り漂う芳香剤だと思っておけ」

「どこが芳香剤!? むしろこんなもん置いといたらカレー臭いよ! カレー臭だよ!」

「オイコラ誰が加齢臭だっ! 俺はまだそんな歳じゃねェぞ!!」

「銀ちゃん最近オッサン臭いヨ」


突然の神楽の言葉に過敏に反応した銀時は、今度は的を新八から神楽へと変えた。しかしそのやり取りも不毛な言い争いでしかない。
それに漸く気付いたのかやってられるかと、立ち上がり言いあっていた三人は漸くソファに腰を落ち着けた。
コップに残ったいちご牛乳を飲み干したところで、銀時がそう言えば壊れてしまった砂時計の変わりはいるかと聞いてきた。
ほんの少し思案した後、お礼だけ言ってそれを断る。特に銀時はそれ以上なにも言ってはこなかった為、ほぼその場の思いつきだったのだろう。

粉々に壊してしまった砂時計。今で思えば無茶をした。その証拠にいまだの右手には包帯が巻かれている。
水仕事はまだできない為、今は新八が台所周りの事をしてくれている。すっかり主夫だと、コッソリ思ったことは本人には内緒だ。
遊染にも見てもらったが、わりと傷は浅い為に治りも早い。それでもできればこんな無茶はしないことだと、念を押された。
正直、破片が血管にでも入っていたら大変な事になっていた。今から思い返せば、本当に無茶をしたものだと微かに冷や汗が流れる。


さん。その、大切な物のかわりになる物なんてありはしませんけど、でも何かあれば言ってくださいね」

「ありがとう、でも大丈夫だよ。もっと大切なものはちゃんと、ここに残っているもの」


この心に。記憶に。魂に。ちゃんと刻み込まれている。それに大切な人たちも沢山、この町に居る。
それだけで充分だと言えば、突然短く声を上げ、それまで大人しくソファに座っていた神楽が立ち上がり、寝床にしている押入れを開け何かを取り戻ってきた。
の横に立つと、どこか恥ずかしそうな仕草をしてそれを目の前に差し出してくる。
握り締められた物がなんであるのかわからないは、首を傾げながら手を出せば掌に置かれたのは小瓶。
微かに神楽の体温を残したそれは温かく、中には砂混じりの色の付いた砂が入っていた。


「あれ・・・これって・・・」

はいいって言ってたけど、でもやっぱり大切な物アル。だから新八と二人で一生懸命集めたネ」

「まあ、砂も混じっちゃってますけれどね」


二人の気遣いにはありがとう、と言いながら大切にその小瓶を握り締めた。
割れた木片やガラス片などもあっただろう。その中を二人でわざわざかき集めてくれた、僅かに残った砂時計の砂。
もう神楽の持っていた時のぬくもりは無いが、それでも温かく感じた。
砂時計に然り、懐中時計に然り。今でも何故壊せたのかがわからない。
時計など、いつのまにか壊れてしまっていたのだ。紅桜の一件の最中であることぐらいしかにはわからなかった。
そこで思い出したかのように、時計はどうしたのかというの問いに、源外へと渡したと答えれば、納得したような短い返事のあとに手を差し伸べる。
掌を見せて差し出された手に、本気で意味がわからないといった顔をする銀時へ、笑顔のまましばしその体制を保っていた。
の行動もその真意もわからず、この手は一体何だと雰囲気だけで聞けば、ただ一言「お金は?」と、首を傾げながら聞いてきた。


「え?」

「だから、時計を売った代金ですよ。よもやタダで渡してきた、なんて事はありませんよね?」


予想すらしていなかったその言葉に、口元を引きつらせながら目を逸らし銀時は暫くの間視線を泳がせた。
そんな事をして見逃してくれるほどは甘くは無い。それどころか新八や神楽の視線までもが痛い。
ダラダラと冷や汗を流しながらも必死になって言い訳を探してみるが、こういった時に限ってこの舌は上手い言葉を紡いではくれなかった。
ただでさえ食費に大量な出費がかかる万事屋の家計だ。たとえ二束三文だろうと、収入にかわりはない。
の言葉に新八が頷けば突然銀時の体が浮き上がり、そのまま土間まで吹っ飛ばされる。
神楽によって投げられ奇妙な格好で倒れた銀時は、体勢も整えず何をするんだ、と文句を言う。
玄関先まで神楽と新八が行けば仁王立ちで銀時を見下すように、まったく肝心な時に使えないなどと罵るがそれで動くほど銀時も簡単では無い。
打ち付け痛めた部分を擦りながら立ち上がれば、今まで大人しく寝ていた定春がのそりと起きる気配を感じる。


「銀さん、どうしていつもの口八丁ぶりがそこで発揮されないんですか。いいからお金、貰ってきてくださいよ」

「あー? めんどくせぇよ。だいたいなぁ、何でもかんでも力任せに解決したって、その先には何も残らねぇよ?」

「ウダウダと煩いネ。そもそも銀ちゃんがちゃんとお金貰ってくれば済む話しヨ。定春、行くヨロシ!」

「ワン!」

「ちょ、ちょっと待ってって・・・っっ!!! あー!!!」


神楽の掛け声に従い、定春が銀時へと体当たりして外へと突き飛ばす。
玄関先のやり取りに階下からお登勢の怒鳴り声が聞こえてきた。どうやら先ほどの事でドアも外れてしまったらしい。
その様子をソファに座ったまま見ていたは、手の中にある小瓶を見つめる。窓から入りこむ温かい日差しが小瓶を照らし、反射した光に目を細めた。

この世界にきてそう長くはない。それでも数え切れないぐらいの大切なものが出来た。
それはこの手で受け止めきれないであろう程に、沢山。
幸せに、とがあの日、最後に残してくれた言葉を思い出し、握り締めた小瓶を見つめればそれを懐に入れ立ち上がり
何時の間にか二階に上がってきていたお登勢も交え、いつもよりも騒がしい玄関へと向かった。


「あ、ちょうどいいところに。このババアに言ってやれ!」

「何を言われようがこれ以上は待てやしないよ。きっちりきっかり、家賃払ってもらおうじゃないか!」

「テメェなんぞに払える家賃なんざねェ!!!」

「だったら出て行けこのクソ天然パーマがぁぁぁ!!!」


お登勢に投げ飛ばされた銀時は重い音をたてて下に落ちてしまった。柵に手をかけて様子を見れば、腰を擦りながら体を起こす。
なんと丈夫なんだろうかと思いながら大丈夫かと問いかけるへ、そんなわけあるかと答えが返ってくる。
お登勢は家賃を確り払うんだよ、といいながら店に戻っていった。
それまで二人のやり取りを遠巻きに見ていた神楽と新八は、階下で漸く立ち上がった銀時へ、さっさと戻ってこいと言葉だけを向けて万事屋へと入っていく。


「なんつー冷てェやつらだ・・・おい、オメーはあんな風になるなよ?」

「はーい。じゃあ銀さん、私も先に家に入ってますね」

「あれ? おかしいな。なんかそれ冷たくない?」

「冗談ですよ。待っててあげますから早く戻ってきてください」




いつもの騒がしさと、どこか突き放したかのような冷たい態度。
それでいてどこか温かい、これがここでの日常だ。それがひどく安心する。
変わらないこの騒がしさと笑顔と温かさに囲まれて、これからも大切な人たちと一緒に笑いあって、この町で生きていこう。
、私はちゃんと、幸せだよ。これからも、この幸せを護っていくから。
そっと胸元に手をやるとは、この日常を護っていこうと密かに誓った。














--第二部 了--


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