前へ進め、お前にはそのがある

>変化と不変 -act01-







銀時は居間の床の上に正座で座らされていた。その目の前にはが無表情のまま銀時を見下している。
二人の間にあるのは万事屋の家計がすべて預けられている通帳。開いたページにはたった三桁の数字が寂しく記載されていた。
目線を合わせているようで合わせていない銀時を見ながらは低い声で問い掛ける。


「つい先日までギリギリ五桁はあったはずなのに、これは一体どう言う事ですか?」

「いや、その・・・アレだよ・・・。増やそうかなーとか思ってたら・・・こう、吸い込まれたって言うか・・・」


明確な名称を言わないが言い訳をしようとする傍ら、銀時の手が何かを軽くまわすような仕草をする。
それは誰がどう見てもパチンコのソレだろう。は眉尻一つ動かさずそれを見つめていたが、無言のままだった。
どうせなら頭ごなしに怒られた方がまだ反論も、反発もできるが無言、無表情では不気味な怖さがあって何とも言えない。
それに下手な事を言えばいつまた、その握力の餌食になるかもわからない恐怖がある。

二人の様子を離れた場所で遠巻きに見ている新八達は、ただ事の成り行きを見守っている事しかできない。
下手に口を挟めばとばっちりがこちらにも飛んでくるからだろう。
暫し沈黙の流れたその場の空気はピンと張り詰めていたが、から深い溜息が漏らされたことで少しそれが緩んだ。


「まぁ、無くなった物はしかたありません。ここでどうこう言って戻ってくるわけもありませんからね。・・・ただし」

「?」


やっと許しが出たと一瞬気を抜いた所に最後のの言葉でまたも肩に力が入る。
一体その次にどんな言葉を零してくるのか。固唾を飲んで見守る新八達も思わず力がこもる。



「給料日まで切り詰めていかなければならないので、暫くの間甘味禁止です


「なっ!? ちょ、ちょっと待てって! そりゃ・・ 「問答無用。自業自得」 うっ・・・・」



あまりの言葉に抗議しようとした銀時だったがにべもなく却下された。



「あと、晩御飯も暫くご飯と塩と水です」

「ちょっと待つネ! いくら何でもそれじゃ私もたないヨ!」

「文句は、銀さんに言ってね。大丈夫、生き物は塩と水とってれば一週間は何とかなるから」


次いで言われたの言葉に今度は神楽からの抗議が飛ぶが、それも一言で終わる。
あまりの一刀両断振りに、今回は今までに無いほどに怒っているという事が誰にでもわかった。
これ以上何を言っても一言、二言で却下されるに違いないと思えばそれ以上、何かを言うのは無駄な事だと諦める他無かった。
だがどうやら外に出ようとしているのだろう。玄関へ向かうを呼び止めた銀時。その視線はの手に持たれている物へと向けられる。


「あ、あの・・・さん。きょ、今日は古書の日じゃないよ? つーかまだそれ読むつもりで・・・」

「知ってます銀さん? 雑誌のバックナンバーをそれなりの値段で買い取ってくれるお店、結構あるんですよ?」

「ちょっと待ってちゃーん!! それだけは、それだけは勘弁っ、
ブゲフッ!!!


両手に紐で括られた数冊のジャンプを捨てにではなく、資金作りのために容赦なく売りにいこうとするの足は止まらない。
それを何とか阻止しようと駆け寄ろうとした銀時だったが、その足を掴む何かによって思い切り倒れ、それ以上進むことができなくなってしまった。
一体何だと振り返った所で目に入ったのは恨めしい目で見つめてくる神楽。どうやら先ほどが決めた晩御飯のメニューに対する恨みだろう。
が万事屋を出た後、銀時の断末魔に近い叫びが響いたが誰一人、それを気にする者は居なかった。










そんな事があって数日経ったある日。
微妙に仕事は入るのだが失敗したり、もらえる報酬が少なかったりと相変わらず安定しない生活を送る万事屋の面々。
そんな折、一本の電話が入った。
出たのは銀時で、電話の相手はどうやら口調からして知り合いらしい事は傍目に聞いてわかったが、誰かまではわからなかった。
今は小さい仕事でも受けなければならないような家計事情。銀時は渋々といったような様子で受話器を置くと、すぐに仕事だと三人へ言って外へ向かってしまう。
急いでその後を追いかける三人は、道中どこへ向かいどんな仕事なのだと聞いても着けば判るの一点張り。


「どんな仕事かぐらい教えて下さいよ」

「だから、着けば判るって・・・あー、着いたぞ」

「え・・・ぎ、銀さん。ここって・・・」


着いたと言われ見上げ目に入った店の看板に、思わず新八は口元を引きつらせた。
今は昼間だが夜になればその看板は、妖しいネオンで照らされるだろう。
自ずと仕事の内容が予想できてしまい新八は引きつり笑顔のまま回れ右をしようとしたが、その肩を強く銀時に掴まれてしまった。


「銀さん。僕はまだレベルが足りませんので、レベル上げからやり直してきます」

「安心しろ新八。オメーはやればできる子だ。それに見ろ。勇者に武闘家、僧侶に魔法使いとバランス取れたメンバーだぞ。
 あ、ちなみにの回復魔法は俺のみ有効です」

「それ一番マズイじゃん!!」

「ちょっと店先で騒いでんじゃないわよ! って、パー子じゃない。随分早かったのね」



依頼はかまっ娘倶楽部の一日ホステスとして働けという内容だった。どうやら人手が足りないらしい。
外れて欲しい新八の予想を裏切らない仕事内容を、奥から出て来たアゴ美こと、あずみに説明されて内心打ちひしがれる。
しかし仕事は仕事。受けたからには最後までこなさなければと、諦めと共に溜息一つ。
銀時と新八は引き摺られるようにして化粧室へ連れていかれてしまったが、それを途方にくれながら見ていたと神楽はどうしたものかと顔を見合わせる。
化粧室に消えていく二人を見ていた西郷がそこで初めて達のほうへ振り返った。


「アナタ達は食器洗いとか裏手の仕事を頼むわ」

「え、あ・・・はい。わかりました」

「任せるネ!」


ドンッと胸を叩きながら言えば神楽はそのまま裏手に向かってしまう。
慌ててそれを追うだったが、その後が大変だった。
次から次へと洗う食器が入ってくれば新しい酒を取り出したり、業務用の大型冷蔵庫から食材を取ってきたり。


「ちょっと、豚肉とって」

「これで良いアルカ?」

「ちょっとォ、お嬢ちゃん!? これ鶏肉! 豚肉そっち!」

「腹に入れば豚も鶏も関係ないアル」

「あー、もういいわ、自分でとる! あ、ちゃん。アナタはテーブルから開いたお皿回収ね」

「はーい!」


途中ちょっとしたハプニングのようなものはあったものの、店の裏も表も関係なく走り回る羽目になってしまった。
銀時達は客にお酌したり舞台に上がったりと、行き着く暇も無いといった様子で閉店した頃には精神的に疲れている様子だった。



「また人手足りなくなったら呼ぶからね。でも私のお客を取っちゃやーよ」

「誰が取るかよ。ありもしねーモンはいくら俺でも取れねーよ」

「ちょっとどういう意味よ!」



店を閉めフロアの掃除をしながら冗談なのか本気なのか、判断の難しい会話をしていれば時間もあっという間に過ぎてしまう。
外に出ればすっかり夜も更け、新八はその日も万事屋に泊まる事になった。
そう連日仕事が来ることなど滅多にない万事屋。
明日は疲れた体を少し休めたい、などと思っていたがそう上手く行くはずもなく。
こう言う時に限って普段無い仕事と言うモノはやってくるものなのだと、改めて世の中の仕組みを思い知っただった。





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