冥界の双犬はを纏い

-act 08-








「・・・ここは冥界。私は、冥闘士。そして、貴方たちは敵」


焔に照らされ伸びる影が四つ。
が静かに振り返れば、視線の先にはコキュートスから脱出したミロ、ムウにアイオリアの三人。
無言のまま視線をぶつけ合う中、ムウが誰よりも先に動く。


「そこを退きなさい。それとも、まさか私たち三人を相手にするとでも言うつもりですか」

「何を言われようと、ここは退きません」


意思を秘めた目でまっすぐ射抜くよう返せば、が動かぬ事を悟ったのだろう。ここで足止めされている時間などないと、ミロが右手を微かに構えようとしたがそれより先に、アイオリアが小宇宙を高め一撃を放った。それはの顔の真横を抜け、焔の壁を鋭く突く。しかし壁は揺らぐ事すらなく、微かに火の粉が踊っただけに終わる。


「なるほど。その壁も、一筋縄では行かんと言うわけか」

「私を倒しても、この壁は消えませんよ」

「ならば、試してみようか。その言葉が偽りか真実かを」


拳を構え光速での体を鋭く射抜き、閃光を縦横無尽に走らせた。身を翻しは光速の拳の軌跡を避けるが、反撃の隙は無く余裕すらない。
目の前を走る閃光を回避する為跳躍したの頬を掠めた一撃。一瞬それに気をとられた次に感じたのは腹部への強い衝撃。気付けば背をアンティノーラの柱へ打ち付け、息を詰まらせ短く咳き込んでいた。
力の差は歴然だった。
聖闘士は幼い頃より修行を積み、心身ともに鍛え抜かれた闘士だ。比べ、冥闘士は冥衣を纏う為の媒体のようなもの。加え、闘う意思を見出したとしてもは他の者たちの様に己の力をまだ使いこなせてはいないのが現状だ。
それを見抜いていたのだろう、アイオリアは構えは解かず様子を伺うように動きを止めると柱に手を添え立ち上がるへ、それでは勝てはしないとはっきりと口にした。
強い視線と共に浴びせられた言葉に自嘲にとれる笑みを浮かべ、そうだろうと心内だけで呟く。


「もう一度言う。そこを退いてもらおう」

「お断りします」

「わからん。ハーデスの為に戦っているとは思えん。しかし、ならば何故俺たちの邪魔をする」

「確かにハーデス様の為ではないです。今はただ自分の為に闘ってます。・・・私は、私を偽りたくない」


闘士としてはあまりにも弱い理由だろう。の答えに眉をしかめたがそれも一瞬のこと。
視線を外さないのその眼はけして曲がる事の無い意思が宿っていた。それだけを見ればこれ以上の問答は無駄に過ぎないと、構えた拳に全身に小宇宙を高め纏う。
はここで初めて殺気と、他者の強い小宇宙の変化を目の当たりにした。
本能的に体は動き、高く飛び上がった眼下ではアイオリアの一撃を受けアンティノーラがボロボロに砕けていく。
その様を見ている余裕など無く次いで背後に感じた鋭い閃光。先ほどと同じようにその一撃で、の体に鋭い痛みが貫くように走り地面へ落ちるが、戦いの中で少しずつ体が覚えていっているのか、地面へ叩きつけられる前に体を回転させ、衝撃で数メートル後ろへ地表を削り滑るように着地した。
戦いへの学習能力は冥衣のおかげなのか。が乱れる呼吸を整える前に、アイオリアの連撃が地面をえぐる。


本当は闘うことが怖くてたまらない。
あえて「敵」と口にしたのは闘う為の覚悟を。対峙する相手を屠る覚悟を、確かに己の意思に宿すため。
これは聖戦。地上を守る女神アテナとその聖闘士。冥界の王ハーデスと冥闘士。その両者の存在をかけた闘いなのだ。皆、それぞれが背負う覚悟を持ってその力を揮い、意志を貫き、命をかけ、そして散った者たちがいる。
ここを護る。そう決めた事も最初でこそ言われたとおりにしていただけだったが、今では確かな闘う理由。最後の砦なのだ。
闘う意思を持たずして拳を交えることは、闘ってきた仲間や敵の意思を踏み躙ることにもなる。

「ただの人」の意思を持ったは先ほど、星矢を通したのを最後に自ら作り出した焔の壁で焼き払った。
今ここにいるのは、闘う意思を持った一人の冥闘士。


「私は天速星オルトロスの。冥界の業火、その身に受けてもらいます」

「そのようなもの、この獅子の牙で粉砕してくれる!」



が構えたと同時に響く獅子の咆哮が空気を揺らした。





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