歩み進んだその後ろに、道はある

>奴を好きなのは昆虫博士ぐらいだ 02







の目の前で新八の眼鏡を吐き出したゴキブリを、銀時と神楽で袋叩きにしていた。
新八の姿だけでなく、定春の姿も見かけない。もしかしたらすでにこの巨大化に、貴重な栄養源として一役かってしまっているかも知れない。
そう結論付けたところで、二人して蹴りつけ新八は何味だったのかと、的外れな事を聞いている。
突然ゴキブリが声をあげて鳴き始めた。対し二人はどこのチンピラだと思えるような言葉を吐きつけた。
とりあえず事務所にこいと銀時が言うが、ここは自宅兼事務所である為、あまり意味のない台詞だ。
大体事務所に連れて行ってどうするのかと問いかけようとしたが、背後の扉が倒れる音に言葉を飲み込み三人で振り返る。
我先にと押し寄せてくる大量の巨大ゴキブリが、そこには居た。


「・・・あ、あ、あはははははは、私もう駄目みたい。幻覚症状が出てますからちょっと眼科行ってきますね。大丈夫疲れてるだけだよきっと」

ちゃん、コレ眼科じゃ治らねぇから!! ちょ、こっちこい!! 食われるぞ!」

「ヘ、ヘル、ヘルペッッ!!!!」


大量の巨大ゴキブリが勢いよく挑みかかってきた。
口元を引きつらせ硬直して現実逃避を始めたの手を引っ張ると、ヘルプすらまともに言えなくなった神楽を小脇に抱えて
銀時は急いで神楽の寝床の押入れへと逃げたが、まさに袋のネズミ状態。
仲間の鳴き声を聞きつけてやってきただろうその大群は、銀時達を敵と認識して襲いかかってくる。
襖を閉めようとしたがその前に目の前に押し寄せられては、それも出来なかった。
必死に足で蹴りつけながら、寄って来る相手を押しのけ奮闘するが、神楽は襖の奥でゴキブリの数を数えて現実逃避を始めてしまった。


「エヘヘ。ゴキブリが三匹、ゴキブリが四匹、ゴキブリが五匹」

「神楽ちゃァァん!? ダメだよそんなもん数えながら寝たら! ネバネバの部屋に閉じ込められる夢見るよ!!」

「ネバネバネバーランド、そうさここはネバーランド。夢の続きなだけだよ。ホラ起きろ私。目覚ましが鳴っているよ、あははははは」

「こんなのがネバーランドなわけあるかァァ!! 夢も希望も無ェよ! おい、二人ともしっかりしろ」


二人同時に妙な夢を見始めた事で、銀時が活をいれようとしたが目の前の壁を、今では少し懐かしさすら感じられる
普通サイズの大きなゴキブリがガサガサと動いているのが目に付いた。
普段ならば絶対にしない事だが、さすがに目の前の状況を目の当たりにしては、普通サイズも可愛いものだ。
カブトムシを捕まえるかのように銀時はそのゴキブリを手にしてみれば、なぜか背中の羽に五郎と書かれていた。
誰かの悪戯にしても、まずゴキブリにそのような事をする人間は居ないだろう。よほどの物好きぐらいしかしない。
何故五郎なのか。当然の疑問だが、ここでそれを問い掛けても答えを知るものなど居ない。


「・・・・・・妙なもんだな、いつもは見ただけで鳥肌モンだが、こんな状況じゃァな」

「・・・助けるんですか?」

、お前大丈夫なの? まぁ・・・蜘蛛の糸ならぬゴキブリの糸だ」


神楽よりかは心の傷は軽症だったのだろう。が正気を取り戻すと、銀時の手の中に居るゴキブリをやや距離を置いて見た。
掴んだそのゴキブリを銀時は、一つの恩として巨大ゴキブリの迫り来る中へと放り投げる。
いい事を一つすれば、自らに一ついい事が返ってくると言うのを信じてだろう。
早速そのツキがまわってきたのか、巨大ゴキブリの栄養にされたと思った新八が何かを抱えて戻ってきた。


「お前、生きてたのか!!」

「何? 僕がゴキブリ如きにやられるわけないでしょ、超強力な殺虫剤買ってきたんスよ、ホラッ!」

「さっそくツキがまわってきやがった。イイ事はするもんだねェ」

「神楽ちゃんの仇ィィィ!!」

「いや、死んでねぇから」


よく売っていたなと思えるような大きい殺虫剤だ。多分業者用か何かだろう。
二人に買ってきたそれを渡すと三人で背中合せで立ち、周りに居る巨大ゴキブリへと撒き散らす。
その間にも新八は外の状況が大変な事になっていた事を告げる。どうやら巨大ゴキブリは、万事屋の外にも大量に居るらしい。
神楽の酢昆布で突然変異を起こしたであろう巨大ゴキブリ。それが街を襲っているのだ。バレたら打ち首だろう。
それどころか妙な噂まで横行して大変な騒ぎになっていると、新八の口にした噂の内容を聞いて銀時の動きが止まった。


「・・・新八君、もっかい言って」

「いや、だから背中に五郎って書かれたゴキブリ殺さないと、地球が滅ぶんだって。もう笑っちゃいますよね、アッハハハハ」

「・・・五郎・・・」


確かにそれが眉唾ならば、何をバカな事を、と笑えるだろう。
だが銀時は別の意味で笑うしかなかった。も理由がわかる分、何も言えない。それどころか、攻撃の手を止めてしまった。
二人の妙な空気に背中ごしに振り返った新八は、銀時のとんでもないカミングアウトに、青ざめる事になる。


「俺、地球を滅ぼした魔王になっちゃったよ。アッハッハッ〜、もう笑うしかねーや」

「私も共犯だから、参謀とかそんな所ですかね。むしろ戦闘員でいいですよ、もう。アッハッハッ」

「アッハッハッ、え? え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛!!」


妙な噂はただの噂では無く、真実だった。もう酢昆布が原因だとかそんな事はどうでもいい。
二人の言葉に五郎の姿を見たのだとわかるが、この大量のゴキブリの中に逃がしてしまった。恩を仇で返された気分である。
早く見つけないと、と慌てる新八に対して二人はもう無理だと結論付け、最後の晩餐にでもステーキを食べに行こうかと言い出す。
銀時が押し入れの奥で既に数えたゴキブリが百越えしている神楽を背負うと、玄関へ向かって歩きだす。
まだ寝巻きのままだが、もうそんな事もどうでもいい。


「ちょっとォォ!! 銀さん、しっかりしてくださいよォ!!」

「新八君、もう諦めて、ここはお妙さんも呼んで皆で仲良くステーキパーティしよう。そうしよう。悔いは残しちゃいけない」

さんもそんな自棄にならないでください!! ちょっと二人ともストップストップ!!」


そんな三人のやり取りを嘲るかのように、足元を小さな音をたてて定春の眠る和室へと入る件の五郎の姿。
コタツから顔を出した定春が五郎の姿を見て暫しの間を置くと、その手で容赦なく潰した。
そうとは知らず、現実逃避をして外へ出る三人を止める新八は、何か方法があるはずだと必死だった。
外に群がる巨大ゴキブリの群れにますます、もう終わりだ、と諦める銀時との二人。
しかし驚いた事に、次々と奇声を発して倒れてく巨大ゴキブリの姿を目の当たりにする。三人はそれを見て足を止めた。
一体何が起きたのか。ひっくり返り倒れるものに、空を飛んでいるものはそのまま失速して落ちてくる。ある意味で地獄絵図。


「あれ、あれ? どう言う事コレ? もしかして五郎が・・・」

「・・・マジで? え、じゃあ俺達助かったの? 色んな意味で助かったの?」

「で、でもまだ安心できませんよ! ゲームとかだとこの後パワーアップしたモンスターが出てくるんですから!」

さんの思考って時々凄い怖いですよね。もっと希望を持ちましょうよ!」

「ゴキブリが百五十六匹、ゴキブリが百五十七匹・・・」

「神楽ちゃァァん! もういいから! それ以上数えたら本当にネバネバになっちゃうから!」

「何がですか?」


彼等のやり取りや心配を余所に、倒れた巨大ゴキブリの姿を見て街中の人間は歓喜していた。
この危機的状況を救ってくれた救世主は誰なのか。それは名乗りあげなければ誰にも分からない。
定春自身もあの時の行動がどんな意味をもっていたのかなど分かるわけもなく、達にもわからない。
救世主定春は、あとに残った巨大ゴキブリの死骸を掃除する銀時達を横目に、いつものように平和そうに隋眠を貪っていた。





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