冥界の双犬はを纏い

-act 09-








互いの一撃が空間を裂くように繰り出された。
アイオリアの放つ数多に走る高速の拳と、の炎を纏った腱。いくつもぶつかり合い、やがては僅かな力の差がその均衡を崩す。
チリッとの頬を掠めた一撃。瞬く間に纏った冥衣のヘッドパーツを飛ばし、肩やウエストパーツを破損させていく。


「クッ・・・この!」


拳の合間を縫うように高く跳躍すると空中で体を反転させ、小宇宙を右足の先の一点に高めアイオリアの立つ場所めがけて降下する。
すばやくの攻撃を避け、はずした攻撃は深く地面をえぐり八方へと地割れが広がる。
の足に纏った小宇宙はそのまま消えることなく地中へ広がると、を中心に高く火柱と化し立ち昇った。
火柱の外で身構えたアイオリアの気配を感じ、が間を置かず飛び出て拳を繰り出す。受け止めたアイオリアは同時にその腹部へと重い一撃を放った。
後ろへと飛んでいくの体は炎の壁に叩きつけられ、衝撃に重く短いうめき声が漏れる。
ジュッと水滴が蒸発し、髪の先が焼け焦げる音を聞いたと同時に体を離すが、背中がジリジリと熱く、痛みに足から力が抜け膝をついた。
自ら作った炎の壁はすでに自身の体をも焼き尽くすほどの熱を持っている。制御など不可能だ。
腹部の痛みや背中の痛みに耐えながら、立ち上がったの見据えた先には鋭く睨むアイオリアが静かに構え立っている。
纏う小宇宙の高まりは静かに揺らめきながら、それは確かにの全身を捉え動きを封じてくる。
視線一つで相手を射殺せそうな気迫を、閉じた口の中で強く歯を食いしばるようにして耐え、やり過ごす。

その時、一つの新たな小宇宙が近づくのを感じた。
は覚えの無いその小宇宙に、悲嘆の感情が湧き上がったが表情に出す前に全てを飲み込んだ。
近づく存在に気付いたアイオリアたちは、とは違い一瞬の驚きと微かだが安堵の表情が垣間見えた。


「この小宇宙は・・・老師か!」

「これは尚のこと、これ以上ここで時間をかけている場合ではありませんね・・・」


ミロとムウの小さくこぼした言葉にアイオリアは、無言のまま、拳を握り構えを深くすることで答えた。
同時にも身構えるがその時すでに、アイオリアの次の手が目の前に迫っていた。
寸でのところで避け顔の横に伸びる腕を掴むと、そのまま強く引き寄せる。あいた掌に小宇宙を集め胸部を狙い一瞬にして炎をはじけさせた。
衝撃で後ろへ飛ばされるアイオリアは空中で体を反転させると、地面に足を滑らせるようにして体勢を整える。が、身構える暇を与えないよう、はその隙を狙って連撃へと持ち込んだ。両足先へと炎を纏い回し蹴りを繰り出す。
の動きを見切っているアイオリアは後ろへ飛ぶようにしてそれを避けたが、二撃目の蹴りを繰り出したの体がアイオリアと相対する瞬間、右手にこめた炎を蛇のようにうねらせ眼前へと放つ。
迫る炎の蛇をまるで虫をはらうかのように手を振り、炎を薙いで掻き消す。しかしそれは囮で、気付いたときには無数の炎の蛇が体に巻き付くようにして張り付いていた。
が放った手を握るようにすると、それを合図にしたかのように一気に爆ぜる。小さな火種から、体を包む大火と化す。
苦しげに声を漏らしながら足元をふらつかせるアイオリアへ、止めだとばかりに跳躍すると足先へと小宇宙を集中させた。


「ッ・・・このような炎で、俺が止められるか・・・! くらえ、ライトニングボルト
―――!!」


赤い炎は黄金色の小宇宙に掻き消される。それでもは攻撃の手を休める気はなく、アイオリアへ一撃を繰り出そうとするが攻撃が届く前に、アイオリアの一閃が弾けた。
全身を駆け抜ける鋭い一閃。一撃を受けた部分から広がる痛みを感じる間もなく、体は再び炎の壁へと叩きつけられ炎の熱に熱さと痛みが走る。
だが炎の壁から逃れようにも、アイオリアの鋭い一撃が腹部に食い込みそのまま壁に押し付けるようにして離れない。
ジリジリと背中から感じる熱は確実に体の水分を蒸発させ肉を焼き、やがて骨は灰となるだろう。
食い込んだ拳を剥がそうにも、痛みに力が入らない。それどころか、この炎の壁の消滅の方法を、ただ一度が体を打ちつけた一瞬で見抜いた事を、ここで初めて知ることになる。


「まさか、気付いてッ」

「お前の体が炎に触れた瞬間、一瞬だが揺らめきを感じた。つまりこの炎は、誰かが犠牲にならねば消えぬと言うことだ」

「・・・流石、と言っておきます・・・」


体が徐々に炎に飲み込まれていく。痛みは痛みと感じなくなるほどにまで行き着き、自身の体のどれだけが炎に食われたのかすらわからない。
ただ相手を倒すことに必死だったに対し、アイオリアはあの戦いの最中にも一瞬の違和感すら逃さず、さらにはその意味すらも解した。
経験からくる判断力。闘いにおける基礎。いや、もっと根本的な所から大きな差があったのだ。
いくら覚悟を決めたとしても、付け焼刃でしかない。ただ、の覚悟はけして偽者ではなかった。抱えた覚悟の重みに、差があったのだ。
不意にアイオリアの体が離れていく。支えを失ったようには膝から崩れ落ちた。

ああ、最後は自らの炎で焼かれて死ぬのか。それも、いいかもしれない。

倒れ虚空を見つめる瞳は炎に照らされ赤く光る。口元は力なく、微かに口角を上げ笑みを形作っていた。
まだ感覚が微かに残った左手を動かした。が、実際にはその左手は指先が微かに動いただけだった。それでもは揺らめく炎を見つめながら、必死に手を、冥界の更にその上。
懐かしい青空へ向かって、伸ばす。

もし。
もしも。
いや、叶わない事はわかっている。
でも、願うぐらいなら神様だって許してくれるはずだ。
もしも、次に目が、覚めることがあるなら。忘れ、ない。けして、大切なことを・・・忘れない。
忘れないで、真っ直ぐに、あの人のように・・・ あの人が、教えてくれたよう に 生 、 き   て  …・・ ・




の最後に見た炎は、まるでその願いに答えるかのように。それとも叶わないだろう願いを嘲るかのように。
小さく踊るようにして微かに吹いた風で揺れた。





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