寝起きハプニング







最低気温は零に近く、太陽が覗いても最高気温が十に満たない寒風吹き荒ぶ真冬。
外に出れば息は白く、コタツと以前譲り受けた小さなストーブ。その二つが万事屋にとって冬を乗り切る暖房機器のすべてである。
コタツに入りながら鍋でもつつけば更に温かくはなるが、そんな贅沢ができるほど懐は温かくない。
そんな寒い中、ホコホコと湯気の立つ風呂場で銀時はゆったりと湯船に浸かっていた。
やはり寒い時にはゆっくりと湯船に浸かるのが一番だ、と湿気を含んで若干ストレートになった髪を摘んでみた。


「明日の依頼で金入ったら今度こそストレート入れるぞ・・・!」


妙な決意をしつつ、あまりにも熱がこもりすぎた為か若干叫びがちに口にしてしまったそれは風呂場に響き渡った。
しかしいつも行く髪結い屋ではどうしてもストレートを入れてくれない。値段が他より安い為によく足を運んでいるが
そこだけは店主がなんだかんだ言ってやってくれないのだ。
いっそ新しい場所でも探してみるかと考え始めた銀時は、浴室の扉越しにが声をかけてきていた事に漸く気付く。


「銀さーん、お湯加減どうですか?」

「おー、いい湯加減ですよー。どうせならお前も入ったらどうだ?」


何馬鹿な事を言っているのだと返されることなどわかっているが、ここは軽いスキンシップとして言ってみただけの銀時だが
その言葉に対して返って来たの言葉は信じがたいものだった。


「じゃあ入っちゃおうかな」

「解ってるって、冗談だって・・・・って、え? はい? ちょ、ちゃん?」

「お邪魔しまーす」


浴室の中に充満していた湯気は、軽い音を立てて扉が開く事で一気に外へ漏れだす。
湯気の向こうに見えた影は確かにそのものであり、どうみてもタオルを巻いたようなシルエットにしか見えない。
あまりの出来事に驚き慌てふためくどころか体は固まったように動かない。そうしている間にもらしき影は浴室へと入って来た。


「ちょ、ちょっと待て! え、何? 本当にか!? 神楽か誰かが悪戯してるんだろう!? そうだと言って!」

「なに言ってるんですか銀さん?」

「あ、ちょっと湯気が邪魔・・・じゃなくて!! 、いくら何でもまだ嫁入り前でそんな!」

「嫁入り前っていっても銀さんがお嫁さんに貰ってくれるんでしょ? なら全然問題無いじゃないですか」

「確かにそうかもしれないけれど、それはそれで問題大有りだろうがァァァァ!!!」


勢いよく立ち上がった所で銀時は浴槽内で足を滑らせた。
大きく揺れる視界に、体が落下していく妙な浮遊感。その二つの感覚に体がビクリと揺れた。




「・・・あれ・・・?」


あのまま行けば浴槽の中にダイブか、運が悪ければタイルへ激突だろう。
しかし体に感じるのは奇妙な浮遊感と若干の疲労感。布団から出た顔は外気にさらされ冷えている性か、頬がパリパリと妙にヒリつく。
目の前には昇りはじめたばかりの朝日に照らされた和室の天井。
軽く辺りを視線だけ動かして様子を窺えば、あれがただの夢であったことに漸く気付く。
ありがちな夢を見たものだと思いながら、絶対この夢は誰にも言えないと自嘲の笑みを浮かべた。

まだ眠れると感覚的に思った銀時が寝返りを打とうとした時、妙な違和感を覚える。
自分の横に温かい感触と、やけに布団の中が狭い気がした。少しだけ掛け布団を捲り、中を見ればぴっとりとくっついている黒いものが目に映る。
それがの頭であると理解するまでに数秒。理解してから、いまだ半覚醒状態の脳で必死になって状況を考える。


「・・・これは所謂、添い寝って奴?」


しかし寝るときお互い衝立を隔てて一人一つの布団で寝ていたはずだ。
衝立は倒れている形跡が無い以上、寝相が悪くて転がってきたわけでは無い。それには寝相が良いのだ。
そんな事をするのはどちらかと言えば銀時か神楽だろう。
ならば自分が寝ぼけての布団に入りこんだのか。そう思ったが眠っている布団は明らかに銀時のもので、どう考えてもこれは
が銀時の布団に入りこんでいると言うことだ。
原因は判らないが、きっと夜中に一度起きて戻ってきた後、寝ぼけた状態で入った布団が銀時の布団だったなど、そんな所だろう。


「非常にこれはオイシイ状況なのか。それともマズイ状況なのか」

「ぅ・・・ん・・・? あ・・・・おはよーござ・・・ます」

「おはようさん」

「・・・・・・銀さん・・・・暖かいですねぇ・・・」

「そりゃ、まぁ、一緒に寝てるから暖かいだろうね」

「そうですよねぇ・・・・・・あれ? ・・・・・・あれ!?」


寝ぼけた頭で会話をしていたがは漸く違和感に気付き飛び起きた。
そこは紛れもなく銀時の布団。どうやら夜中にでもあまりの寒さに銀時の布団にもぐりこんでしまったらしい。
その時のことはあまりの恥かしさに忘れたいが、何故かうっすらと覚えている。人の記憶などそんなものだ。
自分のしでかしたあまりの事に赤面して声にならない叫び声をあげた。
流石にそのまま寝転がっているわけにも行かず、銀時も起きて布団の上に胡坐をかくが、なんと声をかけたらいいのか分からない。


「ぎ、銀さん・・・だ・・・ダメじゃないですか! 私の布団に入っちゃ!」

「おいおい、恥ずかしいからって罪を擦り付けに来たよこの子。ちゃん、君はいつからこっちで寝るようになったのかな?」

「ね、寝ている間に」

「無茶言うな」


添い寝ぐらいさして問題も無いだろうと自分の中にある気恥ずかしさはとりあえず見て見ぬ振りをして、淡々と答えるが当のはまったく聞く耳を持たない。
きっとこれは添い寝小僧という妖怪の仕業に違いない、とワケのわからない事まで口走り始めた所で銀時は必殺猫だましをお見舞いした。
小さく悲鳴を上げたへ、いい加減現実を見据えなさいと言えばまた黙り込む。うつむいて微かに震える様子を見ていれば
突然顔を上げて今度は何を言い出すのかと思えば、意地でもこっちは自分の布団だと主張するらしい。


「いやいや、ちゃん。落ち着いてよく考えてみようか。こっちは俺の布団? それともちゃんの布団?」

「・・・・・・ぎ、銀さんのお布団です」

「そうだよね。だから添い寝したのはちゃんのほうで、俺じゃないよね。でも昨日の夜は急に寒くなったもの仕方ないって」


まだ若干寝起きの頭で、ゆっくりと言い聞かせるように言葉を連ねれば、ぐうの音も出ないといったように小さくが唸る。
別に添い寝の一つぐらいどうと言うこともないだろうと、漸く銀時の中での気恥ずかしさやとんでもない夢オチの恥ずかしさが消えたころに
突然がハッとして顔をあげた。


「そ、そうか! 寝ている私を一度銀さんが布団から出して、自分の布団に引っ張り込んだんですよ! きっとそうだ!」

「どんだけ器用な寝ぼけ方だそれ! いい加減認めなさい!」

「嫌です恥ずかしい!」

「俺だって恥ずかしいんだコノヤロー!」


結局そのまま銀時の布団の上で正座をしたまま互いの意見を頑として譲らず、新八がやってくるまでその言い合いは続いた。
一体何があったのかという問いに二人が答えられるはずもなく。
いや、ちょっと妖怪添い寝小僧が・・・。
二人で口を揃えて言えば馬鹿な事を言ってないで顔を洗ってこいと、まだ朝の寒さが残る洗面所へけりだされてしまった。





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