サボりは道連れ、世は無情







いつもなら市中見回りをするところだが、その日は半数の隊員で屯所内を掃除する日だった。
もその一人でハタキ片手に廊下を歩いている。
ただ無意味に歩き回っているのでは無く、先ほど土方に捕まり沖田を呼んでこいと頼まれたから探しているのだが
正直このむさ苦しい屯所内が掃除で更に埃臭かったりする中、大人しく屯所に留まっているとも考え難い。
沖田の管轄はたしか裏手で古新聞や古雑誌を纏めるものだったはずだと、昨日配られた担当票を思い出す。

しかし予想通り、そこには沖田は居らず。
だが予想外な事も同時に起こった。


「んー! んー!!」

「ザキ・・・個人の趣味をとやかくは言わないけれど、新たな遊びにしては如何なものかと私は思うよ」

「ん゛ー!! ん゛ーん゛ーん゛ー!!」


うつ伏せに倒れ打ち上げられた魚のようにビチビチ動く黒い物体。
その正体は梱包紐でグルグル巻きにされ、あまつさえ猿轡までされた山崎だった。
ご丁寧に、その背中には本来縛るものだろう古雑誌や新聞が乗せられている。暴れたためかあたりにやたらと散らばってもいた。
このままこれは山崎の一人遊びであり、自分は何も見なかった事にして去ってもいいのだが、そこまでは薄情でもない。
仕方がないと溜息をついて縄を解いてやれば腹の底から吐き出したような溜息をついて、「助かった」と呟きグッタリしてしまった。


「どうせ沖田さんが「本を縛るより人を縛った方が楽しいに決まってますぜ」とか言って暇潰しも兼ねてやられたんだろ」

「正解・・・うぅ、手伝いにきたらコレだもん・・・俺、転職しようかな・・・」

「地味が売りのあんたが他にできる仕事なんてあるわけ無いじゃん」

、酷くない?」

「どこが。どうせザキだって否定できないくせに」


すっぱりきっぱりといい放つに、山崎はグッタリとした様子で項垂れた。
辺りに散らばった新聞やマガジンに、隊員がコッソリ買っているジャンプ。これは土方に見つかったら色々な意味で危ない。
なにせジャンプを読むことは局中法度だ。釈然としないが、確りと掲げられている。
山崎は土方に見つからないようにさっさと、しかりジャンプはマガジンでサンドイッチ状態で集めている姿を一瞥した
先ほどと同じような溜息をつくと同じように散らばった物を拾い集め、二人で素早く紐で縛った。
だがうまくサンドさせて縛ったとしても、横から背表紙を見れば一目瞭然だ。これは早々にどこか目のつかない場所に纏めた方が良いだろう。
そう判断した二人はさっさとそれらを持って外へと向かう。
屯所の横の一目につかない場所に一時起きすると漸く山崎は安心したように息をついた。


が手伝ってくれて助かったよ、ありがとう」

「報酬は大江戸マートの肉まん一つでいい」

「・・・ま、まぁそれぐらいなら」

「よし、行くぞ」

「え、ちょ、まだ掃除の途中・・・!」

「私は沖田さんも探さないといかんから、結局外に行かないといけないんだよ。旅は道連れって言うじゃん、諦めろ」


首根っこを掴んで引き摺るようにして歩くと、途中までは抵抗していた山崎だったがの行動はいつもの事だと諦めた様子で
結局目的に前まで大人しく引き摺られていってしまった。
ついた途端掴んでいた手を離され店先で派手に尻餅をつくと言う、なんとも恥ずかしい事となったが幸い誰も見ていなかった。
文句を言いたくとも、顔をあげればは有無を言わさず手を差し出している。
普通なら手を掴んで起こしてくれると考えるだろうが、ここは長年の付き合いだ。
山崎は黙したまま財布から肉まん代を取り出しの手に乗せると予想通り、確り受け取って店内へと入っていく。
目的の物を買えばすぐに出てくるだろうを、山崎はとりあえず店外で待つ事にした。
律儀に待たず帰ってしまってもいいだろうと思うが、以前にも同じような事があった際に勝手に帰ったらその後
一晩中、海老反固めをキメられた苦い思い出がある。あの時の痛みを思い出し、間接が痛んだ気がしたがそれは気の所為だと思っておこう。


「ザキ、どっか座る所ある?」

「あ、ああ、だったらあっちに・・・うわ!」

「よし行こう!」


強引なのはいつもの事だと、上司にも同僚にも苦労させられる山崎はもう馴れっ子さ、と思考の隅で自嘲の笑みを浮かべた。
山崎のそんな思考など知らないは見えたベンチを目指してひた歩く。その表情はどこか楽しげだったが、山崎がそれに気付く事はなかった。

ベンチに座った所で山崎は突然、目の前に半分に割った肉まんを差し出されて瞠目する。
驚いた表情のままを見れば、山崎とは対照的に表情にさしたる変化もなく無言に肉まんを差し出していた。
きっと半分はくれるんだろうと、無言の中にの意志を汲みとるとお礼を言って受取り一口齧る。
その姿を見て、突然がニヤリと笑った。


「共犯」

「え?」

「ザキも肉まんを口にした。故に、共犯。どう足掻こうとこれはサボりに該当するからね」

「なっ! ・・・俺が甘かった・・・ちょっと感心した俺が甘かった・・・」

「んふふー、このさんがタダで人に親切にすると思うかね?」


楽しげに口にした言葉は、この後土方に怒られるだろうなと考える山崎の背にズシリと圧し掛かった。
明と暗がクッキリ別れているその一つのベンチの周りの空気は、どこかひんやりした物に感じられる。
しかしの言う通り、一緒に外に出て肉まんまで買って一口食べてしまったのだから、共犯以外のなにものでもないだろう。
たとえそれが本人の意思を無視したものだったとしてもだ。腹を括るしかない。
そう思えば幾分か気分は晴れてくるが、それでも同僚の突拍子ない行動にこれから先も振り回されるだろう
予想可能な限りの自分の未来を想像して今日、今までの中で一番深い溜息をついた。
隣で吐きだされた溜息が聞こえないわけではないが、聞かなかった事にして沖田を一緒に探してくれと頼もうとしただが、その言葉は紡がれる事はなかった。
まるで二人の間を裂くようにして背後から振り下ろされた刀に驚き、と山崎は咄嗟にベンチから離れた。
背後の垣根から姿を表したのは、やたらと殺気を帯びた土方だ。二人の口元が引きつる。


「オメーら・・・、暢気にこんな所で仲良く肉まん食って堂々とサボりたァ、随分と度胸がいいじゃねぇか・・・」

「ふ、副長・・・こ、これには理由が・・・」

「ほぉ・・・どんな面白い理由が聞けるんだろうなぁ・・・?」

「いや、あの・・・沖田さんをですね、肉マンでおびき寄せようかなーとか・・・」

「おびき寄せる肉まんを何でテメーらが食ってんだ? あぁ!?」

「「ヒィィィィ!!!」」


怒号と共に二人目掛けて刀を振り下ろしてくる土方は、まさに鬼の形相だった。
説得も無理だろうと素早く判断した二人は「誰か、誰かマヨネーズを!!!」と錯乱気味に叫びながら町中を逃げ回る羽目になる。
最後には結局捕まり、ボロボロになって屯所に戻ってきた二人を見た近藤は「愛の逃避行なら休日にでもやれ」と
どこかズレた事を笑いながら言ってきたのだが、心身ともに疲弊しきった状態では最早、つっこみもままならなかった。





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