苺よりも赤くて甘い







午後のほんのりした空気を吸いながら、鼻歌混じりに機嫌よくは万事屋へと繋がる階段を一段抜かしで駆け上がった。
軽やかな動きに合わせて片手に握られたビニール袋がガサガサと音を立てる。
勝手知ったる他人の家とはまさに今のの事だろう。呼び鈴も押さず、戸も叩かず無遠慮に扉を開け中へと入っていき
居間へは行かずすぐ台所に立ち袋の中からワンパックの苺を取り出した。赤々と甘そうな色をした苺を見て、思わず笑みが零れた。
軽く水洗いをして戸棚から皿を出すと、食べる分だけを盛り残りを冷蔵庫へと仕舞う。


「銀ちゃーん、まだ寝てる? それとも起きてますかー?」


苺を見た銀時の反応を想像すると、どうにも笑みが浮かんでしまい、声も比例して弾んだものとなる。
居間に入ればソファにだらしなく寝転がりジャンプを読んでいる銀時の姿があった。
他の二人と一匹の姿が見えないのは、買物か散歩か。多分両方だろう。いつもの事なのでは特に気にはしない。
寝転がる銀時の横に立つが、生返事に近い短い返答の言葉を口にしたきり、体を起こす様子もなく一ページを暢気に捲る。
がきた事に対してさほど反応を示さない銀時に半分呆れながら、仰向けの銀時の腹の上に躊躇いなく座ると短い呻き声が聞こえた。


「・・・ちゃーん、銀さんソファじゃないんですけど・・・」

「だって銀ちゃん全然これに気付かないんだもの。まぁ、いらないなら私が全部食べちゃうからいいんだけど」

「何持って・・・ってそれ苺じゃねーか! なになに、ちゃん。銀さんの為に買ってきてくれたの?」

「残念ながらもらい物です。でも甘そうでしょ」


軽いの報復で漸く苺に気付いた銀時は、ジャンプに釘付けだった視線を今は苺をロックオンして離さなかった。
その様子につい噴出してしまいそうになるのを堪え、銀時の上から退き起き上がらせると開いた隣へと座って皿を差し出す。
しかし苺を見るばかりで何かを考えているような銀時はまったく手をつけない。
あれほどの反応を示したのだからすぐに食らいつくと思ったのに、予想外の状態にはどうかしたのかと首を傾げた。


「なぁ、銀さんお願いがあるんだけれど」

「何? できる事だったら聞いてあげるけれど」

「あーんって、食べさせて」

「・・・・・・・・・っ、無理! 却下!!」


どうせ銀時のお願いなど碌な物では無いだろうと、結構酷い事を考えていただったがまさかの内容に一瞬、思考が止まってしまった。
ただ食べさせるだけでもかなり恥ずかしいであろうに、付け加えて「あーん」などと言えるかと顔を真っ赤にさせて却下したが
銀時がそれを大人しく聞くはずもなく、いい年した大人が口を尖らせて「減るもんじゃないし、いいじゃん」などとのたまう始末だ。
暫し苺の乗った皿をはさんで意見をぶつけていた二人だったが、その問答も暫しの沈黙が訪れた事で一応落ち着く。
やっと諦めたのか、銀時は一つ苺を摘み上げヘタを取り口元に運ぶ。その姿にはホッと息を吐いた。
しかしそれこそ銀時の狙いだったなどとが分かるわけもない。
その一瞬の隙をついて起こした銀時の行動にの思考はまたも泊まってしまう事となる。


「ふっ!?」


鼻の頭がつくほどの至近距離に銀時の顔があり、口元には水で洗ったばかりのひんやりした苺の感触。
互いに苺の端を咥えている状態のためギリギリ唇は守られたが、ポッキーゲーム以上の危うさに冷や汗が流れる。
今まで経験の無い距離に銀時の顔。その表情はの様子に、してやったりといった風にニヤリと笑った。
思考が漸く動き出し、抗議しようとしただがそれより先に銀時はすぐに顔を離し、苺を指でグイとの口の中へ押し込んだ。


「どーだ、銀さんが食べさせてやったんだ。甘いだろ?」

「・・・あ、味なんかわからないよ!!」

「そーか、じゃあもう一回・・・」

「甘いです! ものすごく甘くてとろけそうです! ご馳走様でした!!」


むしろとろけそうなのはやたらと熱い頬だ、とどこか冷静な部分が言葉を思考内で走らせたが無視した。
それよりも、苺を摘む銀時に慌てたは必死になって声を荒げる。その姿に満足したのか、近かった顔や体は離れていった。
あと一歩間違えていたら完全に口移しじゃないかと思った瞬間、怒るよりも恥ずかしさに負けてはそれ以上何も言えなかった。
の様子に満足げな銀時は改めて苺を摘んで自分の口に放り入れる。
甘い、と味の感想を口にする銀時を軽く睨むが口で勝てるわけもなく、何か仕返しをすれば三倍返しなのは目に見えて分かる。
それでもやられっ放しは性に合わない。
どんな仕返しが一番銀時に堪え、自分は痛く無いのだろうかと考えたは、持っていた皿の上が空っぽになった頃に漸く一つ閃いた。


「銀ちゃん、実は冷蔵庫の中にまだ残ってるんだけど・・・・」

「マジで!? じゃあ、それは晩飯のあとに」

「それは新八君と神楽ちゃんの分だから。銀ちゃんの分はこれだけだから」

「はっ!? ちょ、ちょっと待て!」

「知りませーん。言っとくけど、二人に内緒で食べる事はできないよ。ここへ来る途中で新八君達に会ったから」


若干の嘘を交えての仕返しはどうやら効果覿面だったようで、頭を抱えて唸り声を上げている。
いつもなら可哀想な事をしたかもしれないと思うところだろうが今回は甘い顔は一切切り捨てた。
今しっかり仕返しをしておかなければ、またいつ今回のような事が起こるか。
そう何度も銀時の手の平の上で踊らされては心臓がいくつあっても足らないのだから、これぐらいは許されるだろう。


ちゃん、お願い! 銀さんの一生のお願い!」

「三日前に一生のお願いは私のプリンをわける事で聞いてあげたので却下です」


情けない声を上げる銀時と楽しげなの声は外まで響き、扉の前で新八と神楽は関わらず放っておくべきか
さっさと入って苺を頂くか、ほんの少しだけ悩んでいたと言う。





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