雨雑じりの







シトシトと朝から降り続けていた雨は昼を過ぎたあたりからだんだんと土砂降りになってきていた。
台風が近いわけでもないので学校が休校になるわけもなく、近くの川も氾濫の危険は今のところないらしい。
午後から土砂降りになる事はわかっていたが、どこかで途中で帰れるかも、などと期待していたのもあり現実とは世知辛いものだと噛み締めた。

ロングホームルームも終わり、皆が傘をさして土砂降りの中靴や足元をびしょ濡れにしながら正門へ向かって歩いていく姿を
教室の窓際に立ち見つめていたは、もう少し待ってみればもしかしたら雨が少しは弱くなるかもしれない。
そんな希望を抱きつつ、ただ誰も居ない教室で無駄に時間を過ごすのも勿体無いと、鞄を持って廊下へと出た。
まだ数名の生徒が残っているらしいが、いつもより活気が足りない廊下の静かさはやけに不気味に感じる。
雨によって気温も低い事もあるが、そんな心情のせいか寒気を感じ、身震いをしながらは図書室へと向かった。

中へ入ればこんな日でもきちんと係りの者がカウンターに座っている。静かな図書室にはページを開く音と雨音だけが響く。
先ほどとは違う静かさに、心地好さを感じたは開いている席で一番端の方を選び、鞄を置くと適当に本を選んでページを開く。
前から気になっていた小説だったが、中々時間がとれずに借りる事ができなかった。これを機に少しでも読んでやろうと思ったが
予想以上に好みの内容であった為、すぐに周りの音など聞えなくなる。
それ故に、目の前に座った人物の気配にすら気付けなかった。



「恋で人が変わるのか。・・・随分とおかしなもんを読みますねィ」

「・・・・・・・・・・え? あれ、総悟? いつからいたの?」

「十分ぐらい前かな? 、オメーさんも奇妙なもんを好むな、まったくガキ臭ェ」

「何そのあからさまな溜息は」



頬杖をつきながらの顔をマジマジと見つつの溜息に、ムッと顔をしかめて改めて読み途中の文章へ視線を向ける。
読み進めようとするがその都度、沖田によって遮られ最後にはとうとう本を綴じてしまった。
本を読むなら集中して読みたい。そうでなければ内容が頭に入らない。読むだけ損である。
こうなれば時間はあまり無いが、それでも時間を作って家でゆっくり読んだ方が良いと、カウンターへとかばんを抱えて本を持っていく。
沖田は視線でそれを追っていくがが貸し出しカードに記入をしている最中に、声もかけずにでていく。
視界の端からそれを見たは、内心邪魔をしにきただけか!と腹立たしい気持ちが湧き上がってきた。
図書室を出る前に窓の外を見れば多少は雨足が弱まったように思える。
帰るならいまだと、迷わず昇降口へと向かったは下駄箱の前で足を止めてしまう。



「何でアンタまだいんの?」

「つれねェ事言うなよ。待ってやってたんじゃねーか」

「別に頼んでないんですけど・・・」



言っても聞きはしないだろうと思っても口は閉ざされる事はなく、憎まれ口の一つ二つは零れ出てしまう。
沖田がそれに更に突っかかってくるわけもなく、手応えの無いやり取りに溜息をついたがそれは雨音に掻き消されてしまった。
本当に一緒に帰るつもりなのか、が靴を履いている横で沖田も靴を履くと傘を手にとる。
ここまで来ればああだこうだと文句を言う気も削がれてくるというもので、沖田の横でが傘を広げれば突然、沖田の肩がぶつかってきた。



「ちょ、なに!?」

「傘差すの面倒なんで、入れて下せェ」

「ヤだよ! 肩濡れちゃうじゃん! アンタ傘もってんだから・・・って、ちょっと!」

「ほらほらー、さっさとしねェと置いてくぜ」



の傘を奪ってさっさと外へと出ようとする沖田を逃すまいと、必死に追いかけ中に入れば必然的に相傘となってしまった。
走って追いかけたせいか、泥が跳ね返り沖田のズボンの裾との靴下が汚れる。
クリーニング代を出せだの、突然歩き出した沖田が悪いだのと、文句を言いながらも雨の中を歩く二人は
傍から見れば仲睦まじいと微笑みの対象となるだろう。しかし本人達は飽くまでクラスメイトなだけである。
そんな事を言われればは全力で否定する事は火を見るより明らかだ。

授業の話から部活の話。果ては最近凝っている呪いの話など、いらない知識まで植え付けられ始めたは足を止めた。
十字路になっている道の手前。ここで沖田とは道が分かれる。微妙に肩をぶつからせながら窮屈な思いをしての相傘もここでお終いだと判ったとたん
ホッと息をつき肩の力を抜いたがそれは無意識の事。
の様子を見ていた沖田が傘をに無言に持てと動きで示すと、今まで腕にかけていた自分の傘を広げた。
そこで初めて、沖田の肩がずぶ濡れな事に気付く。



「総悟、肩濡れてるんだけど・・・」

「傘が小さいのがいけねェんでさァ」

「ここまで入ってきて文句言う!? いや、それより・・・大丈夫なの?」

「なんでェ、心配してくれるのか? こいつァ、明日には大荒れだな」



肩を竦めながら自分の傘に入っていこうとする沖田へ、どういう意味だとつかみかかろうとしたは突然振り返って顔を近づけられ
驚き二、三歩程後ろに下がってしまいそうになったがそれは掴まれた腕で叶わない。
耳もとでボソリと、何かを呟いたと思えばすぐに顔を離し何事も無かったかのように「また明日」と背中を向けて歩いていく。



隣の空き地の誰の物とも知れぬ物置のトタン屋根に跳ねる雨音。
雨どいから流れる大量の水が激しく音を立てる。
傘に弾かれる水音は先ほどよりも激しくなっていた。












――― 肩塗らしてまで相傘する相手はだけでィ












周りのどんな音よりも、は自分の心音がうるさくてたまらなかった。






「・・・・言い逃げかよ、チクショー・・・」





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