白くて甘いもの







神楽達が出かけて数時間。
万事屋の居間ではテーブルを挟んで向かい合って座ると銀時の二人だけしか居ないが、会話は一切ない。
ジャンプを広げる銀時と、新聞を広げる。だがページを捲る銀時に対し、はさして興味もない経済欄を開いたまま止まっていた。
そもそも、新聞すらまともに読む事がないのに広げているのだから、今の光景は滅多に見られない。
他人からしてみれば、たまには読んでみようと思ったのだろう、と結論付けるだろうが実はそうではない。
銀時はジャンプを読みながら、チョコだのパフェだの。ようは甘い物が食べたいから買ってくるか作れと、要求しているのだ。
目の前から呪文のように繰り返し呟かれる要求に根負けしないようにとった手段が、新聞紙のバリケードというわけである。
しかしいい加減、一時間もずっとその調子ではも苛立ってくるのは当然だった。



「なー、

「あー! もう、うるさい銀ちゃん! 大体お金もないし、医者に止められてるでしょ! ダメ!」

「んなこといってもさー、甘味は俺にとって酸素と同じなんだって。無いと死んじゃう」

「摂取したらもっと体が大変な事になるからダメって言ってんの!」



テーブルを壊す勢いで叩きながら熱弁するが、その熱意はユルリユルリと流れていってしまう。
本当に心配をしていると言うのに、その気持ちが何故伝わらないのだと半ばキレ気味に言えば、だんだんと目元が潤んでくる。
感情が昂ぶって涙腺が刺激されたのだろう。いい加減、この涙脆いのをどうにかしたいと思いながら開いた口からは甘味は駄目だと繰り返す。



「判った、判ったから泣くなって!」

「う〜、最初からそう言ってくれればよかったのに・・・泣くと鼻水も出てくるから嫌なんだよ!」

「え、そっち?」



ハンカチで乱暴に拭き取ると先ほどまでの剣幕はどこへやら。
喉が乾いたと、勝手知ったる他人の家。台所へ行って水を飲み居間へと戻れば、銀時はさっきまでが広げていた新聞を見ていた。
あまり世間の事に関心がない銀時にしては珍しく、食い入るようにしてみている姿にが気にならないわけじゃない。
後ろに周って見て銀時の視線の先を辿ってどの記事なのか確認した瞬間、は固まった



「銀ちゃ・・・・」

「・・・ケーキ・・・」

「・・・」



よほど甘味が食べたいのだろう。半分以上意識がどこかへ飛んだような顔つきで、半開きになった口からは涎が零れ落ちそうになっている。
銀時の様子に大きく溜息をつき、玄関へと向かうとその気配を感じたのか漸く記事から視線を外して顔を上げた。



「あれ、どこ行くんだ?」

「ちょっとコンビニまで」

「気を付けろよ〜・・・・
ケーキ・・・」



最後に付け足された言葉は聞かなかったことにして、障子を静かに締めた。



すぐ近くのコンビニに行って目的の物を買ってきたが帰って来れば、居間にはジャンプを読み終わり暇になったのだろう。
ソファに寝転がり転寝している銀時の姿が視界に入りこむ。
起こそうかと近寄ったがその必要もなく、ムクリと起き上がるとスンスンと鼻をひくつかせた。
その様子を見てなんと勘のいい男なのだと呆れ半分、感心半分の心境で台所へと行き、皿を一枚出して銀時の前に置いた。
何を買ってきたのだという銀時の問いに答える事はなく、はコンビニの袋から、白い物を取り出して皿の上に置く。
ホクホクと暖かそうな湯気を立ち上らせるそれを見た銀時は、なんとリアクションをしていいのか分からず何度となくとそれとを見比べた。



さん、これは一体何?」

「白くて、甘いもの」

「そうだね、白いよねこれ。白くてホカホカだよね。で、甘いって?」

「あんまん」



何故突然あんまんなのか。
つい先ほどまで、甘味は駄目だと言って泣いてまで止めたと言うのに何故目の前にあんまんを置くのか。
銀時の疑問は尽きる事はなく、だからと言ってが何かを言ってくる気配もない。
三度ほど、あんまんとで視線を行き来させた後、何故あんまんを買ってきたのかと聞けばこれ見よがしにケーキの広告を見ていたら
もう妥協するしか無いと、押しに弱く、案外意志が弱いは手軽に甘さを噛み締められ小腹も満たされるものを買ってきたわけらしい。
なんだかんだでこれもの優しさなのだろうと、けして口にはしないが思いながらよく見れば一つしかない。
聞けばお金もあまり無いから銀時の分しか買ってこなかったらしく、それなら半分にしようかと珍しく銀時が甘味を他人に分けようとしていた時である。
突然、ザクっと鈍い音が聞こえたと思えば、あんまんの天辺に突き刺さったのはよく誕生ケーキなどに刺す細い蝋燭。



「ちょっとォォォ!!! ちゃんっ、これなに!? あんまんに恨みでもあるのかァァァ!!」

「そんなわけ無いじゃないですか。ケーキが買ってあげられないので、せめて気分だけでもって言う気使いですよ」

「・・・・・・、
ありがた迷惑って言葉、知ってるか?

「私の辞書からは消去されました」



本気の気遣いなのか嫌がらせなのか。
真意を確かめたくともできなかった銀時は、蝋燭の突き刺さった奇妙なあんまんを凝視した後
意を決して食べようと手を伸ばしたがその手はに払われ何をするのかと抗議しようとすれば、ライターを片手に今まで見たことがない
とてもいい笑顔で蝋燭にそっと火をつけて、おめでとうと言いながら差し出してきた。

一体何がめでたいと言うのか。めでたいのはお前の頭の中だ。
そう言おうと思えば言えたが、これもなりの親切だと必死に大人の対応をした銀時を誉める者はいなかった。





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