十人十色







今は四時限目の三年Z組。担任である銀八の国語の授業中であった。
銀八は教壇前で一通り、席に座る生徒達を見渡すといつもと変わらない気だるげな顔つきのまま口を開く。


「よォし、オメーら。教科書しまえー。ノートしまえー。筆記用具もしまって弁当箱広げろー」


「先生、今はまだ授業中です」


突然の銀八の言葉にも動じることなく、新八は律儀に挙手をして鋭い突っ込みをいれる。
また始まった、という気持ちと呆れの気持ちがない交ぜになった新八は、ただその表情は真顔。
対して銀八は何を言っているんだお前は、といった気持ちが多少表に滲み出ているようで、無表情のようで微妙に表情がある。


「お前は本当わかってねェな。だからお前は突っ込みだけが冴えている志村弟なんだぞー」

「いや、わけわかりませんから」

「いいかー、大人ってのは何事も五分前行動が大切なんだよ。事全てにおいて、余裕を持った行動。
 お前らもなー、三年なんだからここらへん、しっかり頭に叩き込みつつ全身に書き込んで座禅でも組んでおけ」

「先生! それは最後に耳がもっていかれる危険性があります!」


挙手をしながら答えたのは土方。
銀八はいたって冷静に、やる気なさげに耳の中まで書き込んでおけと言って日直が誰だったか思案する。
どうやら本当に授業を終える気らしいが、そうなる前にまた一人、挙手をした。


「なんだ? 言っておくけどな、もう俺は腹減ってんだよ。
 早く飯を寄越せと腹の虫が俺の全身に指令を出しているんだよ。逆らえねーんだよ、コレ。
 飯食って、読書と洒落込みたいんだ。だから下らねェ質問だったら、お前の国語評価一つ落すからな。コレ絶対」

「先生、それは職権乱用と言います。
 あの、さっき先生は五分前行動といってますが朝のホームルームに必ず五分遅れてくるのはどう言う事ですか?」


の質問にクラスの誰もが、ああそう言えば。という顔つきになる。
そこの所どうなんですか!?と、たぶん夕方のニュースなどの受け売りだろう。
神楽がちくわをマイク代わりに掲げて銀八へと詰め寄ったが、それは丸めた教科書で頭を叩かれて終わった。


「はい、バカですかは。先生の話を聞いてましたか?
 だから何時までたっても出るとこ出ないでへこむ所がへこまないんですよー」

「訴えられたいかこのセクハラ教師」

「何事も余裕を持って行動とも言いましたよー。それに朝だけ許される、ある魔法の言葉があります。それが『あと五分』です。
 これほど画期的な余裕を持った行動は無いわけです。お前らも俺を見習って余裕ある行動をとるように」


それはただの屁理屈だろうという生徒達の言葉など意に介さず、銀八はさっさと日直に号令をさせて授業を終えてしまう。
だが銀八は何時までたっても教室を出ず、教壇横にあるパイプ椅子へと座ってしまった。
一体どうしたというのか。皆一様に気にはなったが、何か嫌な予感がして聞くに聞けない。しかし聞かなければいけない気もする。
誰しもが同じ事を思い、瞬時に周りの者達が目配せをするとは突然背中を誰かに強く押された。
その真意をすぐにわかったが後ろを振り返り、恨みがましそうな顔をするが皆、他人の不幸は蜜の味と言う顔で丁寧に手まで振り見送ってくれた。
なんともありがたい友人を持ったものだと思いながらも、その表情は苦々しい。

銀八へ、一体どうしたのか問う者として白羽の矢が当てられた
おずおずと歩み寄ると、ほんの数秒沈黙して口を開く。


「・・・・・・ど、どうか・・・したんですか?」

、お前金持ってる?」

「え、あ、いい・・・い・・・っ・・・イエス・・・・・・

「何で英語?」


もちろんちゃんとお金は持っている。
何かあったら、と一応用心して困らない程度には持ち歩いてはいる。
それを正直に話したくなくてはいいえ、と否定の言葉を出そうと思ったが突然背後からドス黒い空気を感じた。
ここで持っていない、などと言えば今度はその矛先が他の者達へと向く事になるからだろう。


「まあいいや、今度返すから貸してくれねー? よく考えたら今日、弁当忘れたんだわ」

「・・・・・・他の先生とかは?」

「誰も貸してくれねー。朝から聞き捲くったけど、皆薄情だよなァ?」


なァ?と問い掛けられましても。

の心境はただそれだけである。何故誰一人として貸さないのだろうか。
返金に関してルーズなのか、踏み倒すのか。どちらにしても僅かな小遣いでやりくりするにとっては、痛手である。
ここは絶対返すという約束を取り付けなければならない。少々鬼かとも思ったが、己の財布の中身が掛かっているのだ。鬼にならざるえない。


「良いですけど、絶対返して下さいよ」

「良いけど、高利子は無しだぞ」

「じゃあ約束、絶対返して下さい。さもなくば校長に授業を早く切り上げていることバラして減給して貰います」

「うわー、なにこの子、先生を脅迫してきたよ。ちょっと昼飯代貸してもらうだけで何でそんな高リスク?」

「上手い話には裏があるっていうじゃないですか、先生?」


勝ったと確信し、にっこりと笑って言い放てば銀八からは深い溜息が漏れる。
今まで崩すことの無かった、いつものやる気の無い表情があからさまに崩れ、呆れとも諦めともつかない表情。



「なんで、うちのクラスってこう言うのばっかりかなー?」


「そんなの決まってるじゃないですか」



担任がこんなんだから、というの言葉に頷くクラスメート達。
とうとう反論をする気もなくなったのか、からしっかり借りた昼飯代を握って銀八はトボトボと売店へと向かった。





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