初恋の味はんまい棒







と二人でお茶をしていた。
いつもならばバイトに行っている時間なのだが、今日はいつもとシフトが違い空いた時間をたまにはのんびり過ごそうと思い
を誘っただったが、実の所の言葉など上の空だった。
何を言われようとも「あー」だの「そーだねー」だの。答えているようでいない返事ばかり。いいかげんの態度に苛立ちを覚えた
躊躇わずの頬を思いきり抓るとその痛みに気付き、やっとの事では現実へと戻ってくる。


イダダダダッ!! な、なに!?」

「何、じゃない。アンタいい度胸してるわね。私を呼んでおいて上の空とは・・・」

「あ・・・ゴメン・・」

「で? 一体どうしたの? まるで恋でもしたかのようだけ・・・ 
「そう! そうなの!!」 ・・・何?」


の呆れ気味の言葉に突然食らいつきテーブルへと身を乗り上げる勢いの
驚きながらもすぐに冷静さを取り戻したは、まずは落ち着けとを椅子に座りなおさせて話を聞けば初恋らしいと言う事がわかった。
だがここはである。と違い辛い恋や世知辛い恋など、色々な泥沼を見聞きし、時に体験した立場である故に
の浮かれっぷりを注意しつつも話を聞きだす。


「一体誰なわけ? 私も知っている人?」

「うん。と言うか、有名人」

「え、マジ?」


一体誰だと考えるが、芸能人などに疎いにもわかる有名人など、それこそに分かるわけも無く。
名前を聞くが恥ずかしがっているのかなんなのか、なかなか言おうとしない。
しかし写真はあると言ってカバンからこっそりと出してきた、写真と言うよりも紙切れを受取り広げてみた。
暫くその紙面上の人物を見て、は何も言わずそっと折り直すとへ返す。


「・・・・有名人どころじゃなくて、お尋ね者じゃない・・・・」

「この顔にキュンと来たら恋の110番と思ってに電話したんだけど・・・」

「私は恋愛相談所か何かか、オイ?」


初恋とは実らないものとよく言うが、よりにもよってハードルが高すぎる。
チャレンジャー精神どころの話では無い。しかし恋とは突然やってくるものだ。に非は無い。
深く溜息をつきたい衝動を何とか抑えつつ、へ馴れ初めを聞く
運ばれてきたお茶を飲んでは静かに話し出した。








その日もはバイトだったが、いつもより1時間ほど遅い帰りとなってしまった。
日も短くあたりは既に店の看板灯や提灯などの人工的な灯りに包まれ、酔った人が行き交う道をは一人歩いていた。
少しだけ近道をしようと考え途中、いつもは曲がらない路地へと入りこみ暫くしたときである。
目の前から二人組みの男が千鳥足で、時折路地に置かれたゴミ箱や放置されたゴミを蹴飛ばしながら上機嫌に歩いてくるのが見えた。
それを視界になるべく入れないように俯き加減で歩いていたへ、すれ違う前に男の一人が声をかける。
酔っているのもあってかなかなか強引に一緒に飲もうと誘ってくる男を、どう対処したらいいのかわからないだったがそれは突然終りを告げる。
頭上。正しくは屋根の上から降りてきた人物の着地点に、ちょうど絡んできていた男がいたのだ。
派手な音を立てて男は倒れ気を失い、もう一人が呂律の回らない言葉で何かを抗議しようとしていたが、もう一人その男の頭上に落ちてきた為叶わない。
何が起こったのか理解しがたいはただ呆然と立ち尽くすばかりだった。


「エリザベス、怪我は無いか?」

『大丈夫です』

「そうか・・・・・ん? 君は?」

「え・・・あ・・・・、あの・・・・」

「このような時間に女子一人で出歩くのは感心せんな。早くお家へ帰りなさい」


生真面目な言葉にただ呆けながら微かに頷く事しか出来ない
そのの様子に何を思ったのか懐から何かを出すと、そっとの手の上に置き握り締めさせた。
無意識の内にありがとうと言えば、軽く頷く。


「しかし、一人で帰らせるのもな・・・・、仕方ない。エリザベス、彼女を家まで送ってあげてくれ」

『わかりました』

「君、エリザベスが家まで送ろう。本当ならば俺が送りたいところだが、少々訳があってな」

「は、はい・・・・」

「それは、危なくなった時にでも地面に叩きつければ君の身を守ってくれる」





他にも何かを言っているであろう事は分かっていたが、そのあとはほとんどが右から左へと流れていってしまい今でも何を言われたのか覚えていない。
ただそのあと気付いたら家の前で立ち尽くしていて、送ってくれた人の姿も既に無かった。
それが全貌らしいが、正直それを聞いては呆れるの一言しかない。


「ねえ、その内容のどこに初恋の要素があるの?」

「だって、なんかこう・・・・颯爽と現れて助けてくれたりしたのが王子様!って感じだったし。
 それに家まで送ってくれたりとか。結局それは別の人だったけど、でも、何か全体として紳士じゃない?」

「・・・・そう?」

「そうなの!」


握りこぶしを作って力説するだが、いまだの呆れ顔はそのまま。
の様子に気付かないはそのまま握りこぶしを解いて一気にお茶を煽る。
そんなを見てはもう一つ気になっていた事を聞けば元気よく答えた。


「で、何を渡されたの?」

「んまい棒こんぽたーじゅ味。美味しかったよ!」

「ちょ! 地面叩き付けろって言ってたもの食べたの!?


もちろん、と曇りのない眼で答えればは店の時計を見てバイトの時間だと言ってとその場で別れた。
店につきいつもの制服を着て従業員通路を歩いていたは、突然店長に呼び止められてしまう。


「あー、ちゃん。彼、今日から入ることになった・・・」

「桂です」

「まあそう言うことだから、いろいろ教えてやってくれよ」


店長はそう言うとが何かを言う前にさっさとどこかへと行ってしまう。
だが今はそれを気にしている場合ではなく、はただ立ち尽くし顔を穴が開くまで見つめる。
さすがに疑問に感じたのだろう。何だと聞かれ一瞬身を竦ませたが咳払いをして誤魔化す。


「あの、桂さん。あの時はありがとうございました」

「あの時・・・・? ・・・ああ、君は確か・・・」

「はい、あの時は本当に助かりました。あと、んまい棒も美味しかったです!」

「・・・・・食べたのか、アレを」

「はい!」


の言葉に呆気に取られる桂だったがはやはりと言えばいいのか、気付いていない。
ここにきては自己紹介をして「仕事教えますね!」と言って既に背を向け歩き出す。


・・・か。なかなか面白い子だ」


そう言いながら後ろで微笑んでいる桂の姿があった事を、誰も知らない。





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