押しの一手







真選組屯所。今日はまだ慌ただしく呼び出されるような事件も起きず、皆一応の所は平和に過ごしていた。
ある二人を除いては。


「土方さーん」

「・・・・なんだよ」


部屋でお茶を飲み始末書だのなんだのと、書類の山とにらみ合いながら答える土方。
その後ろでは暢気に寝転がりながら土方を呼びつつ、用件までは言わない
昼を過ぎた今、二人がこうして既に3時間は経っている。
いつもの土方ならば怒鳴り散らすかして追い出したりするのだろうが、それをやってもが動くわけもなく。
無駄な労力となる事はわかりきっていた為に、一応答えつつも話は耳半分だった。
土方のそんな態度に気付いているであろうもさして気にもせず、先ほどから土方を呼んでは何も言わないの繰り返し。
もう何度そのやり取りをしたのかすら、お互い数えては居ない。


「ねえ、土方さん」

「なんだ」

「キスして下さい」

「ブハッ!!??」


突然のの言葉にあまりに驚き、口に含んだお茶を噴出してしまった。
咳き込みながら書類の類にお茶がかかっていないか見るが、何とかそれは免れたらしいことに安堵する。
しかし次にはまさに鬼のような形相で振り返り、怒り狂った土方の言葉がへと向けられたが自身は特に気にしていない様子で
畳に零れたお茶をせっせと拭いている。


「もうダメですよー、畳がダメになっちゃいますよ」

「テメーが突然変な事言いやがるからだろうがっ!」

「やだ! 土方さん、自分の非を他人の所為にするなんて!」

「よぉし・・・、覚悟しろ。きれいに首を落としてやる」

「や、ちょ・・・待って土方さん。冗談ですって! 落ち着いて!」


必死になって土方の怒りを何とか抑えたはそのまま残った汚れを拭き、土方は釈然としないままとりあえず残った仕事へと手をつけた。
暫くはそのままだったが掃除が終わったがまた土方の後ろに座り冒頭と同じ様なやり取りがまたも繰り返される。
しかしそれも先ほどよりか遥かに短く、違う質問を投げかけられた土方は手が止まる。


「・・・なんて言った」

「だから、なんでダメなんですか?」

「だから何が」

「キス」


振り返ればふざけている様子はなく真っ直ぐに向けられた視線とぶつかり、土方は溜息をついた。
ペンを置いてそのままを見たまま呆れた顔をして答える。


「俺とお前の立場は何だ」

「真選組副長と隊士です」

「だからだ」


それで分かるだろうと思った土方はまたに背を向けて再び仕事に手をつける。
背後に居るの気配に特に変化は無く、暫くして土方は書類へと集中し始めた。


「・・・・わかりました、土方さんからのは諦めます」


微かに後ろで動く気配を感じたが気にせずにいれば、突然先ほどより遥かに近い位置から名前を呼ばれ
驚きはしなかったがなんだと思いながら振り返れば目の前にはの顔。
だがそれも一瞬で離れてしまい、今のを幻か何かとも思えたが触れた部分の感触がそうはさせなかった。


「なので、私からしちゃいました。うーん、やっぱりタバコの味がしますね! って・・・あれ、なんで刀抜くんですか? ちょ・・・っ!」

・・・・武士の情けだ。俺が介錯してやる、潔く死にやがれ・・・」

「えー!! ちょっと何それ!? 触れるだけのキスですよ!? あ、もしかして初キッスは伝説の木の下で・・・的な夢とかありました!?」

「安心しろ、一思いに斬り捨ててやる」

「ギャー!!!」


妙なオーラを背負いながらまるで幽鬼のように立ち上がり、躊躇いもせずに刀を振り下ろす土方。
は叫び声を上げながら土方の部屋からまさに脱兎の如く逃げ出し、姿を晦ます。
廊下に出てを追おうとするがその姿はもはや目視できる場所には無い。
その騒ぎを聞き気になったのだろう近藤が土方に近づき声をかければを見なかったかと聞かれ、それを笑い飛ばした。


「あいつが姿を消したら俺たちじゃまず見つからんのは知っているだろう。あいつは真選組随一の監察方だ」


もし見つけられるとしたら同じ監察の者だけだろう。

言われ押し黙ってしまった土方だったが、調度そんな二人の目の前に現れたのは何か報告にきたのだろう山崎だった。
先ほどの近藤の言葉が脳内で繰り返され、何か煮え切らない気分に陥った土方は
何も知らない山崎へと有無を言わさず刀を振りかざし屯所内で見事なデッドオアアライブのレースが始まる。
それを屋根の上から観察していたは溜息をつく。


「もう、土方さんってば退に妬きもちなんて大人気ないなー。でもそこがまた可愛いと言うか」

「あんなヤローに惚れてるの気が知れねェや」

「まあまあ、そう言わないでよ」


隣でいつものアイマスクを付けて寝転がる沖田の言葉に笑いながら返すは立ち上がった。
なにやら懐から妖しげな手帳を取り出し、それを広げて何かを書き込んでいく。


「キス大作戦は終了っと・・・よし、次のステップは寝込みを襲いに行く、か。頑張るぞー!」


腕を天に突き上げて力強く決意を新たにすれば、その声を頼りに土方に見つかってしまい
そのあとは夕方まで土方と鬼ごっこを繰り広げる羽目になってしまった。





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