戯れる犬







「ねえ、ファラオ。お願いがあるんだけれど・・・」

「突然やってきたと思えば、なんだ?」


第二獄の番をしていたファラオの元へやってきたは、なにやら期待を胸に潜ませたかのような様子を見せる。
いつもに比べ、どこか遠慮がちな態度に怪訝な顔つきで問えば、突然にその顔を向けてはっきりと答えた。


「あのね、ケルベロスを撫でさせて欲しいの!」

「・・・は?」

「だって、だって犬だよ、犬! 撫でるのは基本でしょ!」


どんな基本だ、とか。お前も纏う冥衣は犬だろう、とか。なんでよりにもよってケルベロスなんだ、とか。
問いたい事は山とあったがどれも意味を成した答えが帰ってくるとも思えず、自身の中の疑問を溜息に乗せて吐き出すとファラオは
多少呆れた眼差しを向けたまま、構わないと許可を出す。しかし相手はこの第二獄で亡者を貪る化け物である。
ファラオにはそれなりに懐いてはいるが、馴れていないが触るには多少の危険も伴うだろう。
気をつけろ、と注意を口にしたがそれも途中で途切れた。


「キャー! 大きいね! すごいね! 撫で甲斐があるね!!」

「・・・人の話は最後まで聞け・・・」

「いいないいな、ファラオはいつもこの子と一緒にお仕事してるんでしょ? 私もたまには動物と戯れたいな! 動物使い、ファラオ!」

「別に戯れているわけじゃない。私はこの第二獄を守護し・・・・・・、お前は私の話しを聞く気などないだろう」


自慢の琴を片手に近くのガレキに腰掛け、へ説教じみた言葉を連ねていたファラオだが、まったくその言葉に耳を傾ける様子もなく
ケルベロスの三つの頭を器用に移動しながら、某動物王国張りの可愛がり方で撫でつづけている。
大体、動物使いなどと言う肩書きを背負った覚えはないと、そんな文句すらも飲み込んだ辺り、ファラオのほうが大人な対応だ。
はしゃぐの姿には呆れしか浮かばす、しかしけしてから目を離すことはなかった。
今は大人しくしているケルベロスだが、突然暴れ出して怪我でもすれば大変な事になる。
がどうこうと言うよりも、それによって自分にお咎めが来るのが嫌なだけだ。そう、誰ともなく言葉にせず心内で言い訳をしている間に
どうやらケルベロスが嫌がる前にが満足したのか、どこかホクホクとした笑顔で戻ってきた。


「ありがとうファラオ! いやぁ、楽しかった!」

「お前は危機感と言うものが無いのか? 今日はまだケルベロスの機嫌が良かったからいいが・・・」

「大丈夫だよ。機嫌が悪そうな時はどんな感じかは分かってるし、そんな時には近づかないよ」


さすがにそこまで馬鹿じゃないと言い切るが、その言葉に一抹の不安を感じずにはいられなかった。
機嫌が悪い時などが見分けられるのであれば、また今回のように撫でさせろとやって来るかもしれない。
目の前で無邪気にケルベロスに手を振るの姿を見て、再度溜息を漏らしてしまった。
そんなファラオの心労など知らずに振り返ったは、また撫でに来てもいいかと問い掛ける。


「駄目といっても来るんだろう? だが、先ほども言ったがケルベロスの機嫌が悪い時は気をつけろよ」

「大丈夫だよ」

の大丈夫は心配なんだ」

「ケルベロスと遊べない時は、ファラオが遊んでくれるんでしょ?」


の言葉に思わず驚き顔を向ければ、常と変わらずニコニコとした表情でファラオの顔を見ている。
思わず瞬きすらも忘れてを見るファラオは、やがて驚きの表情から呆れた表情になり何度目ともわからぬ溜息を漏らした。


「ここは仕事場であって、遊び場では無い」

「・・・駄目?」

「そんなに遊びたいなら休日にしろ」

「じゃあ今度のお休みの日にでも遊びに行こうよ」

「・・・・・・考えておく」


の申し出に照れ隠しも相まって素っ気無く答えるファラオだが、その態度をさほど気にしていない様子で、約束だよと言い残し
アンティノーラへと戻っていった。
後日遊びに行く場所はここがいいとから様々なパンフレットを渡されたファラオは、思わずそれを見て息をつめる。
予想はしていたが、しかしまさか動物ふれあい広場だ、動物園だと、動物に関した場所ばかりである事に驚かないほうがおかしい。
ファラオはけして動物が嫌いなわけではないが、尽く動物関係の場所に思わずこれは無いだろうと、異議を唱えた。
結局動物園に落ち着き二人で出かけたは良いが、そんな二人の姿を見た冥闘士は珍しい組み合わせに首を傾げ、さらには妙な結論にいたり
二人が付き合っているだの、まだ友達関係なだけだの、じつはどっちかの片思いでだのと、さしたる変化のない冥界では面白いように噂は広がり
それを酒の肴にしている者が居るなど、知らぬは本人たちばかりである。
しかしその噂に真実が混ざっているのか、否か。そしてその後、進展があったかどうかは、それは二人だけが知っている事である。





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