可愛らしくも誇らしく







「アイオリアさん、選んでください!」

「・・・突然なんだ?」


笑顔で袋を突きつけると、驚いた顔をしながら暫しその袋を凝視するアイオリア。
今日も平和な聖域の訓練場の脇でそんなやり取りが巻き起こっているが、周りの者は遠巻きに見るばかりだった。

たまには体を思い切り動かすのもいいだろうと、アイオリアは候補生たちの鍛錬も兼ねて久しぶりに鍛練場へ顔を見せた。
風も心地よく、日差しもいつもより若干柔らかい。まさに訓練日和だと、その拳を振るった。
鍛錬によって流れる汗を拭いながら火照った体を風で冷ましていた時、突然背後から近づく気配に勢いよく振り返れば視線の先にがいた。
冥衣を纏っていないのをみれば、使者として赴いたわけでは無いらしい。だからといって、訓練場などに何の用なのだと訝しんでいれば
その目の前に突然袋を突きつけられて選べと迫られた。
問うが相変わらずニコニコとしてただ早く中を見ろとばかりに、更に袋を突きつけてくれば受取らないわけには行かない。
意外と軽かったその袋の中身を、口を少しだけ広げて見たが中身の正体を知り、ソレとの顔を何度も見比べてしまう。


「すまないが。先ほど君は選べと、俺に言ったか?」

「はい、好きなの選んでください。どれでもいいですよ!」

「・・・いや、しかし・・・」

「あ、もしかして嫌いでしたか? ぬいぐるみ」


好き嫌いの問題ではなかった。どちらかと聞かれれば嫌いでは無いと答えられるが、だからと言って好きというわけでもない。
まさに普通といった答えがふさわしい位置付けだ。
もう一度袋の中身をみて、そこにあるのは確かに手の平サイズのぬいぐるみである事を確認した。
デフォルメされたそれらはどうやら獅子を模しているらしく、色は数種類。大方、獅子と言えばアイオリア、という単純なイコールで計算したのだろう。
せっかく持ってきてもらった所を悪いとはおもうが、ぬいぐるみを貰って喜ぶのは少々無理がある。
たとえありがたく受取ったとしても、あの獅子宮のどこに飾ればいいのか。ここから獅子のぬいぐるみを持って戻る傍ら、周りになんと言われるのか。
様々な考えがアイオリアの思考を行ったり来たりしている間も、はただの一言も発せずジッとアイオリアを見つめていた。
ただ、真っ直ぐにその曇り無い黒い眸に見つめられ、桎梏され身動きが取れないような錯覚を覚える。


「気持ちは嬉しいが、すまない。俺にはこういった物は・・・」

「あ、やっぱりそうですか」

「君はわかっていて俺に選べと言ったのか」

「まぁ、悩むだろうなーとは思ったんですけれどね。獅子と言えば、アイオリアさんですから!」


やはり自分に選ばせようと思ったのは、アイオリアの想像通りの単純な理由だったようだが、やけにアッサリしているのが気にかかる。
貰ってくれれば万々歳だったと濁り無い笑顔で言われれば、先ほどまで悩んでいた自分はなんだったのかとさえ思えてしまう。
しかしはこれが素であり、悪気は無いと知っているからこそ、それ以上は何もいえなくなってしまう。

だいたいぬいぐるみならば男より女だろうと、アイオリアの中ではの事を言う事はできないほど、やはり単純な答えが出て来た。
ここの女性は聖闘士が殆どだ。それ以外の女性と言えば女官と女神ぐらいなのだが、どうせならそっちにもって行けばいいと袋ごと返した。
いつもなら二つ返事でそうします、などというにしては珍しく受取った体勢のまま小さく唸り声を上げる。
何かを考えているようなのだが、正直アイオリアはの考えていることなど予想すらできない。
常に、人の予想の半歩先を行く思考の持ち主なのだ。早い話しが、変わり者である。


「やっぱりアイオリアさん、一つぐらい貰ってくれません?」

「いや、だから俺は」

「だってこんなに作ったの、半分はアイオリアさんのせいでもあるんですよ」


とんだ言いがかりだと反論しようと口を開いたが、それは開いただけで実際の文句は言葉にならなかった。
意味もなくそんな事を言ってくるではない。何か理由があるのだろうと、反論の言葉の代わりに理由を聞けば
彼女の口から漏れた言葉に思わず間の抜けた声を漏らし、なんと言ったのかと聞き返してしまった。


「だから、暇潰しに作ったんですけれど、アイオリアさんの事考えながら作ったら見事に獅子だらけになっちゃいまして」

「・・・何故俺の事を・・・?」

「さあ、なんででしょうね? とりあえず、一個でもいいから貰ってくださいよ、この獅子ぐるみ」

「獅子ぐるみ・・・」


妙なネーミングにツッコミを入れる間もなく、笑顔で黄色い獅子を押し付けるように渡せば、はさっさと袋を持ってアテナ神殿へと向かってしまった。
何故いきなりぬいぐるみなのか。何故自分の事を考えていたのか。何故獅子ぐるみなんて名前なのか。
聞きたいような、聞かなくてもいいような。
そんな事を考えながら自分の手の内に収められた小さい獅子を見るが、ぬいぐるみが答えられるわけもなく沈黙するばかりだった。
その獅子は可愛らしく、しかしつけられた目はキュッと強く、空を扇ぎ睨むようにどこか誇らしげに見える。



受取ってしまったのは仕方がないと持ち帰ったはいいが、その姿は確りと他の者に目撃されて、当分の間デスマスク辺りにからかわれていたらしい。
からかいの題材となってしまった獅子のぬいぐるみは、私室の窓際に置かれている事を知っているのは、アイオリアだけだが
それをみる目が優しい事は、本人すら知らないことだった。





<<BACK