裏と表






- 其の一 -



「ありがとうございました」

「いえ、何かあったらまた呼んでください」

屋根の修理の依頼を受けた万事屋は、今朝も早くから依頼主の屋根の上で作業をしていた。
雨漏りがひどいからと請けた仕事だったが、実際見てみれば対した穴でもなく、すんなりと仕事を終えられそうだと思うが
神楽が張り切ればその分、打ち抜く板は多くなる。その辺りは確り本人に言っておいたが、分かったという返事とは逆に
きっとまた張り切って板を打ち抜いてしまうだろうと、他の三人は言葉にせず視線だけで言葉を絡ませた。
今日の仕事は簡単だが長引きそうだ。そう覚悟したとき、の袖をクイと引っ張る感覚にそちらへ視線を向ければ、小さな少女が
のことを見上げていた。
依頼主の子供でまだ幼い。どうやらと遊んでほしいのか、その無垢な視線はひたすらキラキラと光っているようにすら見える。
瞬時にこれだ、と何かを考えた銀時は屋根の修理は新八と二人でやるから、神楽とでその子の相手をしてやれと言う。

「でも、二人で大丈夫なんですか?」

「大丈夫だって、穴もそんなに酷くねェしな。お前らはその子と遊んでこい。お前らの今日の仕事だ」

「よし、ならそこの広場で遊んでくるアル! 新八、確り銀ちゃん見張っとくネ!」

「俺がサボるわけネェだろ。、神楽の事頼んだぞ」

「はい、任せてください」

これならば銀時たちの仕事もすんなりと進み、神楽の機嫌も損ねず、無駄に板を消費することも無い。
尚且つ、少女が誤って屋根の上にやってくるという危険も回避でき中々に良い判断だと、自らを褒めた。

「それにしても我ながらに見事な判断だよなー。、銀さんに惚れ直した? いやいや、言わずとも分かるよ」

「銀さん、さんはすでに広場に行ってます」

「え?」



少女とはすぐに打ち解け、遊具など何も無い広場だろうが、小石一つあれば何通りもの遊びを編み出すのが子供の得意技。
発想こそ可愛げがあるがその発想力には驚かされる。そういえばかつての自分もそうだったかもしれないと、ほんのり過去を振り返り
呆然としているを余所に神楽と少女は石蹴りでかなりヒートアップしている。

遊べば時間などあっという間で、昼過ぎには銀時たちの作業も終わっていた。
報酬も受け取り達は少女と別れようとしたが、また袖を引っ張られ引き止められる。別れるのが寂しいのか口を尖らせている姿に
苦笑を浮かばせまた遊ぼうと約束をすれば、渋々ながらも手を放した。

「お姉ちゃんたち、これあげる!」

「あ、飴アル!」

「いいの? ありがとう」

どうやら少女なりの遊んでくれたお礼らしい。微笑ましい姿に親はもう一度礼を言うと、それにあわせ少女は手を振る。
暖かい気持ちになりながら、万事屋へ戻りいつもと変わらない昼ごはんを済ませたあと、二人はもらった飴を口にした。
甘く広がる味に、少女の笑顔を思い出しながら今度遊びに行くときは、朔お手製の団子でも持っていこうかと考え、その日を想像するだけで
思わず口元が緩んでしまった。

、突然そんな顔されるとちょっと怖いんですけど」

「そうですか。じゃあ物理的に怖い目にあいます?」

「やめて、その掴み掛からんとする手はお願いだから下ろして! 銀さんが悪かったから!」

万事屋に響く銀時の叫び声はもはや日常茶飯事のため、誰一人意に返さない。
定春はあくびまでして寝直す始末。そんな日常を過ごしながらも、その日一日は何事もなく過ぎていく。

異変は、次の日の朝から起こった。
が起き、新八が出勤してきて他の二人と一匹が起きる。そうして朝食となるのだが、寝ぼけた頭で銀時は食卓を見た。
神楽は朝から三杯は食べる。新八は朝は済ませてから来るためお茶だけ。その後ろでは定春もご飯を食べている。
そこまではいつも通りだった。しかし銀時は自分の目の前をもう一度見る。
何度瞬きをして、目をこすり、一度顔を洗ってすっきりさせてもその現状は変わらなかった。

「・・・ちゃん、銀さんの朝ごはんは?」

「何のことですか?」

「何のことですか、じゃなくてね。なんで何も無いのかなって」

ご飯どころか、食器すら何も置いてない。これは何かの虐めかと思えるぐらいのありさまだ。
あまりの惨状にまだ夢を見ているのではないかとすら思えてくるが、目の前のそれは確かに現実だった。
他の二人など「どうせ何か怒らせることでもしたんだろう」と何も言って来ない。
まだ昨日のことを怒っているのかと思ったが、あれはあれで片付いたはずだ。己の絶叫と共に。

「ああ、そうですね。すみません気付かなくって」

「あ、なに。ちゃんちょっと寝ぼけてた? まぁ、誰でもそういう事ってあるよね。うん」

「ちょっと待っててくださいね」

きっと寝ぼけていただけだ。そうと信じたい。
余計なことを口にすればまた怒らせてしまう。いくらなんでも朝からそんなことにはならないでほしい。
そう思いながら流れてきたブラック星座占いを見つつ、が戻ってきた事で一度視線をそちらへ戻した。

「はい、どうぞ」

「・・・・・・何これどういうこと?」

「銀さんのご飯茶碗とおかずの食器とお箸です」

「・・・なんで空なの?」

持ってきた食器はどれもきれいに何も乗っていない。
は相変わらず笑顔であるが、さすがの事に新八もおかしいと感じてどうしたのかと問うが、どうもしないと平然とした言葉が返ってくる。
銀時が何か怒らせることをしたとしても、ここまで酷い仕打ちは今まで無かったのではないだろうかと神楽へ言うが
女心は複雑なのだと、それだけで終わってしまった。

「複雑なのは俺の心情だよ! なにこれ、なんで朝からこんな仕打ち受けなきゃいけねェの!?」

「銀さん、何をそんなに怒ってるんですか?」

「これが怒らずにいられるかよ! 空って何!?」

「どこが空なんですか?」

「空じゃん! 紛う事なき空の食器だよコレ!」

「大盛りじゃないですか。酸素が」

「・・・・・・さん・・・・・・?」


いきり立つ銀時とは対照的には落ち着いた口調で笑顔まで添えて言えば、あまりの事に誰もが固まり凝視した。
今までに無い事態にさすがの神楽もご飯を食べる手を止めてしまう。
誰しも押し黙り、はそんな三人を平常と変わらずの笑顔で見つめる中、結野アナの声が万事屋に響いた。


『本日の天秤座の方は、運気最悪! 特に天然パーマの方はご注意を。今までに無い辛辣な仕打ちに天岩戸現象が起きちゃうかも!』





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