ぬか肌をもとめて







秋晴れの澄んだ空気が漂う早朝に、新八は二駅分の道のりを歩いて万事屋へ向かう。
ついて早々、神楽の寝る押し入れの襖を容赦なく開け放ち、寒さでやがて目が覚めるだろうとそのまま和室へ向かう。
案の定冷たい空気から避けるように、頭まで布団を被り寝息を立てる銀時に、最早新八は呆れなど通り越して諦めている。
昨日飲みに行っていようと、早く寝ていようと、その寝起きが良くなることは無い。悪くなることはよくあるが。


「ほら、銀さん。朝ですよ、起きてください」

「ぁ〜・・・」


夏ならば寝苦しさや熱気などの後押しもありモゾモゾと起き上がるところだが、布団が恋しくなる時期になればこれがなかなか骨が折れる。
殆ど夢に浸ってしまっている思考が紡ぎ出すうわ言のような言葉は、あまりにも小さく何を言っているのか聞き取れない。
聞こえたとしても、それが意味を成した言葉であるかどうかも疑わしい。
先ほど神楽を起こした時同様に一切の情けは無く、窓をあけ冷たい朝の空気を取り込めば、更に布団の中へと入りこもうとする。
布団の端を掴んで引っ張れば鈍い音をたてて畳へ落ちる。眠気で痛みなどさほど感じないだろうが、そこまでされては起きないわけにも行かない。

朝食も終えてダラダラといつものように過ごしていたが、やがて昼近くになれば神楽は定春の散歩がてら遊びに出かけ
銀時は新八の掃除に付き合わされる前にとジャンプを飼いに外へ行く。
軽くはき掃除をしてから洗濯物を畳んだり、食器を洗ったり、お風呂を掃除したりとまるで主婦のような昼を過ごす新八が
漸くお茶を煎れてソファに落ちついたのは三時をまわった頃だった。
神楽はともかく、銀時はジャンプを買いに行ったにしては遅い事に気付く。どこかで道草をくっているのか、また厄介事に巻き込まれたのか。
はたまた下で家賃云々で捕まったか。どちらにしてもまだ暫くは帰ってこないだろう。
つけていたテレビを消すと、朝から忙しなく動き回っていた事もあって次第にその目蓋が重くなってきた。
自然と、体は少し斜めに傾きスゥと眠りについてしまう。
新八が眠ってからまだ十分も経っていない。何か冷たい空気の流れを感じ、人の気配を感じた。
どちらかが帰ってきたのかと思い、目を開けた瞬間に驚きのあまり声は出ず、目を見開いたまま固まって動く事が出来なくなった。


「・・・ちゃん?」

「おはよう、新八君。よく眠ってたよー。お邪魔しますって言っても、返事ないんだもの。というか、無用心じゃない?」

「あ、ああ、ごめんね。どうしたの、万事屋に来るなんて。あ、もしかして」

「言っとくけど依頼で来たんじゃないよ。お昼の余りをおすそ分け」

「そうなんだ。あ、今お茶もって来るよ。これ、ありがとう」


突然の来訪者であるが持ってきた惣菜を受け取り、新八はをソファに座らせるとお茶を煎れに台所へ向かう。
すっかり主婦のようになってしまった幼馴染の背中になんとも言えぬ視線を送り、菓子皿の煎餅を一つ手にとった。
お茶を手に戻ってきた新八はの前に座ると、同じように煎餅に手を伸ばす。
小さい頃からこうして何気ない時間をのんびり過ごしていた二人にとって、会話がなくとも苦では無く暫くは互いの煎餅を齧る音だけが響いた。
どちらともなく思いついた話題を振れば、そこから際限なく話は繋がりやがては給料が出ないだの、仕事がこないだのと
たまりにたまった仕事の愚痴にいたる。そんな新八の話しに適当に相槌を打ちながら、年の割には苦労をしているんだなとシミジミ感じた。


「それにしても段々涼しくなってきたよね。おかげでハンドクリームが手放せないよ」

ちゃんも? 姉上もこの間そんな事言って、薬局に買いに行かされたよ」

「お妙ちゃんらしいね。でもいいよなー、新八君は肌とか気にしなくて」

「そうかな。まあ、確かにそんなに気にしたことはないけれど・・・」

「全然荒れてないもの、本当に羨ましい・・・って、なにこれ、ちょっとなにこれ!! 全然荒れてない!」


間にあるテーブルをものともせず、身を乗り出し新八の手を取ったは思わずその肌触りに驚き、更には擦ったりひっくり返したり、揉んだりと
様々な事をしながらもけして手を離す事は無い。突然のの行動の意味がわからず瞠目し、ただされるがままだった。
触りながら何度も本当に何もクリームなど使っていないのか。手入れはどうしているのだと聞くへ、戸惑いながら何もしていないと答えるのが
精一杯だった。その答えに心底悔しそうに唇を噛み締め、言葉にしたくともあまりの事実に何も言葉が浮かんでこないようだ。


「・・・ズルイ・・・」

「え?」

「ズルイ! 新八君のくせに!」

「なんで肌一つでそんな事を言われなきゃいけないわけ・・・」

「ズルイ物はズルイ! 何よ、眼鏡のくせに!」

「眼鏡関係無ェェェェ!」


何ら手入れを施していないと言うのに、自分よりよほどスベスベの手をしている新八へ臍を曲げたは漸く落ち着いたかのようにソファに座るが
それでも尖らせた口からは「ずるい」と繰り返し呟いている。
肌触り一つでそんな大げさなと思っても、それを口にすれば更に機嫌を損ねる事は分かっているのでそれ以上は何も言わないでおいた。


「ねえちゃん、だったらぬか漬けでも漬けてみたら?」

「ぬか漬け? なんで?」

「だってよく言うじゃない。ぬかには美白効果が・・・」

「やる! よし、まずはぬかみそと漬物石を手に入れなきゃ! さあ新八君、行くよ!!」

「・・・やっぱり僕もいくんだね」


思い立ったが吉日。猪突猛進。まさに目の前でぬか漬けで美白美人を声高に宣言している幼馴染を表した言葉だと、しみじみと感じた。
放っておけば何をやらかすかわからないのがである。一緒に行くことに異論はない。鍵もお登勢に預けておけばいい。
そこが心配なわけでは無く、やる気だけはやたらと凄いのに、結構な飽き性であるが一体いつまで続けられるのか。それが心配だった。
それに、あの臭いに耐えられるのか。この冬を乗り切る頃に耐えられなくなったら、そこまで頑張ったのだと誉めてあげよう。
新八がまさかそんな事を考えているなど知りもしないは、新八の手をグイグイと引っ張っていき結局晩御飯のおかずの買物もついでに済ませてしまった。

ちなみに、目指せぬか漬けで美白美人作戦は、秋が終わる頃にはすっかりと沈静化していたそうだ。





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