これでも姉なんです 神楽編







気候が安定していた最近では、珍しいほどの気温の高さと日差しの強さが目立つ今日。
銀時たちはいつもの如く滞納していた家賃の一月分のタダ働きを強いられ、お登勢の店の手伝いをしていた。
たまが来てからというもの、強硬手段に出てくるおかげで家賃回収から逃げ切れなくなってきている。今日も見事に捕まった。
スナックの開店は夕方過ぎからだが、店の準備は昼頃から始める。今は掃除や下準備などを三人が手分けしてやっていた。


「銀時、ちょっとこれ捨てて来ておくれ」

「はいはい、っと。たく、人使いの荒いババアだぜ・・・」

「何言ってんだい。滞納した家賃を働く事で免除してやるって言ってんだ。ありがたく思いな」


奥から顔を覗かせたお登勢に渡されたポリバケツは、やたらと重い。店の脇のゴミ捨て場へ持っていけば、深く溜息をついた。
もういっそこのままトンズラでもしてしまおうか。そう思ったとき、まるでそれを阻止するかのごとく、両手に縛られた新聞を持つ新八がやってくる。
ポリバケツの横にそれを置くと、先ほどの銀時と同じように深い溜息もらして休憩とばかりに、新聞の上に座り込んだ。
流石に真面目な新八も、朝から働き詰めでは休みたくもなってくる。実際店の手伝いをする前から新八は万事屋の掃除だなんだと、動き回っていた。
疲れるのも当然だ。


「おい新八。ここはアレだ、アレしよう」

「ダメですよ銀さん。そんな事したら、あとがどうなる事か。お登勢さんだけでなく、神楽ちゃんにまで何をされるか判ったもんじゃありません」

「・・・そうだな」


一瞬想像した内容に、あまりの恐怖に身を震わせた。
今はお登勢に言われて買い出しに行っている神楽だが、もうそろそろ戻ってくるだろう。戻って来て二人がいなかったら、怒る事は間違いない。
お登勢と神楽だけならまだ何とかなるだろうが、そこにたままで加わったら手がつけられない。
まだ色々と学習中故に、加減を誤ることがある。


「とにかく、早く戻りましょう。いつまでもここでこうして・・・ん?」

「どうした新八? エロ本でも見つけましたか?」

「そんなもの目ざとく見つけるのは銀さんだけですよ」

「んだと? 言っておくが俺はゴミ捨て場からそんなもん拾ってこねぇからな。そんな事したって虚しいだけじゃねぇか」

「そう言って、アンタの懐から零れ落ちてるそれはなんだよ。・・・そうじゃなくて、あそこ」


銀時の言葉と行動の違いに呆れた眼差しを向けながらも、見つけたものを指し示すと路地の暗がりになった場所に、誰かが倒れている。
ある意味ここでは珍しくも無い光景と言えばそうだが、見つけてしまっては放っておく事もできない。
それに戻るのが遅くなった言い訳にも出来ると、倒れている人影に歩み寄れば微かに身動ぎをした。
声をかければ掠れた声で反応する。とりあえず肩を貸して立ち上がらせると、店へ向かった。
扉を開ければ当然最初に投げつけられた言葉は「遅い」の一言。だが銀時の担いだ人影を見て、意識はそちらへと向いた。


「どうしたんだ、その子?」

「向こうの路地に倒れてたんですよ」

「しょうがないね、そこに寝かせな。たま、アンタは桶に水はって持ってきておくれ」

「了解しました」


テキパキと指示をだすお登勢に言われるがまま皆が動く。
見たところ、どうやら熱さにやられて倒れたらしいが、それにしては妙に厚着である。
暑いなら脱げばいいのにと新八は思うが、理由は人それぞれ。何かのっぴきならぬ理由があるのかもしれない。
額に濡らしたタオルを置き、ウチワで軽く扇いでみれば、微かに表情が和らいだように見えた。


「ただいまヨー。あれ、どうしたネ?」

「ああ、神楽ちゃん。実はさっき人が倒れてて・・・」

「・・・ふーん。でもそれじゃ足りないヨ。もっと派手に冷やすといいアル」


言うが早く、たまが持ってきた桶を掴むと躊躇いは一切無く、眠っている顔へと水をぶちまけてしまった。
それに驚き声を張り上げる周りの者など知らないといった様子で、次いで胸倉を掴んで平手打ちをかました。
慌てて神楽を羽交い締めにして押さえつけると、流石に意識を取り戻したのか、「うっ」と声を漏らすと薄っすらと目を開く。


「お、起きた・・・あの、大丈夫ですか?」

「・・・っ、あ、はい・・・て、ちょっとほっぺが痛いんですけどこれなんでですかね?」

「あー、コイツがちょっと馬鹿な事をしただけだから。わりぃな」

「馬鹿は私じゃなくてネ。またどうせ、傘も差さずにフラフラ歩いてたに決まってるヨ」

「あれ、神楽ちゃん? あれ? 何でいるの?」

「え、二人って、知り合いなんですか?」

「こんなんでも、私の姉ちゃんアル」


神楽が漏らした言葉に、暫し皆が動きを止めた。そんな事一言も聞いたことが無い。
自分達も気にしたことが無いから聞かなかっただけだが、こうしていざ、事実を知ればやはり驚くのは当然だろう。
顔どころか服も一部を水に濡れながら、体を起こしたは再び神楽になぜここにいるのかと聞いてくる。
説明するのもめんどくさいのか、適当な事を言いつつも銀時たちと一緒にいることだけは確り伝えれば、が深く頭を下げて挨拶をする。
そんな畏まる必要なんて無いと言う神楽だが、世話になっているのなら挨拶は礼儀だと返すとのやり取りを見て、皆が思った。
この礼儀正しさはきっと、母親の教育の賜物なのか、破天荒な兄妹に挟まれてた為なのか。
どちらにしてもすぐに暴れだす、ということはしないようなのでそれはありがたい。


「そういえば、この傘ってさんのなんですか?」

「ああ、そうです。拾ってくれたんですか。ありがとうございます」

「にしても、何? アンタこの日差しの強い中傘も差さずに歩いてたわけ? 流石のコイツもそこまで馬鹿じゃないよ?」

「そうですよね。やっぱり、普通は差しますよね。でも・・・私は差したくないんです」


日の光に弱い種族である為に、必要である傘。それを差したくないとはどう言う事なのか。
首を傾げる銀時たちに、口を尖らせる神楽。そんな彼らにはただ一言告げる。


「私たち夜兎は、日の光に弱い。だからこそ、私は戦いたいんです。あの、太陽と」


夜兎の強い、本能の血。それと戦う神楽。それに従い戦う神威。
しかしは、血だけが自分たちの敵では無い。もっと大きなものがある。それが太陽だと幼い頃神楽に言って聞かせていたことがあった。
ならば、自分の中のものと戦うのでは無く、外のものと戦おうと決めて、ある日突然家を飛び出したは、今まで消息不明で生死すらもはっきりしなかった。
だから神楽が地球にきていた事も知らないし、ましてや神威が春雨にいることも知らない。
日の光が強く降り注ぐ大地をただ一人、傘をとじて歩いて、ここまでやってきただけに過ぎないのだから。
果たしてそれは戦っているといえるのかどうかはわからない。それでもは成し遂げたい事があるならば、それは他人が口出ししていい事では無い。
ただ一つの疑問を銀時が口にする。


「・・・戦って、どうするんだ?」

「・・・・・・どうしましょうか。そこまで考えてませんでした。とりあえず傘を差さずに歩いてやろうかなー・・・とかそれぐらいで・・・テヘ」

「・・・神楽・・・ごめん、お前の姉ちゃん馬鹿だわ。後先考えない馬鹿」

「だから言ったネ」


照れ笑いをしながら頭を掻くを見て、神楽だけでなく皆が呆れた顔つきになる。
本当に後先考えてないのだろう。それならば、この行動の先に何か目標があってやっているとも思えなくなってきた。
そんな呆れた眼差しを向けられながらもは前向きなのか、何も考えていないのか。「神楽を宜しくお願いします」とだけ残して、その場を去っていった。
その後、少し離れた場所で再び日差しにやられて倒れているを発見して、また保護する事になったのは言うまでもない。





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